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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第二章 『クロワール奉星国』
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第二章 第3話 『パン屋シリウス、開店②』 


鳥や虫、様々な生き物の声が聞こえてくる。


森を抜けるには特殊な方法が必要らしく、俺はティアの書いたメモの通りに進んでいく。


「えっと……次は右か」


立ち並ぶ木々の間を、足元を確かめながら進んでいく。


「ん………………………?もう出たのか?」


広大に広がっていた森を歩いていたのにも関わらず、ものの数分で俺の視界が開ける。


まぁ、ティアの魔術か何かなんだろう。相変わらず、よくわからない。

まだまだ勉強が必要だ。帰ったらティアに教えてもらおう。


森から出た先には、広大な草原が広がっていた。

草原には一本、草が生えていない道が通っている。


ティアと俺が暮らしていたのは、クロワールの中央から少し西に進んだところ。

アルタイル大森林と呼ばれている場所だという。


都市まではかなり距離があるため、馬車に乗って移動するのが良いとティアが言っていた。

だいたい十日と少しで着くらしい。


「とりあえず近くの村まで歩くか」


村から都市に農産物を出荷することはよくあることだそうで、その馬車に乗せてもらう予定だ。


ティアによると、一本道をまっすぐ行けば村に辿り着けるという。


俺は、一本の道に入り、森とは違い、固い感触の土を足の裏に感じながら歩みを進めた。




 -◇◆◇-




その先の村でいろいろあったわけだが……。

それはまたの機会に話すとしよう。


──エトワールは、美しい町だった。


ここからは海を眺めることができる。

快晴なのも相まって、キラキラと海面が光っていて綺麗だ。


俺が今いるのは、エトワールの中心に通っている大通り。

左右に広がる大通りの中間点にある、大きな円形の広場で辺りを見回していた。


それにしても、クロワールの主要都市なだけあり、エトワールにはたくさんの人たちが行きかっている。

亜人、獣人、ドワーフ………人種も様々なようだ。


人族にしか会ったことがなかった俺は感激する。

本で読んだ知識を実際に確かめられて嬉しい。


ただ、やはり魔人は見当たらない。

彼らの歴史を考えれば妥当ではあるが。


もちろん、あたりを見回しているのは知識を確かめるためだけではない。


物件探し。

そのためだ。


俺は広場から離れ、大通りを歩いていく。



──どうやってパン屋を営業しようかと考えた。


元々は両親が用意した機材を使ってパン屋を営業していたにすぎない。

一からパン屋を始めるなんてことはできるのだろうか。


「パン屋をやるにしても、店の建物が無いとどうしようもねぇもんな………」


店の場所探しが最大の関門だ。

それさえクリアできれば後は何となるだろう。


どこかに、使っていない建物などがあればいいが……。


俺はしばらく街の中を歩き回り情報を集める。

酒場に行ったり、道行く人に聞いたり。

人種や、年齢層も変えながら。


しかし──


「くそ………中々ねぇな……」


俺は最初にいた広場でベンチに座り、ため息をつく。


土地というのは財産だ。

どこの誰かも分からないよそ者に簡単に紹介してくれる訳もなく、俺は途方に暮れていた。


遠くの塔で、鐘が鳴っている。

街中に響き渡る鐘の音を聞きながら、俺は海を眺める。


どうしたものか………。

何か打つ手は無いだろうか。

考えろ。


俺は肩にかけてた鞄の中を探る。

俺が持っているのは、申し訳程度の通貨と着替え、あとは本が三冊程だった。


……これでは交渉してお金で譲ってもらうのも厳しそうだ。


かと言って、昔からのツテがあるわけでもない。

人脈にも頼れない。


『私は基本的にこの国の人間に直接干渉することはできないんだ。……何か大きな事態が無いとね』とか言って、ティアはついて来なかった。


そのため、エトワールには俺一人で来ていた。

ティアの援助は見込めない。


エトワールに来たは良いが、結構詰みの状況になっているのかもしれない。


一旦帰って作戦を練り直そうか───




「え…………えぇぇぇぇぇ?!」




先程までは快晴だったのにも関わらず、空から突如としてスコールが降り注いできた。

歩いていた人たちはいつの間にか視界から消えている。


「いて………痛たたたたたたたたた!」


雨の勢いが強い。まじで痛い。

あたりは雨の音に支配されている。


俺は雨から逃れられる場所を探して走り出す。


「はぁっ………はぁっ……………なんでっ…………!」


だが、どこの家もドアがしっかりと閉められ、店も閉店、と書かれている。


「はぁ………っ!はぁ…………!」


ザー、というより、ドドドドドドという音だ。

どんどん雨は強くなり、呼吸ができないほどになる。




体が押しつぶされんばかりの雨の量に意識が飛びかける───




「お兄さん、こっちよ!」


ふと、誰かが俺を呼ぶ声が耳に入る。


その方向を見ると、誰かが家のドアを開けて手招きしている。


迷っている余裕もなく、その家に飛び込む。

俺が入った途端、勢いよくドアが閉められた。


「はぁっ、はぁっ………すみません、ありがとうございます」


俺は玄関口で息を整える。

そして、俺を救ってくれた恩人に感謝の言葉を述べた。


「ほんとに困っちゃうわよね……はい、使って」


息を切らしながら顔を上げると、そこには恰幅の良い女性がいた。

