第60話 北路
遅くなりました。
最近ただの粗筋になっているような気がしたので、ゆっくり見直しながら書いてみました。まぁ、結果的にあまり変わらなかったのですが…。少しマシになるように努力したつもりです。
「変なのついでに訊くけど、あんた誰?」
「ワイはトトラ・キリウ。さすらいの霊能士や。にしても、ねぇちゃんべっぴんさんやな。ワイと結婚せぇへん?」
「あら、プロポーズ? 残念だけど、変なのは対象外よ」
「……………」
ピシャリと水が三人に降りかかった。主にトトラに。
「おっさん言われんのがホンマに嫌なんやなぁ、おっさん」
「…………!」
トトラに強烈な水圧がぶつかる。 少し後ろに押し出されたトトラだったが、すぐにその場に踏み留まった。彼の手には奇妙な紙一枚。
「あんたの手はだいたい見せてもらったからな。その対策はばっちりやで? おっさん」
「…………!!」
クアクスが突然その巨体をトトラにぶつけた。
体格差は一目瞭然。さらに何か付加で魔術を使っているらしく、突き飛ばされたトトラは軽快な音をたてて冷たい地面を転がった。
その巨体は歪んだ表情を浮かべ、トトラだけを見据えていた。
「…狙いはワイだけなんか? せやけど、物理攻撃は反則やで。接近戦苦手やのに…」
トトラは表情を変え、真面目にクアクスへ向き直った。が、妙にフラフラしている。立ち位置が定まらないと言うか、震えていると言うか。
ウェスは目を擦り、再びトトラを確認した。
やはり揺れている。
揺れている。
―ドシン…
揺れている。
グラグラと。
―ドシン…
「これは…」
奇妙な焦燥感。
以前味わったことのあるような、無いような。不思議な恐怖、焦り、不安。
ウェスはこれが何か知っている。何が起こるか知っている。
「来る…!」
彼がそう呟くと同時に、北門が崩壊した。舞い上がる砂塵、聞こえてくる絶叫。門を突き破り、ブラッドゴーレムと、それを取り巻くようにして群れていた怪物達がいっきに街へなだれ込んできたのだ。
しかし、街は既にもぬけの殻。リリアや兵士達の迅速な先導で、避難は完了していると言っても過言ではない。
「トトラ!」
トトラはクアクスと向き合ったまま耳だけを傾ける。
「先に行ってもいいか?」
その言葉を聞いたクアクスはすぐにウェスに向かって突進していった。彼に魔術は無意味だと判断しての行動だろう。彼は常人の二倍ほどの太さがある腕を振りかざし、ウェスに殴りかかった。
「おっさん!」
それは彼を引き留めるには十分すぎる単語だ。クアクスの動きが一瞬止まり、ウェスはその攻撃を容易にかわすことができた。
扱いやすい男だ。と、トトラは苦笑する。
「ほな、おっさん。ちぃと殺りあってみよか」
「頼んだ」
ウェスはそう呟くと北へ走り始めた。
***
「兄さん!」
彼の前に今度は妹が立ち塞がった。
「行ってはダメです。無茶です!」
「お前はあの時もそう言った。無茶だと」
「ええ、言いました。真実です。兄さんがあそこに行っても無駄死にするだけです。…クルリさんはどうするつもりなんですか?」
ウェスは口をつぐんだ。
「何があったかは知りませんが、どんな状態かは想像に易いです」
「どうして今さら止める」
「最初から止めるために私は来たんです。加勢じゃありません」
「じゃあどうしろと」
「クルリさんのもとへ行ってください」
もちろんウェスもそうしたいのは山々である。
「断る」
「何故です!」
クルリのもとへ向かう。それはウェスにとっての第一の目的だった。《悠久の国》、神様の国。彼女の目的地はわかっている。だが、そもそもその情報提供者自体が問題なのだ。
イド。
《神食い》と呼ばれる存在。神の力を食い我が物とする。《神食い》と呼称される所以である。
