第68話 鎮火
誤字脱字あったら御免なさい。
「倒れた…」
うつ伏せになっているブラッドゴーレムを見てウェスは呟いた。
山のような巨体は倒れてしまっても大きい。
「それでは、落ち着いたところで私ので番ですね」
マイペースに話しながらフィオーネがゴーレムへと近づく。
「イタッ!」
が、なぜか何も無いところで転んでしまった。
「ああ、こんなところに段差が…」
と、フィオーネは言っているが、どう見てもそこは平地で、段差どころか石ころも落ちていない場所である。
「なぁ、リリア…。あの人大丈夫なのか…?」
「は、はい…。運動神経は絶望的にありませんが、魔術の腕は確かなものです」
「あんなんやったら目的地にたどり着く前に戦闘不能になるんとちゃうか?」
「ああもうっ! イライラする! だれかあの人を連れてってよ! 連れてくべきよ!」
「ゴーレムも今は沈黙しているが、いつ復活するかわからないからな。なるべく手早く済ませるべきだろう。結界さえ解いてしまえば奴が起き上がろうが対処できるからな」
「冷酷のの言う通りじゃな…。リリア、頼めるかの?」
「はい」
リリアはフィオーネを抱えると魔術でふわりと浮き上がりゴーレムの背中に消えてしまった。
これで結界が解かれ、魔方陣を傷つければブラッドゴーレムは完全に動かなくなる。そうすればここでの戦いは終わるのだ。
「周りの怪物達もずいぶんと減ったわね」
シェーラが辺りを見回しながら言う。
「奴等の後ろ楯がこうして戦闘不能だからな。ボスがやられちまったら、逃げるしかねぇんだよ。雑魚共はな」
リーダーがやられて退散する。本当にそうか。
疑問に思ったのはガルバントだった。
群れを統率する能力が備わっているゴーレムなど聞いたことがない。それは最近作られたゴーレムならあり得る話だが、ブラッドゴーレムは古のもの。そしてその原動力である魔方陣はこうして結界に守られ改変不可能。このブラッドゴーレムには不可能なことだ。
この怪物の群れが単なる有象無象の集まりだと言うのだろうか。…違う。種族の違う怪物が共に行動するなどあり得ないことなのである。野生では絶対に起こり得ない。そして一番気になるのはゴーレムに加えられた最後の一撃。あれは一体なんだったのだろうか。
「なに難しい顔してんだジジィ。気になることでもあんのかよ」
セレッソはぶっきらぼうに尋ねる。
「ふむ…。少しな」
だが、こうして怪物達は撤退していった。仮に怪物達をまとめあげる何かが居たとしても、そいつは退くことを選んだのだ。ならば今深く考えることではない。それは最後の一撃も同じ。いや、むしろそれは自分達側に味方した。
「心配するほどの事ではないがの」
そう結論付けガルバントは答える。
「しかし、ほんま赤いんやなこいつ。これが全部人の血やって考えたら寒気がするわ」
「私はあんたが気持ち悪くて寒気がする。寒波も消えたのに。暑苦しいのが側に居るのに」
イグナの横でクアクスがムッとした顔をする。
「なぁ、ほんま、なんでワイそんな嫌われとるん?」
「自分の胸に手を当ててみれば? わからないの? わかるはず!」
「そんなん言われてもなぁ」
トトラは自分の胸に手を当ててみる。
「まぁ、確かにイグナちゃんのもこんなもんやけど、ワイは別に乳のサイズで女性ぶぉっ―」
トトラは悶絶しながら沈黙して地面に顔を打ち付けた。
「あんたとの旅も最悪だったよ。むさいのと変態に挟まれて二重苦! 四重苦!」
「キリウ。風呂覗きなんてやめておけ。イグナのを覗いてもなんのと………。ゴホン。十中八九入浴を覗かれて喜ぶ女性は居ないからな」
「………むっつり」
「変なのばっかね」