優しそうな微笑を浮かべて、白い大き目の布を手渡してくる。


俺は女性に礼を言って布を受け取った。


「この町っていつもこうなんですか?来たばかりでよく知らないんですが……」


俺は布で髪を拭きながら尋ねる。

全身水浸しだが、おかげでいくらかマシになっていく。


「それがねぇ、ここ最近急になのよぉ。たぶん、あれのせいって、みんな言ってるわ」


女性は窓の外を指さす。

強い雨のせいでほとんど何も見えない。


窓を強く叩く雨粒が荒々しい音を立てている。


「今は雨でよく見えないけど───竜が、巣を作ったの。少し離れた海の上に」


「竜?!」


ティアの本で読んだ知識だ。

竜──生物の中で、最上位に君臨する種族。


その強さ故あまり詳細な情報は得られていないが、天変地異を起こすほどの力を持っているという。

まさかこんなところで出会うとは。


「それで、こんな…………住人の方は大変でしょう」


唐突にこのような雨が降られると生活しにくいだろう。迂闊に外出ができない。

店が閉まっていたのも、この天気では客が来ないからなのだろう。


しかし、俺が雨に気づいた頃には周りの人はいなくなっていた。


この町の人はどうやって雨を予見したのか。


「大変だけど、大魔導士様の鐘が鳴る時に、都市に災いが訪れるらしいの。それで、みんな避難ができるのよ。おかげで実質的な被害はあんまりないわぁ。」


そういえば鐘が鳴っていた気がする。

俺はてっきりあの鐘は時刻を知らせるものかと。


「でもやっぱり常に雨のことを考えなければならないというのは煩わしいでしょう。何とかして竜を倒せないものですかね」


「そうねぇ……でも竜なんて、勇者様ぐらいじゃないと倒せないからねぇ」


その名前が出た瞬間、一瞬俺は凍り付く。


喉から音のない呻き声が漏れる。



───多分、こんなことは今後もある。



普通の人達にとっては、奴らは英雄なのだ。

慣れなくては。


なんとかこらえ、会話を続ける。


「町に被害が出る前に討伐できたらいいですね」


「そうできたら良いんだけどねぇ……国の討伐隊に依頼したらしいんだけど全然対応してくれないらしくてねぇ……」


確かに、都市の近くに竜が出た場合は甚大な被害が出ることが多いと聞く。

それにも関わらず、国が何の手も打っていないのは意外だ。


早くなんとかしてくれないと不安でしかたない、そんな感情が女性の横顔から読み取れた。


雨は、もうしばらく降っていそうだ。





 -◇◆◇-





雨は上がるのも唐突だった。


空を見上げると、先ほどの雨が嘘のような快晴だった。

雨が降った証拠は濡れた地面しか無い。


しかし、雨についての驚きなんかよりも俺を驚かせたのは──。


「本当に良いんですか……?お店のための場所を紹介してもらって」


「いいのよぉ!ほら、ついてきて!」


女性は俺が事情を話すと、快く場所を紹介してくれると言ってくれた。


「いやねぇ、主人がもともと雑貨屋をやってたんだけど、一昨年に亡くなってねぇ。それ以来、使ってない場所だったのよ」


坂道を上りながら女性が教えてくれる。

かなり上るのが辛そうだ。


「それに、私の息子もあなたと同じぐらいの年のはずだから。助けてあげたくなっちゃうのよ」


女性はこちらに微笑みを向けてくる。

見ていると安心する笑顔だ。


もちろん、彼女が助けてくれるのは、そういった理由もあるのだろうが……ティアから教えてもった、ある言葉が効いているのかもしれない。


「俺も、閲星教徒なんです。大魔導士様の聖地に住みたくて」


家で話している際にこれを言った途端、優しかった女性は、より一層心を開いてくれたようだった。

その後、話が弾んだところで店のことを相談したという流れだ。


人の行動や考えに影響するほどに、閲星教はこの国に根差しているのだろう。




──と、そんなことがあり、俺の最初の状況に戻る。

目の前には、三日かけてきれいにした店内が広がっている。


やはり、掃除をすればかなり色合いも良く、落ち着いた雰囲気のパン屋になりそうだ。


「あ、そうだ。外装も考えなくなくちゃだな。看板も取り換えよう」


外から見た全体の調整をしよう。

お客さんの注意を少しでも引ける外観に。


俺はドアを開け、外に出る。

ほんのりとした潮風が鼻を刺激する。







───違和感。







その理由を探そうと、俺は視線を動かす。


そうか、あれだ。

街の海側の方に、巨大な何かが動いている。


青い、光沢のある鱗。

四階建ての家をも凌駕するほどの大きさの体躯。

ふるえば地形ごと変えてしまいそうな爪。

ギラギラとした黄色の眼。




───眼下の海沿いに、竜がいた。

もう既に海側の街の一部が崩壊している。


「────っ」


その時、竜と俺の目が合う。

この距離からでも分かる。


全身が、悲鳴を上げている。

体が動かない。


竜が、来る。

翼を広げ、竜はその場に浮き上がる。


そして大きく一度羽ばたき、坂道に沿って俺にまっすぐに飛んでくる。


音を置き去りにする竜。

俺が何かを考える前に、竜の射程に俺が入る。


そして、竜の口から閃光が放たれ───










「ふぅ…………間にあったぜ。もう安心しろ、あんちゃん」


消えてなくなるはずだった俺の体は五体満足のままだ。


いつの間にか、目の前に、人影が現れている。





「この都市の番人、鬼盾ソレイユ様の登場だぜ!!!」





そいつは、屈託のない笑顔をこちらに向けているのだった。

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