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パン屋の勇者討伐~ラスボスは歴代最強勇者です~  作者: 一筆牡蠣
第二章 『クロワール奉星国』
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第二章 第2話 『パン屋シリウス、開店①』

クロワールには、とある宗教が浸透している。


閲星教──そう呼ばれるものである。


その教えの根幹となっているものは、以下の通りだ。


一、大魔導士を敬え


二、信奉する者は皆仲間である


三、魔術の鍛錬を怠らないこと


話によると、国民の生活にも深く根を下ろした宗教なのだそう。


それゆえ────。



「ふぅ………さ、どうぞ。ここ使っていいわよ」


「あの……ほんとに良いんですか……?」


「いいのいいの!気にしないで!」


恰幅の良い女性が豪快に笑う。


年齢は四十過ぎぐらいだろうか。

髪は後ろでまとめられている。


化粧がしっかりと施された顔。

薄黄色のゆったりとした服に身を包んでいる。

額には脂汗がびっしりだ。


何となくドムさんを彷彿とさせる姿をしていた。



-◆◇◆-


俺は現在、クロワール国土の西端の都市、エトワールにいる。


この都市は山脈と海に挟まれた場所にある。

全体としては海側が低く、山側が高いという傾斜の構造だ。


街並みは海に沿って続いているようであり、かなり規模の大きい都市のようだ。


大通りが一本、ちょうど山と海の中間、町の中心を縦断しており、そこから山側と海側に何本も道が出ているという形になっている。


家はレンガ造りのものが多いらしく、外壁には赤レンガや白いレンガ、暗い茶色のレンガが使われている。かなり落ち着いた雰囲気の色あいだ。


屋根は冬に降るという雪への対策なのか、傾斜のある形になっていた。


同じようなデザインの家が立ち並んでおり、統一感があって美しい。

傾斜に沿って家々が立ち並ぶ様は圧巻といえる。


見たところ、大体の家は四階建てのようだ。


家と家の間はぴったりとくっついており、建物の密度が高い。

家がぽつりと森の中にあった俺には慣れなさそうだ。


俺は大通りから伸びた、四人ならんで歩けるぐらいの幅の道を歩いてきた。


傾斜はあるが、これぐらいなら丘の上で暮らしていた俺にとってはそこまで問題にならない。


しかし、目の前の婦人にとっては厳しい道だったらしく、彼女はしきりにハンカチで額を吹いている。


「すみません、ほんとに……。急なお願いだったのに」


「全然使われてない場所だから良いのよぉ!むしろ、使ってもらった方がありがたいわ!だから本当に気にしないでねぇ」


優しそうな笑みを浮かべる女性は、なにやら手提げ袋を探り始める。


俺たちは、上ってきた道の突き当りにある、古びた建物の前に立っていた。


この町にしては珍しい一階建て。

周囲の建物が高いのでそこだけ凹んだ形になっている。


外観は、深緑色を基調とした、正面に大きなガラスの張ってある建物だ。


以前は雑貨屋だったという店だ。

もう看板の字はかすれて読めないし、ガラスは汚れすぎて中すら見えないが。


「あったあった!はい、これ。鍵ね」


「本当に、助かります」


女性から鍵を受け取り、俺は改めて女性に頭を下げる。


「良いんだってば。それに、『信奉する者は皆仲間である』だからね。また何か困ったことがあったら言ってちょうだい!」


女性は笑いながらこちらの背中を力強くたたき、坂を下りていく。

……下りの方がきつそうだな。


俺は女性の背中が見えなくなった後、建物に入ることにする。

錆びついているのか、鍵穴に鍵を挿すのに苦労した。


カチリ、という軽い音が鳴ってやっとのことで施錠を解く。


「げほげほっ!……………こりゃ思ったよりもひどいな」


俺は思わず咳き込んでしまう。


建物の中は埃まみれであった。

窓から入る光で、空中を飛んでいる埃が筋になって光っている。


建物は縦に長い形をしており、入り口から入ってすぐ右に、元は会計だったであろう場所がある。

また、商品棚と思われるものが両側の壁につけられており、これはそのまま使えそうだ。