イドは一年前、ウェスの体を乗っ取り、クルリを斬らせた。そんな相手を放置しておくこと。それがいいとは決して思えない。ならば、今、この時点で片を付けておくべきであると彼は考えるのだ。
「俺はゴーレムに立ち向かう訳じゃない」
「…どういうことですか」
「分かるんだ。同じだから。分かるようになった。認めたら簡単に」
「忌み子であることをですか?」
「知ってたのか」
「いえ。知ったのは本当にさっきです。マテットさんの命令がなければ、問い詰めて張り倒して吹き飛ばしているところでした」
「おーこわいこわい」
「本気で吹き飛ばしますよ!」
「やってみろ」
ウェスの言葉には妙な気迫があった。
「こ、後悔しないでくださいね!」
リリアはウェスに掌を向けた。
『便りは風に乗り運―っん!!??』
急に口を塞がれリリアは目を白黒させる。
兄は彼女の目の前に居る。彼もまた驚いている様子だった。兄でないのなら、いったい誰が彼女の口を塞いでいるのだろうか。
「茶番はそこまでですわ」
特徴あるその口調。ニコリと微笑みながら、彼女はリリアの口を塞いでいた。
「んんんんん?!」
口を塞がれていたリリアが何を言っているのかは分からなかったが、それが誰であるのか、ウェスには分かった。
「フォトナ」
「はい」
「国王と逃げたんじゃなかったのか?」
「デニムさんは逃げませんわ。ここは彼の国ですもの」
「お前がどうしてここに居る。あの過保護な国王が外出を許可するとは思えないが」
「そんなこと、どうでもいいことですわ」
「なんの用だ」
「あなたを止めに来ましたの」
「お前もか」という風にウェスは視線を逸らした。
「勘違いしないでほしいですわ。私は、クルリちゃんを追うことを止めに来ましたの」
「…なに?」
「ワタクシの言い付けを守りませんでしたわね。全てを伝えてと、ワタクシはそう言ったはずですの」
「それは…、これから…」
「もう遅いですわ」
フォトナの言葉は冷たいものだった。
「寒い夜、凍りついた門、上る火柱、北門での騒動。『北へ向かい、極寒の監獄の中で炎を掴め』。それは正に今ですわ。クルリちゃんの記憶の手掛かり」
「…それなら尚更」
「ですが、それはあくまで《クルリちゃんと一緒に》ですわ。居ないんですわよね? 今、あの子は。あなた一人で行ったところで何の意味もないですわ」
ウェスは黙ったままその話を聞いていた。
フォトナはリリアを離した。ようやくまともに息が吸えるようになったリリアは早い呼吸を整えていた。
その隣でフォトナは一つ息をつく。
「あなたも駄目でしたのね。本当に使えない人ばかり。嫌になりますわ」
ウェスは徐に腰に提げていた剣を掴む。
そしてゆっくりと剣を引き抜いた。鉄製の、ごく普通の、下手すれば安物の剣を。
その様子をフォトナは眉を潜めて見つめ、リリアは驚いた様子で兄を見ていた。
「どういう…、つもりですの」
「俺は誰の指図も受けない。俺は俺の思う通りにやる」
剣は真っ直ぐにフォトナを捉えていた。
「神様か…。今ならマルコー先生の言葉の意味も解る気がする。《聖印》があると神様。当たり前に思っていたことが、今じゃ不思議でしょうがない」
フォトナは押し黙ってしまった。
「寿命が長くて《奇跡》が使えて、《聖印》がある。自称感情の神様は言ってたな。私達には魔術が使えない。自称時間の神様は言っていた。奇跡は体力を使う、つまりは寿命だ。《魔力》を《体力》に置き換えれば、使うものが違うだけで《人》と《神様》にはなんの隔たりもない。そして《聖印》。犬人族、猫人族、鳥人族。《人》と括っていながらも、やはり種族による違いは顕著だ。その印もお前達が生まれつき持っている《種族の違い》に他ならない。《聖印》があると《神様》だと誰が決めた。どうしてそんな概念ができた。《神様と名乗る奴》はいつから居る」