「お前も懲りないな」
ウェスが崩れ落ちたトトラを起こす。
「助かるわ、ウェストール。いやぁ、クルリちゃんときはわりかしうまくいったんやけど…」
トトラがふと気づいたようなキョロキョロしだす。
「そういえば、クルリちゃんの姿が見えんようやけど」
ウェスはトトラから離れた。半分体を任せていたトトラは情けなく再び地面に顔を打つ。
「な、なんやっちゅうねん…」
鼻を押さえつつトトラはウェスを見上げた。
「それはまた落ち着いたら話すよ」
そっぽを向いてどこかつまらなさそうにウェスは答えた。
その仕草からトトラは厄介事を読み取った。といってもこの時点ではケンカ程度の事だと彼は思っていたのだが。
「おお!!」
そんなとき、周囲から感嘆の声があがった。
何が起きたのかとウェスがゴーレムを見ると、ゴーレムのその体がさらさらと砂になって崩れていくではないか。魔術の逆算が成功し、魔方陣が崩されたのだろう。ゴーレムはあっという間にただの砂になっていく。
それはなんとも呆気なく、これまでの戦いが嘘のように思えてくる光景だった。
最後に残ったのは赤い砂の山。
こんなものに今まで振り回されていたのかと、誰もが思っただろう。しかし、今は歓喜の方が強いようだ。喜びの声は止むことはない。
「終わったな」
「あー、疲れた」
「怪我人は早く手当てしてもらえ!」
「街がぼろぼろじゃない!」
「つうか燃えてるし! 鎮火鎮火!」
「ばか! 消火だ!」
夜は完全に明けていた。それによって街の被害の全貌も明らかになってきた。
街は半壊。今燃えている建物も含めれば被害はさらに大きくなるだろう。そこら中に怪物や人の死体。血や煙の臭い。
「冷酷の。火の消火に当たるんじゃ。主が適任じゃろ」
「わかってますよ」
「紅蓮の。主は手当てをしてもらうんじゃ。ボロボロじゃろう?」
「ほんと…。なんでこんなにボロボロなんだろ。不思議。摩訶不思議」
ガルバントは申し訳なさそうな微妙な表情ではにかんだ。
「それから清浄の」
「な、なんでしょ…う」
「主ははよう寝るとよかろう」
フィオーネはふらふらしている。
「ほんと、体力ねぇな」
「幻影の。主は…」
「ザコの駆除でもしてくるわ」
ガルバントの言葉を制してそう言うとセレッソはさっさと行ってしまった。
「あら、リリア?」
「お父さん、お母さん!?」
「やあリリア。なんとか終わったね」
「やっぱり逃げてなかったんですね!」
リリアの怒声が飛んだ。
娘に両親がしかられている。
「まぁリリア、こうして二人とも無事だったわけだし。父さんと母さんのお陰で俺たちの被害も少なかったんだぞ?」
「兄さんは黙っていてください! 今こそ子供として親にもの申すときです!」
「暴風の…は、まぁ後でよかろう。それで、主らは―」
本当はこの赤い砂の始末を頼もうとしていたのだが、とりあえずは優先事項でもないので空気を読んでガルバントは黙ることにした。
「いいですか? お父さんもお母さんも…くどくどくどくど…」
リリアより小さくなっている両親に憐れみの視線を送りつつ、ウェスは砂の山を見上げる。
「ゴーレムと対峙したら死ぬか」
ウェスはこの戦いの中ではずっと小物の怪物達と戦っていた。ゴーレムと向き合わずに戦っていた。今彼が生きているということは、きっとこれで対峙しなかったことになるのだろう。フォトナの占い結果はこうして回避できた。もし、彼女の言葉に耳をかさずに対峙していたらどうなっていたのだろうか。死んでいたのだろうか。
などと不吉な妄想を巡らせてウェスは鼻で笑う。
他人が決めた運命より、自分で選んだ運命。
トトラの言葉が頭を過る。
