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第58話 血溜まりから立ち上がる

「どういう心境の変化だい? この遺跡内で君達はうまくやっていたはずだ。それを後ろからバッサリ。君は彼女に感謝こそすれど、恨むことなど何も無かったはずだ」

「憶えてない」

「それでは済まない。ここに映っているものは偽物だが、起こったことはすべて本物だ。君は彼女を斬り、その上で彼女を救うために走った」

「本当に、何も憶えてないんだ」

 ククロは腕を組んで嘆息する。

「まあ、何が起きたかは見当がついているけどな」

「なに?」

「…俺が思うに、これはフュリーの仕業出はないかと思う」

「フュリー?」

「正確には彼の力だな。彼は神食いによって殺され、その力を奪われたはずだから。《憑依の神様》とでも言えばいいのかな。人に取り憑き、意のままに操る。憑依された者は、その間の記憶が欠落するんだ。君の状況によく似ていると思うけど?」

「神食い…?」

「君の記憶の中にも一度現れたアイツだ。あの剣の前の持ち主を殺したアイツ」

「イドか!」

 どういうわけか生きていて、再びウェスの前に現れ、剣を奪い、彼に瀕死の重症を負わせたあの男。

 そいつがこの時点で生きていたという証明が、過去のこの映像。

「アイツが…!」

「いや、神食いもそうだが、まだ疑うべき部分がある」

 拳を強く握るウェスに、ククロは冷静な意見を述べた。

「いくら神食いと言えど、心臓を貫かれれば死ぬ。元はただの人だからな。…奴を助けた奴が居る。神食いはそいつの指示に従っているんだろう」

「誰だ?!」

「ここで、さっき打ち切った話に戻ろう。俺が言った《アレ》。憶えてるよな?」

 ウェスは頷いた。

「《アレ》。名は―――――――――――――だ」

 ウェスは怪訝な様子でククロを見ていた。

 当のククロはなにかおかしなところがあったのかと小首をかしげる。

「名前が全く聞こえなかったんだが?」

「―――――――――――――。聞こえないのか?」

 ウェスはこくんと頷いた。

「あの《クソッタレ》!  俺になにをしやがった!」

「どんな奴かでも分かればいいんだが?」

「無理だと思うけど一応。あいつは君達の言うところの――の神様。髪の色は―色。身長は―い。顔つきは、――で――。―に―があるが、まぁ、イケメンと言えないこともない…。どうだ?」

 ウェスは首を振った。

「《イケメン》というところしか分からなかった」

「褒めの単語だけかよ! ふざけやがって!」

「そいつの目的は?」

「―――――だ」

「筆談は?」

「俺たちの文字が読めるのならな」

「駄目か…」

「俺も《アイツ》には逆らえなかったということか。っち、抜りは無しってか!」

 ククロは地面を蹴った。

「そうだ。体の具合はどうかな?」

「あ、ああ、傷も塞がったし、悪くない」

「そうか。それならもういいか。君は《今》の状況を憶えているか?」

「寒い夜、巨大な泥人形と怪物の大群、そしてイド。王都は大騒ぎだ」

「そうだ。…さて、そこで武器を持たない病み上がりの君はどうする?」

「とりあえずの目標は打倒ゴーレムだろうな」

「神食いはどうする?」

「なんの目的かは知らないが、あの剣を奪った。…そういえば、妙なことを言ってたな」

 剣を見ながら。

「よく溜め込んでくれたな、とか」

「溜め込んだ…? 確かあれは魔術を斬る剣だと君の記憶の中にあったな」

「ああ」

「もしかすると、あれは魔術を斬るのではなくて、呑み込むものなんじゃないか?」

「呑み込む…か」

 確かに、斬った魔術は剣の中に吸い込まれていくようにも見える。

「今まで斬った魔術をあの中に溜め込んでいると?」

「さあね。そんな剣の存在なんて長年生きてる俺達も知らない」

「だが、図鑑に乗るような代物だぞ。世界珍品名品図鑑だったか…。東から来た男がそんなことを言っていた。俺も実物を見た訳じゃないが…。それにあれは霊体も斬れる。退魔と言う方がしっくり来ると思うが」

「霊体を斬る? 斬ったのか?」

「俺は斬ってない。前の持ち主、ガリスさんが《ホロ》を斬っていた所なら見たことある」

「ホロ。ゾンビなんかと違って、肉体の無い怪物だな。それが斬れると言うことは、本物か」

「心当たりがあるのか?」

「可能性があるとすれば、《ソウルイーター》だ。だが、あれに魔術は切れないし、魂を喰っても消化してしまって、溜めるなんてことはできない」

「…イドの奴も追う必要がありそうだな。わかった。ありがとう。助かった。俺は行く」

「まぁ待て。時間は俺が支配している。焦るな」

「………」

「ただのフェイリアで丸腰の君では些か不安を感じる。そこで俺が力を貸してやろう」

「別にいい」

「そう言うな。俺の最後の頼みだ。君になら、使われてもいい」

「お前を顎で使えと?」

 ククロは笑った。

「違う違う。あくまで俺の力さ。フォトナに教えてもらわなかったかい?」

 ウェスは首を横に振る。

「まったく…。フォトナはかいつまみ過ぎだ。重要なところが抜け落ちてる。占いのしすぎだな」

「なんだ?」

「フェイリアには《半分の印》がある。半分俺達と同じで半分は君達と同じ。魔力が無くて、寿命も普通。俺達と君達の悪い部分を背負って生まれたなり損ない。失敗作とも言える。そんなフェイリアの唯一の特徴、無いがゆえに餓えている。餓えているがゆえに貪欲だ。それを満たすために奪う。力を。それがフェイリア。俺達が恐れ、君達が忌む存在。新たな種族」

