第62話 最初で最後の100%
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本当のところ、彼女が何を考えているのか、ウェスにはわからなかった。方針をコロコロ変え、表情もころころ変わる。占いの神様を名乗るフォトナは随分と優柔不断で、周囲に流されやすいのかもしれない。
彼女の言葉すべてを信じていいものなのだろうか。今の彼女の心はウェスの肩を持つ方向へ傾いているとはいえ、意図して嘘をついていたのは間違いない。その言葉に易々と乗り掛かっていいものなのか。
だが、ウェスは何も知らない。分からない。だから疑いを抱きつつも、これから語られるであろう彼女の言葉を信じる他ないのだ。
「《神様》、あなた達はワタクシ達をそう呼びますわね」
ウェスは頷いた。
「神様の中でも、最初に神様と呼ばれたのはどんな神様かあなたは知ってますの?」
最初の神様。
聖印を持つ者を神様として信仰するに至った起源のことだろう。しかし、そんなこと知るはずもないウェスは首を横に振るしかなかった。
「今からおよそ500年前。ワタクシが生まれるよりずっと以前ですわね。リスタニア王国建国に至ったきっかけを作ったのがその神様ですわ。その神様はこの国初代の王として君臨した」
「初代の王が神様?」
「ええ。荒れ果てた土地を開拓し、作物を育て、人々の厚い信頼を受け、まとめあげていった。開拓王とも呼ばれた者。それが初代の王ですわ」
「だが待て。歴史に疎いとはいえ、自国の歴史だ。初代の王が神様だったなんて、聞いたことがない」
「過去の出来事を完璧に知ることは不可能ですわ。口伝、文献、遺跡に遺物。すべては人の手が加わったもの。間違い、忘却、改竄。どうあがいても、それは逃れられませんの」
「お前の口伝に改竄は?」
「ありませんわ」
自信満々でフォトナは言い切った。
「続けても?」
「ああ」
「彼が《神様》と称されるようになったのは、王位を退き、病に臥してからですの。介護していた者が、王の右肩に奇妙なアザを見付けましたの。それが聖印。開拓時代、彼が植えた作物は何があろうと成長した。当初から不思議なカリスマを秘めていた彼のそのアザは、彼を慕っていた者達にはなにか神聖なものに見えたのでしょうね。更に、王と妃の間に生まれた二人の子供には彼と同じアザがあった。子供達も彼と同じく不思議な力を持っていましたの。これは何かの偶然か。それとも必然か。聖印を持つ者への信仰心は一気に高まりましたわ。これが聖印信仰の始まりですの」
「それなら、今の王様は神様の血筋なのか?」
「はい。けれど、ワタクシ達のように神術も長命も有していませんの。あの人はほぼ人の子。人と交わるうちに、その血は薄くなっていきましたの。加えて言うなら、この国の人々はほぼ、ごく少量の神様の血が通っていますの。王宮魔術師がいい例ですわ。魔術に加えて不思議な能力。あれこそ神様の血が成せる業の一つですの。そしてあなたのように、稀に誕生してしまうフェイリア(出来損ない)もですわ」
自らの体に神様と呼ばれる存在達の血が流れている。いざ知ると奇妙な感覚であった。ウェスは自分がある種、不幸な存在であると考えていた。だが、皆にその可能性があったのなら、逆に幸運だったのかもしれないと、そう思った。
「じゃあお前はなんなんだ? 神様の血は薄くなっていったんだ。国の中で神様が誕生することはないだろ」
「すべてが平等の国。悠久の国。そこが嫌になった者達が隠れ住む場所。それがこの国。リスタニア王国」
ウェスは開いた口が塞がらなかった。この国が亡命者の隠れ蓑だと、この神様は言うのだ。
「聖印を持つ者が神様と崇められるようになったのは計算外でしたの。まぁ、それが今は亡命者を信用するための関門となったのですけれど…」
亡命者は追跡者によって命を狙われる。この国で神様として崇められることは即ち、自らの命を危険に晒すことに他ならない。亡命者と偽って侵入され、隠れている者を一網打尽にされることを避けるための措置だろう。どう考えても穴があると思われるのだが…。ウェスはそこには触れないことにした。
「それがこの国の根幹の成り立ち。そして《聖印を持つ者》が《神様》と呼ばれる所以」
「それがあいつと何の関係がある」
「気が早いですこと。物事には順序というものがありますの」
「あー、わかったわかった」
「クルリちゃんは亡命者の中の一人。そしてワタクシ達はそんなクルリちゃんを追ってきましたの。守るために。けれど見失ってしまった。どこで何をしているのかもわからないまま、二十年もの月日が流れた。そしてようやく見つけた。一年前の違和感の日に」
