第69話 二人の行動
あけおめ!
…はい、手遅れですね。
悠久今年一発目の更新です。
怪物達の撃退から一夜が明け、街に人々が帰ってきた。街の被害は大きなものだった。幸いだったのは人命の被害は少なかったことだ。避難が素早く行われた結果である。家を無くした者もあったが、「建物なら建て直せる」と苦笑いして話していた。
しかし、何より人々を悲しませたことがある。
占いの神様の不在だ。
一部では死んでしまったという噂も立っているが、彼らがその真偽を確かめることはできないだろう。なぜなら彼女の遺体は既に武器の神様達の手によって、完全に焼き尽くされた後だからだ。痕跡が見つかることはない。
この国の象徴とも言えた神様は居なくなった。
だが…。
「俺が神様をやってやるよ」
そう名乗りをあげたのは帽子を被った少年だった。
「そなたは…?」
デニムリントは尋ねる。
「アーク・アームド・アルム」
「…神様か。そなたはなんのためにこの国へ来たのだ?」
「目的は、前の神様と同じだ。手段は違うがな」
「フォトナを知っているのか?」
「あいつの遺体は俺が葬った」
「遺体だと?!」
デニムリントは大声をあげて立ち上がる。
「ああ、でかい刃物か何かでバッサリとねぇ。…ご希望とあれば、事細かにその様子を伝えてやろうか?」
デニムリントは息をのんだ。
「いや…、遠慮する」
力が抜けたように王は椅子へと腰を落とし、腕かけに肘をついて額を押さえた。
「犯人の見当はついている。恐らくは感情の神様と名乗ったあの女だろう」
「復讐するかい?」
「そなた達の事情は知っている。それを無闇に引っ掻き回すわけにはいくまい…」
「流石はリスタニアの王だねぇ。神様の事情にまで詳しいとは」
「昔からの事だ。私たちは…、この国はそのためにある」
「それじゃあ、通過儀礼も無しで悪るいんだが、早速『悠久の国』へ通してもらえねぇか?」
「…通過儀礼か。あれももはや形骸化している。あのやり方では一人ずつしか試せない上、時間もかかるからな」
「へぇ、それじゃあ通してもらえんのかねぇ?」
「ならん。開拓王との約束を破るわけにはいかぬ」
「なら、どうすりゃいいんだよ」
「ひとつ頼みがある」
***
「マルコー先生」
「ウェストールか」
そこは仮設の医療施設だった。先の戦いで傷ついた者達を収容するには、病院だけでは足らず、こうしてテントを張り、軽度の怪我人はこちらへと運ばれていた。
「イタッ!」
「おお、すまないね」
マルコー医師は治療中の怪我人に謝った。
「ウェストール、このあと用事はあるかい?」
「いえ」
「それなら少し待ってくれないかい? 手が空いたときにでも話すとしよう」
ウェスは頷くとテントから出た。
僅かの間に色々あった。ありすぎた。王都に来たのは間違いだったのかもしれないと思うほどに、様々な動きがあった。
中でも大きな事はくるりの失踪であった。気絶から目が覚めたときにはもう彼女の姿は無くなっていた。行き先はイドが話していた悠久の国という神様の国だろう。失われた記憶を探るのに故郷へ帰ることは有効な手段だ。
しかしウェスは思う。なぜクルリは自分に何も告げずに行ってしまったのか。そして居なくなった彼女の代わりに残ってたもの。青いリボン。ウェスのマフラーの一部であり、それによって互いのおおよその位置がつかめるものだった。それを置いていくということは絶縁の意味に等しい。
ウェスはため息をついた。
それは自分のせいであると彼は思っているのだ。
フォトナの忠告を無視…、いや、気にはかけていたが、彼にそれを実行する勇気がなかったのだ。そして結果的に最悪の事態を招いた。自分に憤りしか感じない。
ウェスは額を強く押さえた。
考えるほどに、歯がゆくて、もどかしくて、嫌な気分になった。
ウェスはいったん思考を止める。
後悔していても仕方ないのだ。これからの事を…。
そう思うのだが、いつの間にかまたクルリの事を考えてしまう。
思考を止めることはできなかった。何かが足りない。手に入れていたはずの何かが無い。まるで自分の一部が欠如してしまったような。
ゴーレムや怪物の驚異が去り、まだ忙しないとはいえ平穏な時間が戻ってきた途端、そういう気持ちの波が、ウェスに押し寄せてきたのだった。
「ウェストール」
そんなとき、仕事に一段落をつけたマルコー医師がテントから出てきた。
「今日はどうし―」
「先生、神様も人なんですね。聖印があったら神様。それは多分この先も変わらないことです」
「…それは」
「でもそれはこの国での話なんです。彼らは不思議な力…、神術を持っています。でも、彼らからすれば俺たちも魔術という不思議な力をもっている。言い換えれば、それ以外違うところはないんです。それは先生が神様の治療ができることからも考えられます。別に特別なことじゃないんです」
「君の言う通りだ。と言っても、私も最初は神様の存在を信じて疑わなかったんだ。国王から話を聞き、フォトナ様を治療するまではね」
「はい」
「ウェストールは刷り込みという言葉を知っているかい?」
「生まれたての鳥が最初に見たものを親だと思うあれですか?」
「ああ。神様の事はそれと同じだと思うんだよ」
生まれてきたときからそう言い聞かせられてきたのだ。当然と言えば当然のことである。
「それで先生は俺にその事を気づかせてどうするつもりだったんですか?」
「…クルリさんと言ったかな? 君はあの小さな神様を探さしにいくのだろう?」
「ええ」
「神様を探しに行くのか、クルリさんを探しに行くのかでは随分意味合いが違うと思うよ」
「は、はあ…」
「でもまぁ、神様がどうのという概念が外れてもその意思が変わらないのなら、どうやら後者のようだね」
「どういうことですか?」
「君があの神様を助けたあと、君がどうするのかがずっと気がかりだった。本来なら彼女は私が預かり、記憶が戻らないまでも、それに支障がなくなるくらいまでは私が見るつもりだった。君が引き取るなんて言わなければね」
「あれはあいつが俺についていくと言って聞かなかったから…」
「だが断ることもできた」
ウェスは口をつぐんだ。
「君には責任があるんだ。彼女の面倒を見る責任がね。まぁ、君のことだ。そんなことは言うまでもないのだろうけど。彼女を診た医者として心配なんだよ」
「大丈夫ですよマルコー先生。俺たちはこれまでうまくやってきたんです」
「……ああ、そうだね。それで、いつ発つんだい?」
「このまますぐに」
「そうか。気を付けるんだよ」
「ありがとうございます」
ウェスはテントを後にした。
マルコー医師は、彼が見えなくなるまで見送った。
「すまないね、ウェストール」
マルコー医師は嘘をついた。
そうするようにかつて頼まれたのだ。その願いを今ようやく叶えることができたのである。
マルコー医師は右腕の服の裾を捲し上げた。そこにある印を見て、彼はため息をつく。
「友よ、これでよかったのだろう?」
そう呟き天を仰ぐ。
「あとは彼に任せるしかない」
「先生、次お願いします」
テントの中から声がする。
マルコー医師は腕にある神様の印を隠した。
「ああ、今行くよ」
この国には神様がいる。
信仰や祈りのための無形の対象ではなく、本当に実在し触れることのできる神様だ。
そしてその神様の多くは、人々の生活の中に紛れ込んでいる。
ようやく王都編に区切りがつきました!
消化不良感は否めないですが…
内容は相変わらずです。
でも、もしよければこの先もお付き合いお願いします。