「面白い言葉だ」
ウェスは砂の山に背を向けた。
とにかく、死の運命は回避された。まだできることがある。先に向けて行動できる。
「…ん?」
ウェスはふと疑問に思う。
別に無理してゴーレムと退治しないようにして戦う必要はなかったのではないか。トトラの言葉と場の空気に押されて残ったが、逃げるという選択も自分で選んだ運命ではないのか。
「………」
ウェスはトトラに近づいて彼の頭を殴った。
「いったぁー! なんで殴るん!?」
「なんとなく」
「理不尽な暴力は反対やで!」
まぁ、結果オーライだったのでこれくらいで済ませてやろう。ウェスは胸についた小さな火を消した。
「う、うわああああああ!!」
どこからか叫び声が上がった。
「なん、なんだ!?」
赤い砂の山が蠢いている。
砂は形を形成していく。仕上がったそれはさながら人の腕。ブラッドゴーレムを彷彿とさせる巨大な腕。
「こ、こいつは! サンドゴーレム!!」
「おいおい! 何てしぶとさだよ!!」
砂の腕が周囲にあるものを凪ぎ払う。
「リリア! 吹き飛ばせ!」
「え? あれ?」
両親に説教をしていたリリアが事態を飲み込む前に砂の腕は両親もろとも彼女を叩き飛ばした。
「きゃああっ!」
「父さん、母さん! リリア!」
ブラッドゴーレムはその身を崩してなおもサンドゴーレムとなって動き続ける。兵器としては完璧だ。壊れてもまだ使えるのだから。
「じいさん。あいつの弱点も魔方陣なのか?」
ウェスはガルバントに尋ねた。
「基本的に砂には魔方陣は描けんよ。動くと崩れてしまうからの。普通は術者に注入された魔力で動くものじゃ。術者が居らぬ今なら時間が経てば勝手に止まるじゃろう。魔方陣に溜め込んだ魔力の残りで動いておるのじゃろうしな。しかし、奴の場合は溜め込んだ魔力は相当なものじゃ。三日三晩は動き続けるじゃろうな」
「ウェストール、後ろや!」
ウェスとガルバントは咄嗟に後ろを向いたが、もう手遅れだった。
既に腕は動いていた。砂とはいえ、その質量を一身に受ければ圧死は免れない。
「くっ…!」
対峙すれば死ぬ。
ウェスはまだ壊れていないゴーレムと向き合ってしまった。だから死ぬ。
「…」
死ぬのか?
終わるのか?
頭を巡る様々な記憶、思い、言葉。死ぬ間際に見る走馬灯というものなのだろうか。だがなぜだろう。その巡るもの全てがウェスには不快に思えた。
「なぜ…? …ああそうか」
答えは簡単だった。
「死ぬことを受け入れてないからだ」
目の前にある止まったゴーレムの腕を見ながらウェスは呟くようにゆっくり言葉を口にした。
ゴーレムの腕に触れる。すると砂の腕は霧散するように弾けた。
砂がただの砂になっていく。
「ウェストール! 無事か?!」
「ああ、この通り平気だ」
「な、なんじゃこれは?」
砂はウェスとガルバントを囲むように落ちていた。まるで彼らを避けたかのように。
「………」
「主か…? 何をした?」
「奴から原動力の魔力を奪った。それだけだ」
「ほお、忌み子にそんな力があったとはの。まぁ、忌み子は生まれてすぐに処分される運命にあった。知らなくて当然か…」
「………」
「安心せい。別に主を避難しとるわけではないわい。それに今さら処分がどうとかいう話でもなかろう。命まで救われたとあっては尚更のう」
「あんたはいい人だ」
ウェスは叩き飛ばされてしまった家族のもとへ駆け寄った。三人は既に手当てされており、意識があったのはリリアだけだった。リリアは建物の壁にもたれ掛かって座っていた。
「大丈夫か?」
「は、はい…」
「父さんと母さんは?」
「意識を失っているだけです。父さん達が私を庇ってくれたから…、私は軽傷で済みましたけど…」