黙ってウェスの話を聞いていたフォトナだったが、一通り何か考える素振りを見せたあと、特に表情を変えること無く顔を上げた。
「兄さん、何を言って…」
兄の言葉にリリアは困惑し、落ち着かないようだった。
「あなたがアルフレッドから何を聞いたかは知りませんわ。それに時間の神様? ククロまで出てくるなんて。―――――の束縛から逃れられたんですのね。と言うことは、その後継の目処がついたということですわね」
ウェスは顔をしかめた。
時間の神様がそんな風なことを口にしていたのだ。ククロは自分を用済みのものだと言った。そして棄てられたとも。彼を使っていた何者かが、どんな目的を持っているのか。それは、その何者かによって伝える手段を妨げられている。
先程のフォトナの言葉にも、一部音として聞き取れない部分があった。自らに関する情報を一切シャットアウトしてしまう。その何者かはそんな力を有しているということである。
考え事に頭を巡らせていたウェスは、突如として目の前に現れたフォトナの顔に驚き、飛び退く。
「そんなに驚くことありませんわ。剣を向けたところで、あなたはワタクシを斬ったりしませんの」
「…自分の事を占うのはタブーとか言ってなかったか?」
「もちろん、自身のことは占ったりしていませんわ。ワタクシの周囲のものを占えば、必然的にワタクシ自身のことも解ってくる。ただそれだけですの」
「お前は何を知っている?」
「あなたの知りたいこと、ですわ」
「全て言え」
ウェスは再び剣を向ける。
「ワタクシからすればあなたは役立たず。もう舞台を下りてほしいところですわ。ワタクシは早くあの子の所へ行きたいですの」
「お前一人で何ができる」
「あなたよりあの子の力になれますわ。ウェストール?」
「リリア!」
「は、はい?!」
話の内容についていけていなかったリリアは、不意に自分の名を呼ばれ驚いたのか、裏返った声で返事をした。
「先に父さんと母さんを探してこい」
「に、兄さん! もしかして…」
「心配するな。お前が思ってるような馬鹿な真似はしないさ」
迷ったようにオロオロしていたリリアだが、やがて心を決めたのか、何も言わずにその場を去っていった。
「神様に刃を向けるだけでも馬鹿だと思いますわ」
「お前は言葉でうまく誤魔化しているだけだ。嘘つきみたいにな」
「あら、知らなかったんですの? ワタクシは嘘つきですわよ。占いの的中率が99.9%ということを考えればすぐ解ることですの。0.1%は嘘を伝えているんですわ。都合の悪いことは伝えないようにしていますの」
「………あいつのことで、伝えてないこともあるのか?」
フォトナは口を結んだ。
「おい!」
そして目をつむった。
「フォ…」
「ククロの力、使えますの?」
「は?」
「奪ったんですわよね? ならその力、使いなさいな」
「使うって…」
フォトナは一歩踏み出し、ウェスの首に掌底を打ち込んだ。
「か、はっ…!」
そして一時してフォトナが呟く。
「痛い?」
「あ…?」
「痛いかと聞いていますの」
「な、んだ…?」
フォトナの手はウェスの首から紙一枚程度の隙間を残して止まっていた。
「少し力みすぎましたわ。予想以上の抵抗が働いたようですわね」
さっきからフォトナは顔、表情だけ動かして話している。
「首から下が動きませんの。時間停止程度でいくつもりでしたのに、まぁ、構いませんわ」
「お、おい、これは」
「ククロの力ですわ。完全ではありませんけど。その辺は慣れるしかありませんわね」
ウェスは少し体を動かしてみる。体はなんの抵抗もなく動いた。
「俺は動けるのか…」
「さて、動けなくて時間もあって暇ですわね。独り言でも喋ってみますの」
「フォトナ?」