「あの日か…」
「すぐにその違和感のもとを探りましたわ。けれど、そこに居たのは記憶を無くしたあの子だった。それは、奴にとって都合のいいこと」
「奴?」
「あの子、クルリ・クルル・クルジェスの力はもう御存知ですわよね?」
輪廻。
ウェスは理解したわけではないが、どんなものかは分かったつもりである。
「要するに、その力を欲する者が居ますの。それが、悠久の国、―――の―――――――――――――ですわ。彼はその力を………。…どうかしましたの?」
ククロの時と同じであった。肝心なところが聞こえないのである。
「ああ、恐らくそれは―――――――の――の力ですわね。彼に不利な単語、言葉を理解できないようにしているんですわ。流石は―――の神様、といったところですわね」
「これも神術なのか?」
「そうですの。厄介な力ですわ。恐らく伝える手段はありませんの。文字でもそれはただの記号にしか見えなくなってしまうはずですわ」
何からクルリを救えばいいのか、目的がはっきりしないのはいいことではない。対策も打てないし、不確定なものと戦うのは非常に不利なのである。ましてや、問題を多く抱えたままの現状。何から手をつけるのが最善なのだろうか。
「『北へ向かい、極寒の監獄の中で炎を掴み、奪い取れ』」
ウェスは首を傾げた。
フォトナが突然口にした言葉は、以前聞いた占いと似てはいるが、少し違いがある。
「0.01%の伝えなかった部分がそれですわ。この封鎖された極寒の街の中で、炎を掴み、奪い取る。掴んだ後に一行動追加するだけですの。それが今のあなたにとって、最善の標…」
彼女の言葉を信じるのか。いや、信じる他無い。どちらにしろ、行動しなければウェスの望まぬ結末が必ずやって来る。彼にはクルリのように人生をやり直すような力はない。
選べる道は一本。
たどり着く答えも一つ。
最悪に繋がる道以外さえ選べれば上出来なのだ。
大成功なのだ。
「本当に贅沢な奴だな…」
「何がですの?」
「…いや、なに。あいつの食費にはいつも頭を悩まされていたって話だ」
ウェスは時間の流れを元に戻した。冷気が彼を襲い、ウェスは身震いする。
目の前の神様はようやく動くようになった体を確かめるように、四肢を動かしていた。
神術は寿命を消費する。果たして、あと何度この力を使うことができるのだろうか。
「ワタクシが伝えたいことは取り合えず伝えましたの。なにかあれば、またあなたに伝えますわ。勿論、完璧な情報ですわよ?」
「それはありがたい」
利用できるものなら、何でも利用すればいい。
「俺は北門に向かう。炎はそこだろうからな」
「待ちなさいな。一つ忠告がありますわ」
「なんだ?」
「ブラッドゴーレムとは絶対対峙してはいけませんわ。その時点で、あなたの死は確定してしまいますの。逃れようのない、100%の死が待っていますわ」
「それは、占いか?」
「デスティクが導いたあなたの運命ですわ。彼が解除しない限り運命は固定されたままですの」
デスティク。
彼女らの話の中で何度か出てきた名だ。しかし、ウェスはそれがどんな人物なのか心当たりはない。彼らは直接に出会っていないのである。まぁ、デスティクの方は遠目で確認はしていたのだろう。
フォトナの言葉から、そのデスティクという人物は、運命の神様なのだろうと。知らぬ間に自分の運命をいじられたのは少し癪だとウェスは感じていたが。
「厄介な連中だな、神様って奴等は」
「手がかかるほど可愛いっていいますわ。あなたにとって、クルリちゃんがそうなんですわよね?」
「…そうかもしれないな」
「それならお行きなさいな。最期まで醜く足掻いてほしいところですの」
フォトナの毒づいた言葉にウェスは苦笑いを浮かべると火柱の上がった北門へ向かった。
それをフォトナは複雑な表情で見送る。
全てを託すには頼りない男。嘘を重ね、感情をあまり表に出さないその男がなぜそこまで一人の少女に固執するのか。果たして任せていいものなのか。
フォトナは小さく嘆息すると、諦めたように目を閉じた。
瞼の下に広がる暗闇。夜だというのに少し明るく見える。
これでよかったのだ。
どちらにしろ彼女には大したことができない。友達を救うために相対さなければならない相手は、彼女にとってあまりにも強大であった。彼女だけでどうこうできる問題ではなかった。
「こんな時間に一人で出歩いて不用心ねっ!」
そんな声と共に、巨大な鎌がフォトナを切り裂いた。