リリアは唇を噛んで俯く。
「ほんと、無茶する両親だよな。子の気持ちにもなれっての」
「…兄さんて、本当は強いんですね」
ウェスは笑う。
「前よりは強くなったつもりだよ」
「………」
「まぁなんだ。父さんも母さんも無事。お前も無事。俺も無事。それで十分だろ? 俺たちにとってはさ」
「だけど、私…。私のせいでお父さんとお母さん…」
「ははは、例えお前がゴーレムの攻撃に気付いていたとしても同じことをしてたろうさ。この親はさ。気にすくらいだったら感謝しとけ。な?」
妹は兄を見上げた。
「なんで私たち兄妹なんだろ…」
「なんでって…。そりゃこの親から産まれたからだろ?」
「兄妹じゃなかったら…、私…」
「なんだよ」
「………いいです。寝ます」
と言ってリリアは地べたに寝転んだ。
「おい、せめて屋内で寝ろよ」
「いいんです。ここで。兄さんが見えるここがいいんです」
「なんだよ急に甘えたこと言い出して…」
ふてくされたように寝転がるリリアを見てウェスは嘆息する。
「おーい、ウェストール」
そんなところへトトラの呼ぶ声が飛び込んできた。
ウェスはリリアを気にしながら、トトラのところへ向かった。
「なんだ?」
「自分、鈍感さんか?」
「は?」
「リリアちゃん…、やったか? あの子の事や」
「つまらん話をするなら戻るぞ」
戻ろうとするウェスの腕をトトラは掴む。
「まあまあ、あの子の態度でなんも分からへんのか?」
「無茶言うな。俺たちは兄妹だ。あいつの気持ちには応えられない。これで満足か?」
ウェスはトトラを振り払いまた家族の元へ戻った。
「…ちゃんと解っとるんか。なんや、おもろないな」
「ああいうのは、人の気持ちばかり考えて自分の気持ちが解らないってタイプよ。甘いわ、変な人」
「猫人族の姉ちゃんか。自分賞金首やろ? 逃げんでええんか?」
「この状況をほったらかして逃げるほど悪党じゃないわ。それから私はシェーラよ。変な人」
「ワイはトトラや」
「いいわ。別に覚えるつもりはないから」
「なんややっぱり女の子からの風当たりが強い気がするわぁ…」
トトラはがっくりと項垂れた。
***
「この結果はお前の占いで見えていたのか?」
沈黙。
「…当然か。答えられるわけねぇよな。そんな姿じゃ」
沈黙。
「この国で神様を殺したがるような連中は沿うそう居ねぇ。悪党でも利用するくらいの知恵は持ってるだろうし、大方、追手にでもやられちまったんだろ。情けねぇな」
「…アルム様」
猫が彼の後ろから呟いた。
「リグ、時間の事は分かってる。だが、友人との別れくらいゆっくりさせろよ」
「…申し訳ありません」
リグはすすすと下がる。
「あのとき逃げた四人のうち、残ったのは俺だけになっちまったな。ククロは奴等に捕まり、デスティクは神食いに力を奪われ、そしてお前はこうして死んだ。…なぁ…。お前らがここまでして助けたかった奴はどこのどいつなんだよ。俺はお前らと違ったから外の事なんてよく知らねぇんだ。クルリ・クルル・クルジェスはそんなに大切な奴だったのかよ。なぁ」
沈黙。
「死ぬ前に教えとけよ!」
アルムは叩きつけるように言葉を放った。
しかし帰ってくるのは沈黙である。
「リグ、こいつは焼いといてくれ。骨も残らねぇように完璧に」
「よいのですか?」
「こいつもこんな姿人に晒されたくねぇだろうからな」
「わかりました」
黙々とリグが準備を始めるなか、アルムは踵を返してその場を去った。
「じゃあな…、フォトナ」
その後、リスタニア王国の総力をあげて占いの神様フォトナの所在の捜索が行われたが、見つかることはなかった。