壁面は外装と同じような深緑で、棚や床などには暗めの茶色をした木が使われている。

床はうっすらと埃が広がっていて、白っぽくなっていた。


まぁ……まずは掃除だな………。

俺は、ここひと月ほどで磨きがかかった掃除術を遺憾なく発揮するのだった。




 -◇◆◇-




ここで話は十五日ほど前にさかのぼる。


俺とティアの会話の一幕。


「パン屋をやれって………どういうことだよ?」


「そのままの意味さ。パン屋をやれ。今までもやっていたんだろう?」


ティアの意図がつかめず、俺は混乱を隠せない。


「ま、まぁ物心ついた時からずっとやってきたけど………。今は知識をつけたりとか、あいつらを倒すためにまだまだ他にやることがあるだろ」


元々パン屋をやっていた俺にとって、ティアの提案はありがたい。

正直、幾度も以前の生活に戻りたいと願った。


しかしながら、勇者たちを倒すという、俺の最終目的は揺るがない。

パン屋はいずれまたやれたら良いと思ってはいたが、今では無いだろう。


「良い心がけだ。しかし、これは勇者討伐のための重要な仕事なんだ」


ん………?どういうことだ?

パン屋をやることと、勇者討伐。何の関係があるんだ?


俺が思案していると、ティアがため息をついた。


「まったく、そんなことも分からないのか……」


ティアが大きなため息をつく。

なんかこういう反応をされすぎて、もはや慣れてしまった節がある。


「では聞こう。どんな強者でも、生きている限りは逃れられないものはなんだ?」


「逃れられない………?」


生きている限り、か。

………死ぬこと、とかかな。


しかし、今の話の流れからするとそれは答えにはなりえなさそうだ。

じゃあ、他には……。


「─────あ、食事か」


「その通り」


ティアは満足そうに腕を組んでうなずいている。


「そうか、パンで勇者をおびき寄せて、夢中になっているところを攻撃するってことか!賢い!」


「待て待て待て待て!いつからそんな脳筋になったんだ!『賢い!』じゃない!馬鹿か!」


見た目は幼い女の子からの罵声を一身に浴びて傷心。

ちょっとだけへこむ。


「じゃあなんなんだよ。他にパン屋と勇者が結びつく要素なくないか?」


「いいかい、私たちは今二人で勇者に挑もうとしている。今のままでは圧倒的に戦力不足だ。」


「あ──、たしかに。言われてみれば」


ティアとの暮らしに慣れてきて、二人しかいないことに違和感を覚えなくなってきてしまっていた。


だが、最初に言われていた通り、勇者は強力だ。

しかも、勇者にだって仲間はいるはずだ。


二人では勝ち目は薄いだろう。


「うち一人は戦力外だしな」


「ぐぬぬ………俺だけのせいじゃないんだぞ」


ティアに先ほどからチクチクと刺され続けて心が痛い。

毒舌少女など需要が………まぁ、どこかにはあるか。


「──だから、仲間を集める」


急に、ティアが真面目な顔をしてそう言った。


「都市エトワールには多くの実力者がいる。そこでパン屋を開くんだユーガ。そして、戦える奴を仲間にしてこい」


「ちょっと待て。俺は見ただけじゃ人の強さなんて分からないぞ。第一、パン屋に強い奴が来るかなんて──」


「だから、都市一番のパン屋になれ。国中から猛者が集まるぐらいの」


少女らしい純粋な笑顔でそう言い切られると、いけるような気がしてしまう。

が、実際はかなりの労力、そして運が必要になるだろう。


「強い奴の見分け方は?」


「客が話す噂とか、店同士のツテとか色々あるんじゃないか?どうにかして情報を集めればいいだろう」


雑だな………。実行するの俺なんだけど………。


「はぁ……分かったよ。どうせ反対してもやらされるんだろ」


「ご名答!!」


ティアが満面の笑みで拍手を送ってくる。

全然いらない。


……嫌々やるようなそぶりを見せたが、実を言うと俺は静かに興奮していた。


久しぶりにパンが作れる。

食べる人の幸せに触れられる。


どんなパンを作ろうか。

材料はどこから手に入れようか。

どんな設備を用意しようか。


俺は、しばらくぶりのパン屋としての活動に、胸を高鳴らせるのだった。

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