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第6話 忍び寄る影

こういう場面とか、こういう登場人物とか、一度はやってみたいよね!

 豪邸に一泊することになったクルリはますます上機嫌だった。

「死霊使いなんて私がけちょんけちょんにしてあげるよ!」

「わかったから、少し落ち着け」

 ジィは二人の前を静かに歩いていた。彼は二人のことがあまり気に入ってはいなかった。主人の命がなければ、絶対に関わり合いたくないと思っていた。それもそのはず。二人は彼の主人に危害を加えようとした。あの時、少しでも行動が遅れていたらと考えると生きた心地がしない思いだった。

「こちらでございます。手前はウルハインド様、奥にクルジェス様。お部屋はご自由にお使いください」

 そこはいい意味で客室のようには見えなかった。広く綺麗な部屋で、床にはふかふかの絨毯、天井にはシャンデリア。ベッドも大人が三人くらい乗れそうな大きさだった。窓からはあの広い庭が見渡せるし、ベランダまでついている。

「び、貧乏性の俺には身体に悪い部屋だ…」

「も少し落ち着いたら?」

「無理…。こんなところに一泊もしたら体が持たないかもしれない」

「明日、死霊使いに挑むのに先が思いやられるわ」

「もし何か御用があれば私をお呼びください」

 ジィは決まりきった台詞を言い、一礼をしてその場を去ろうとした。

 そこへ、トタトタという足音と共にアンネがやって来る。

「クルリさん!」

「お嬢様! 廊下を走っては危険です!」

「あら、廊下はいつもあなた達が綺麗にしているのでしょ?」

「勿論でございます」

「それなら危ないものがあるわけ無いじゃない」

「そ、それとこれとは話が違います!」

「はーい、ごめんなさい」

 アンネにはまるで反省の色が見えない。

「そんなことよりクルリさん! お風呂をご一緒しませんか?」

「え、お風呂?」

 クルリの顔がこわばった。彼女はチラリとウェスの顔を見る。

 ウェスは首を横に振った。

 彼女の背中には、神様の証である聖印がある。お風呂に入ればそれは当然外に晒されることになる。彼女が神様だと周囲に知れることは決して良くない。彼女に神様としての力があるのなら、それでも問題は無いのだろうが、今のクルリは言うなれば弱った状態。弱った生き物が他の生き物に見つかれば、その後どうなるかは目に見えている。

「わ、私はいいよ」

「クルリさん、女の子はきれいにしないとダメなんですよ!」

 もちろんクルリもお風呂に入りたくないわけではない。ただ、他人とお風呂を一緒にすると聖印を見られてしまうのが問題なのだ。

「さあさあ、クルリさん行きましょう!」

 アンネはクルリをぐいぐい引っ張っていく。

「ちょっと待ってくれ! これからクルリと明日の事で話したいんだが、放してやってくれないか、アンネさん」

「そ、そう。私明日のこと聞いとかないと!」

「まあ、殿方の前に出るのなら尚更です! クルリさん、行きましょう!」

 更に強く引っ張るアンネ。もはやクルリは引きずられていた。

「う、うわーん!」

「ちょっ…!」

 ウェスがもう一度呼び止めようとしたとき、アンネはキッと振り返り、憮然とした態度で言った。

「ウェストールさんも身形を整えてはいかがですか?」

「は、はぁ…」

 どうやらこれ以上何を言っても逆効果のようだ。後はクルリ自身に何とかしてもらうしかない。歯がゆさを覚えながらも、ウェスは彼女らを見送ることしかできなかった。





  ***






「お、おおー!」

 クルリは感嘆の声をあげた。

 ここはお風呂なのだろうか。大理石のタイル、獅子の石像の口から湯が流れ出ていた。そして広すぎる浴槽は、むしろプールと言ってもいいだろう。大きな窓からは外が見え、解放感があった。

 だが、今のクルリにはこのお風呂を楽しむ余裕はない。背中を何とかして隠さなければならないのだ。持ち物はタオル一枚。これを背中にぺったり引っ付けようとしたが、さすがにおかしいし逆に目立つからと却下した。

