第5話 贅沢と仕事話
間が空いて、どこから続けるかわからなくなった。
読み返したら思い出した。
クルリは上機嫌だった。ウェスとクルリが連れてこられたのは、とんでもなく大金持ちの館だった。アンネはラフラン一の大富豪の娘だったのだ。
そこで大層なもてなしを受け、滅多に…、いや、下手をすれば一生できない贅沢を彼女は堪能していたのだ。
「ここで暮らしたいくらい!」
クルリはケーキをフォークで突き刺し、それにかぶりつく。クリームと中に入っているフルーツの酸味が口の中でほどよく絡み合う。まさに絶品であった。
「そうですか? 私はクルリさんみたいな生き方に憧れます」
アンネはケーキを小分けにしてそれを口に運んで行く。まさに上品であった。
「あはは、貧乏なその日暮らしの生活だよ? こっちの方が絶対いいって」
「けれどその方が生き甲斐というものを感じられそうで…」
「…その辺冗談にならないんだよね」
クルリは過去の出来事を思いだし苦笑いした。仕事がない、仕事をしても上手くいかない。貧乏が最高潮に達した時は、ウェスと共に本気で生と死の境目を往復したことがあった。あの日のパンの耳は神様が降臨したように見えたものだ。
彼女はそれ以前に生死の境をさ迷ったことがある。それが一年前の話なのだが、彼女の記憶には残っていない。なぜか知らないけどウェスに助けられた。それが彼女の一年前の認識だった。
「………」
「どうかしましたか?」
「ううん。何でもない。でも、私から言わせてもらうと、あるものを捨ててしまうのは勿体ないなって」
「あ、いえ。別に今の生活が嫌とかそういうわけじゃないんです。クルリさんみたいに旅してみたいって言うか、私と同じくらいなのにすごいなって」
「アンネちゃんいくつなの?」
「14です」
「…私の方が年上ね」
そういう確証はない。けれど周囲からはそれくらいに見えるのだろう。年上と言ったのは彼女の負けず嫌いが表れだ。
「ところで、ウェスは?」
「ウェストールさんはお父様の所です」
「アンネのお父さんに?」
「例の依頼の話をされているのだと思います。本当の依頼主はお父様ですから」
「それなら私も行かないと」
「いいえ、クルリさんは私とお話ししていただきたいんです。色々な話を聞かせてほしいんです」
「でも…」
「お願いします」
「んー、まぁいっか」
贅沢と仕事を秤にかけての答えだった。
***
「死霊使い?」
それは聞きなれない言葉だった。
「そうだ。死せる魂を使役するふざけた術士だ」
落ち着き払ってはいるが、その男の口調はどこか棘が感じられた。
ピシッとスーツを着こなし、整えられた髭と髪の毛。少し皺の入った顔は厳しい表情だった。
男の名はドワイト・リーフマン。この館の主であり、この街を治める人物でもある。
「なにか被害は出ているんですか?」
「被害はない。だが、うろうろされるだけで気味が悪い。街の者も家に閉じ籠る始末だ」
「…その死霊使いは何者なんですか?」
「分からん。目的も何もかも分からんのだ。その死霊使いというのも、最近分かったばかりなのだ」
「…そうですか」
「奴は死霊を使い様々な情報を集めている。君の情報もとうに漏れているかもしれん。その剣のこともな」
「まぁ、あなたに知れているくらいですから」
ウェスは考え込んだ。そもそも彼は死霊使いなどこれまで相手にしたことがない。これまで送り込まれた霊能士が帰っていないということを考えると、最悪殺されているか、良くて拘束されているか。どちらにしろ相手は本気でかかってくるということだ。それなのに相手の事が分からない。それは明らかに不利だということを示唆している。
「どうしたもんか…」
「策はある」
「どんな?」
「霊能士はこと対霊に関しては得意だが、いざ対人となると一般人並みだ。だから霊能士と対人を得意とする者を組ませればいい」
「それが俺たち、というわけですか。確かに的は得ている、セオリー通りですね」
「それに君はその剣がある。いざという時も対抗できるだろう?」
「…ひとつ聞きたいのですが」
「なんだ?」
「相手は一人ですか? 勿論使役する霊は除いてです」
「………」
ドワイトは黙ってしまった。
「専門ではないのでよくは知らないのですが、あれだけの霊を操るのは一人では大変なのではないでしょうか。魔術士も、同時に二つ以上の魔術を発動させることはできません。それに、威力を高めようとするならば、相当集中しなければいけないんです。仮にあの数の霊を操ることができたとしても、術者は相当な集中力が必要なはず。つまり、操っている間はほとんど身動きできないかと」
「動けない相手なら非力な一般人でも勝てる…か」
「霊能士なら霊を排除して容易に本体に近づけたはずです」
「それが返り討ち。となると複数人の可能性があるということか」
「断定はできません。ただ単に塔内部で迷った、トラップにやられたという可能性もあります」
「それはほぼ無い。内部の地図はあるし、トラップも見つかる限り解除されている」
「そうですか」
結局何もわからなかったが、それでも相手が一人だと決め込んで挑むよりはよかっただろう。
「ところで、その霊能士の方は? できればその方とも話しておきたいんですが」
「まだ来ておらんのだ。今夜到着の予定なのだが…」
「本番は明日ということか。では、俺達は宿でも借りて…」
「無駄だ。幽霊騒動でどこも開いておらんよ。部屋を貸そう。今日はそこで休むといい」
「いいんですか?」
「部屋は無駄に余っているからな。ジィに案内させよう」
「ありがとうございます」




