第0章 甲
開いていただきありがとうございます!!
どうも、一筆牡蠣です。
この第0章はいずれ本編と交わりますが、必読ではありません。お急ぎの方は第1章からどうぞ。
「本当に行くのかい……?」
振り返ると不安な瞳をした女性が立っている。
この頃40歳を迎える、俺の母親だ。
様々な古い布をツギハギした、見慣れた服を身にまとっている。
傍から見ればみずぼらしい服なのかもしれないが、そんな服を着ている母親は自分にとっては誇りだった。
「うん。行くよ、母さん。」
「何もあんたが行かなくてもいいんじゃないのかい?ほら、他にも…」
母親は、引き止める言葉を探すように視線を彷徨わせる。
そんな母親を見ていると、胸が痛む。
これ以上話していると、決意がゆるいでしまいそうだ。
「これは、俺以外には出来ないことなんだ。」
そんな言葉を遮るように、俺ははっきりとした声で言う。
彷徨わせていた視線を俺の方へと向け、母親がこちらを見つめてくる。
「そう…………………じゃあ、これぐらいしか出来ないけど」
母親はまだ何か言いたそうだった。しかし、しばしの沈黙の後、蝶の文様の金色のブローチを手渡してきた。
「あなたに大地の祝福が訪れますように。」
それが母親と俺、フォート・ヴィンダの別れだった。
***
「これが……………!!」
「眩しい………っ!これが、勇者の剣?!やっと、手に入ったのね!!!」
目の前には、網膜を焼き焦がす程の光を放つ、美しい剣が横たわっている。
そばに居る2人は近づくことすら出来ていないようだ。
物凄い光のはずなのに、なぜだか俺には全く眩しくない。それどころか、俺の存在を祝福しているかのようにすら思える。
光に吸い寄せられるように、俺はゆっくりと剣に近づいていく。
鼓動が高鳴っていく。
1歩、また1歩と、台座までの距離が縮まる。
2人の気配を背中に感じながら、俺は歩みを止めない、否、止められない。
そして遂に、剣に手が届く所まで来た。
俺は台座の上方、切っ先を天に向けて中空に浮かんでいる剣に、恐る恐る手を伸ばす。
空気の膜を突き破る感覚。
不思議なものだ。
小指の方からしっかりと柄を握りこむ。
そして、ゆっくりと自分の方へと剣を引き寄せた。
その瞬間、光が一層強くなり、あたり一体を包み込んだ。心地よい風が、頬を撫でていく。
光は渦巻き、発散し、収束し、また渦巻き、辺りを満たしている。
剣をまじまじと眺めながら、手のひらから伝わる、初めての感覚に高揚する。
初めて持つはずなのに、ずっと前から持っていたような。あるいは、自分のためだけに作られたような。
やがて剣の光は柄を掴んだ右手の甲に収束していった。
そこに、文様が浮かび上がる。
「これは…。勇者の証ですな。」
いつの間にか傍に来ていたのか、ルヴェですら、声色が興奮を隠しきれていない。
俺は剣を下ろし、2人に向き直る。
「ここまできてやっと、認められたってことか…。本当に、二人とも、今までありがとうな。」
ここまでの旅をともにしてきた二人の方を見る。
回復魔術で俺をサポートしてきてくれたジュルネ。様々な知識を持っており、戦闘だけでなく旅の様々な点で足りない部分を補ってくれてきたルヴェ。
二人がいなければここまで来られなかっただろう。
「な、何言ってんのよ。これからが大変なんだから。お礼を言われるのはまだ先にしてほしいわ。」
ジュルネは、照れを隠すように早口でまくし立てた。
「それに、感謝しているのは私の方なんだからあんたは気にしなくていいの!」
そう言って貰えると、気が楽になる。
「私も、楽しい旅にご一緒させていただいて、これ以上は求めません。」
ルヴェは、落ち着いた様子で腰を折る。
出会った頃から変わらない調子で。
「本当に……ありがとうな。さぁ、ここからが本番だ!!」
俺は涙を誤魔化すように、高々と勇者の剣を掲げた。