 取り合えずさっさと入ることで脱衣時の隙を回避したものの、入ったらもう隙しかない。

「クルリさん、お湯加減はいかがですか?」

 アンネが後から入ってくる。

 慌てて湯船に入るクルリ。アンネと正面を向き合っているしかない。混乱した彼女の頭ではそのくらいしか思い浮かばなかった。

「う、うん、いいと思うよ」

「そうですか。よかったです」

 アンネもゆっくりと湯船に入った。

「ど、どうしてそんなに近いの?」

「あら、お話をするなら近い方がいいじゃないですか」

「そ、そうだけど、こんなに広いのにもったいない…」

 肩がひっつくまで近くなくてもいいじゃない。と、クルリは言いたいのだが、お世話になっている身でそんなことは言えない。

「広いお風呂も一人だと寂しいんです」

「そ、そうかもね」

「そうなんです!」

 さらにずいと近寄るアンネ。クルリとはぴったりというよりべったりと引っ付いている。

「ち、近いよ」

「いいじゃないですか、女の子同士なんですから。それとも私のこと嫌いですか?」

「き、嫌いってわけじゃないよ」

「じゃあ大丈夫です」

 何が? とクルリは言いたかった。自分は気が気でないというのに、このお嬢様は好き勝手に敷居を跨いでくる。勘弁してほしい。

 だが、ぷにっとしたアンネの肌は触れていてきもちいい。お風呂の水分もよく弾いて艶も張りもあって、健康的で綺麗な肌だ。

 クルリは自分の肌を見た。仕事柄ある程度は仕方ないと思っていたが、比べてみると少し残念な気持ちになった。

「ひゃい!?」

 胸の辺りを押さえ、思わずクルリは飛び退いた。

「な、なにするの!」

「クルリさん、思ってたより大きいんですね。着痩せするタイプですか?」

「な、何言って…!」

「ふふ、すみません」

「もう…」

 お風呂なのにまるで気が休まらない。

「お詫びにお背中を流させてください」

「いっ、いいいいよいいよいいよ! そんな気を使わなくて!」

 もろにアウトです!

「させてください!」

「いいよ!」

 クルリは逃げ出した。

 しかし回り込まれてしまった。

「逃がしませんよ!」

 クルリは逃げ出した。

「ぶっ…」

 しかし転んでしまった。

 アンネがそこに馬乗りになる。

「捕まえましたよ! さあ背中を…」

 身動きができない状況になってしまった。

「こ、これは…!」

 終わった。

 見られた。

 様々な言い訳が頭を巡るが、まったくいい答えが出てこない。

「あの、これは、その…」

 クルリは言葉が全く紡げず、狼狽えるしかなかった。

「酷い傷…」

「………え?」

「これを見せたくなかったんですね。すみませんでした…」

 アンネは傷のことを言っていた。印の方は見えなかったとでもいうのだろうか。

「と、とりあえずお湯につかりませんか? 風邪をひいてしまいますから」

 申し訳なさそうにアンネは言った。

「う、うん」

 クルリは状況が理解できていなかった。アンネにばれなかった安堵感と、ばれなかった不安感を抱え、湯船につかる。

「本当にごめんなさい」

「い、いいよ。過ぎたことだし…」

「そんなわけには…」

 途端にアンネの表情が固まる。

 次から次に何事だろうとクルリは思ったが、今回は状況が少し違ったようだ。アンネの顔がみるみる青ざめていった。

 そしてクルリの耳元で彼女は呟いた。

「外に誰か居ます」

 外、というのは脱衣場の方ではない。アンネは窓の方を見つめていた。

 そこには蠢く影。

 覗き? 敵?

 どちらにしろ成敗する相手であるとクルリは判断した。

「アンネちゃん、下がって」

「は、はい」

 構え。

『閃光は悪意を穿つ…』

 詠唱している間に逃げられるのではないか? 彼女の頭にふとそんなことが過った。逃がすわけにはいかない。

『…以下略!』

 彼女は詠唱を省略することにした。

『レイスピア!』

 瞬間、眩い光が周囲を包み、一本の輝く槍が現れ、それが外の怪しい影に向かって飛んでいった。が、その途中で不安定な魔力の塊となり、あり得ない動きを始める。

「やっばー…」

 耳をつんざくような爆音が館に響いた。

「詠唱を省略するなんて、とんでもないやっちゃな」

 爆音の中で発せられたその言葉は誰の耳にも届くことはなかった。

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