第二章 第4話 『竜と鬼』
「鬼盾、ソレイユ………?」
「おうとも!もう安心だぜ、あんちゃん。俺が来たからには、あんちゃんにかすり傷一つ付けさせねぇよ」
男が威勢の良い声でそう答える。
男の後ろで腰の抜けてしまった俺は動けずにいた。
しかし、この男の後ろにいると、そんな状況に置かれてですら安心できてしまう。
彼の背中は、実際以上に大きく見えた。
先ほど振り返った際に見えた男の顔は、何故だかわからないが、太陽を彷彿とさせた。
太い眉に、力強い目。
赤い、金色があしらわれた服。下は動きやすそうな黒色のものを着ており、しっかりとした身なりだ。
確か、この国で近衛兵が戦闘外で着るものだったか。
しかし、最も俺の目を引くのは───男の右腕に付けられた、彼の身長ほどある大きな盾だ。
盾は深い赤色を基調としており、金色の模様が入っている。
美しい曲線を描いたその盾は、おそらく国宝級のものだろう。
おそらく鬼……?と思われる模様が中央に入っており、荘厳さもあるそれは、近衛兵の衣によく合っていた。
「───────ッ!!!!!!」
と、竜が天に向かい咆哮を上げた。
それにより俺の意識は再び竜に引き戻される。
先ほどの竜の伊吹の威力───最初に会った時に見た、ティアの魔法を彷彿とさせた。
命をえぐり取る、人外の一撃。
まともに浴びれば絶命は免れないであろう必死の攻撃だった。
しかし、なんだ?今のは。
俺が唖然としていると、状況が動く。
竜は飛行をやめ、俺たちの正面の、少し離れた地面に降り立った。
舗装されたレンガの道が砕け散る。
「──────────ッッ!!!!!!!」
竜は再び咆哮を上げた。
今度は俺たちに向かって。
腹の中身が震えるような。
俺を、いや、この都市自体を震わせる咆哮を。
先程の咆哮はおそらく竜自身を鼓舞するためのもの。
そして今のは、明らかにこちらを威嚇するものだろう。
竜はこちらに口を開き、閃光を浴びせんとする。
直視できないほどまぶしいそれを口いっぱいに溜める。
おそらく浴びれば骨も残らないそれを───
「無駄だ。さっき見ただろ、俺の力」
ソレイユ、と名乗る男は盾でその光を軽々と打ち消した。
光をはじくように振るわれた盾で、閃光は跡形もなく空気中に消える。
あまりにもあっさりと人外のやりとりが行われるせいで現実感が無い。
しかし、空気が焦げる匂いが鼻につき、目の前で起こったことが現実であることを俺に認識させた。
男は一歩、竜の方に踏み出す。
「───去れ。ここはお前の入っていい場所じゃねえんだよ」
男は正面の竜を睨めあげる。
竜は、少し動揺したように後ずさる。
男はさらに一歩、竜の方へと近づく。
「───去れ」
男がその言葉を発した後、しばらく男と竜がにらみ合う。
お互いに全く動かない。
閃光ではなく、緊張感で空気が焦げる香りがしてくる気がする。
永遠とも思える時間が流れ、変化は唐突に表れた。
竜が、大きく羽ばたき飛び上がったのだ。
風が俺の髪を荒々しくなびかせた。
そのまま竜は海の方へと向かっていき、かなり竜が小さくなったころ、竜の巣に降り立つのが見えた。
「大丈夫か?ほら」
竜が完全に去ったのを確認し、警戒を解いた男が、盾を持っていない左手を俺に差し出してくる。
「────っあ」
それでやっと、俺は自分が呼吸を忘れていたことに気が付く。
情けない声とともに肺に空気が入ってくる。
呼吸を整えつつ、俺は正面にいる男を見据える。
男は俺に屈託のない笑みを向けながら、手を差し出している。
男の顔と太陽が重なり、眩しい。
片手で光を遮りながら、俺は男の手を取る。
男の手の甲についた鎧の硬い感触を感じた。
俺は男に引っ張りあげられ、ようやく立ち上がる。
ズボンについた汚れを軽く払っていると、男が口を開いた。
「また何かあれば呼んでくれ。─────この国は、俺が必ず守る」
それが俺と、クロワール防衛の要、ソレイユとの出会いだった。