「…は? 新たな種族?」

「数の少ない者達は淘汰されていく。今でこそ多種多様の種族を《人》で括っているが、昔はあっただろう? 人以外の種族を虐げていた時代が」

「俺が彼らと同じだと?」

「いや、君は神食いと同じだ。俺達から神術を奪うことができる。乾いた布が水分を吸い上げるようにね」

「い、意味が…」

「さあ、時間だ。君は戦地に赴くといい。いいか、力は多用するな。神術は体力を消費する。寿命の短い君がつかえば、あっという間に命は尽きる。わかったな?」

「待て! 勝手なことを言うな!」

「俺が用済みなのは、もう底が尽きるからだ。彼女をこんな目に遭わせたくないのなら、死ぬ気で彼女を守れ。例え彼女が拒否してもだ」

「おい!」






 ***






 口の中がジャリジャリと泥臭い。

 ウェスは体を起こすと唾を吐き捨てた。

 服に自分の血液がベッタリついている。生臭い。

 血溜まりの上に立つウェスは天を仰いだ。

 寒い夜。

 灯る魔石灯の明かり。

 体に傷はない。

 気を失う前と何も状況は変わっていない。

 北門の方で再び火柱が上がった。

 手を腰に当てる。

 剣は無い。

 首に手を当てる。

 マフラーはついている。

 兎に角、北門へ向かおう。

 そう思ったウェスだが、まずは近くの武器屋へと足を運ぶことにした。

 普通の剣でいいので何か武器になるものがほしかったのだ。

 しかし、彼が入ったその武器屋には。

「あっ!」

 桃色の髪の毛。そこからピョコンと出た二つの耳、そしてにょろんと伸びた尻尾。

 その姿にはウェスも見覚えがあった。

「火事場泥棒ならぬ、火事場盗賊か…?」

「ウェストールじゃない! なんか久しぶりね!」

「元気そうで何よりだ。シェーラ。ついでに俺に捕まってその懸賞金を捧げてくれたら嬉しいな」

「またまた、冗談のうまいこと。それにしてもなんか雰囲気変わったわね。何年も会ってなかったみたい?」

「半月程度だろ」

「それもそうね」

 シェーラは腕を組んだ。

「それから…」

 ウェスは近場にあった剣を掴み、自分の後ろに突き出した。

 ゴトンという音がし、何かが床に落ちる。

「こういった手口は感心しないな」

「ひ、ひぃっ!」

「お助け!」

 ウェスの後ろでは二人の男達が腰を抜かしていた。

「やっぱだめか。ジャック・オ・ランタンだっけ? あんた達盗賊に向いてないわよ」

「そんな! 姐さん!」

「俺達頑張りますから!」

 懇願するように叫ぶ男達。

「頑張るなら堅気で頑張んなさいよ。言っとくけど、そこの賞金稼ぎさん。ほんと容赦無いから。狙われたらあっという間よ。なんかわかんないけど、今は特に危険みたいだしね」

「ひゃああああ!」

 男が一人逃げ出した。

「お、親分! 待ってくださいッス!」

 もう一人もあとを追う。

「単独行動が好きなんじゃなかったのか?」

「勝手について来たのよ。知らないわ、あんなの」


 シェーラは肩を落とした。

 付きまとわれて疲れてしまったのだろう。厄介払いができたと、彼女は喜んでいた。

「で、お前はどうする? 容赦無い賞金稼ぎさんを目の前にしてるわけだが?」

「本気?」

「本気だ。今度は逃がさん」

 しばらく無言の睨み合いが続く。

「あー、怖い怖い。ほんと、今のウェストールからは逃げられない気がする。降参よ、降参」

 耐えかねたシェーラが両手を挙げた。

 それを見てウェスはニヤリと笑う。

「だが、今は緊急事態だからな。役所も業務停止だろう。他の町の役所までお前を連れていくのも骨が折れる。だからだ、取引をしないか?」

「あら意外ね。ウェストールからそんな言葉を聞けるなんて。じゃあ、一応聞こうかしら?」

「今後、一切お前には手出ししない。その代わり、暫く俺の仲間として動いてもらう」

「私を仲間に引き込む気?」

 シェーラは不快そうな表情を浮かべた。彼女はもともと群れることをしない。ようやく厄介払いができたところで、もっと厄介なものを抱え込むことになるのだ。当然の反応である。

「ここで捕まって、長期間自由を奪われるか、協力して短時間自由を奪われるか、そのどちらかしかお前は選択できない。当然、答えは決まっているだろ?」

「………」

 以前の彼女なら飄々と逃げ出していただろうが、このウェスの有無を言わせぬ態度と、雰囲気の変化からそれは危険であると彼女は考える。しかも、以前と違い、彼の言葉にまるで不信感がない。彼の言っていることは全て本当。一点の曇りもない。故に、逆らえないほどの強制力がある。

「はぁ…。分かったわ。協力する。その代わり、約束は絶対よ」

「ありがとう。助かる」

 ウェスは地面に頭をつけて礼を言った。

「ちょっ! そんな真似しないでよ! 仮にもあんたが私の飼い主になるわけなんだから!」

「は? 飼い主?」

 首輪をつけてにゃーんと寄り添ってくるシェーラ。

 を、想像したウェス。

「雇い主って意味よ。変な想像した?」

「い、いや…」

 血が通った兄妹かと、ウェスはリリアを思い出した。

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