第53話 揺さぶり
「あらら、息が上がってるんじゃない? ウェストール」
エモは挑発的に言う。
「半日前にぶっ倒れたばかりだからな、体力が…、戻ってないんだ!」
ウェスはムカデの大群に咬まれまくったばかりなのだ。しかもまともに休む間もなく今の状況。息なんてすぐに上がってしまっていた。
「お前も一緒に…、やられたはずなんだがな…。それも神様の力か?」
鎌の斬激を剣で受け流しつつウェスが尋ねる。
「神様…ねぇ」
エモは薄ら笑いを浮かべた。
「ウェストールは神様ってなんだと思う?」
「は?」
予想外の質問に拍子抜けしたウェスは、剣を止めてしまう。
その瞬間をエモは逃さない。一撃必殺。頭を落とすつもりで鎌を振り抜く。
が、空振り。
間一髪で我を取り戻したウェスは、尻餅をつく形で鎌を回避した。
空を切った鎌は、そのまま勢いを殺さず回転。エモは大鎌の柄を巧みに操り、鎌の向きを変え、今度は真下に降り下ろした。
ガチン、と音がして大鎌が床に突き刺さる。
ウェスは横に逃げて鎌をかわしていた。
「何故この国の人々は、《聖印》を持つ者を《神様》と呼ぶの?」
ウェスは立ち上がり、エモは鎌を引き抜く。
「何故、半分の聖印を持つ者を忌み子と呼ぶの? 半分無いだけでこの違い。ウェストールは可哀想な子」
「…何を言ってるんだ、お前は?」
「私達とあなた達。何が違うと思う?」
「何がって…、神様は奇跡が使えるだろ?」
「でもあなた達は魔術が使えるでしょ?」
「は?」
「私達は魔術が使えないの」
「馬鹿な。あいつは使っ…」
ウェスは口を結んだ。
しかしもう遅い。エモはウェスの言葉をしかと聞いていた。
「《あいつ》って、誰?」
ウェスは黙ったまま剣を構える。
「…それは深い関わりを肯定するものとして捉えていいよね?」
「フォトナ!」
階下より聞こえる男の声と複数の足音。
エモはそれをつまらなさそうに聞いていた。
「ウェストールが邪魔しなければすぐ片がついたのに」
「ま、待て! 俺はお前にも聞きたいことがあるんだ!」
「残念。ウェストールは今敵方だから、情報を伝えるわけにはいかないよねぇ」
「フォトナ!」
登ってきたのは複数の兵士と王宮魔術士マトラテット。そしてデニムリント・リスタニア。この国の王だ。
エモを見つけるなり兵士達が彼女を取り囲む。
そしてマテットと、国王が兵士の囲いを掻き分け現れた。
「貴様何者だ!?」
と、マテット。
「か・み・さ・ま」
エモはにこりと笑う。
兵士達がざわめいた。
彼女の頬に間違いなく聖印があるからだ。
「狼狽えるな!」
国王デニムリントが叫ぶ。
「そなたも神であったか…」
「何か問題でも?」
国王は首を左右に振った。
「そなたが神であろうと、国を脅かす存在であるならば、我々は剣をとらねばならぬ」
「もう取ってるじゃない」
「退け。神は一人で良い」
「………そういうこと」
エモは納得したように頷くと大鎌をポケットにしまった。どうやって出し入れしているのかは未だに謎だが…。
「去るならば刃は向けまい」
「あー、でもねぇ。このまま帰るってのはちょっと癪だし…っ!」
エモの姿が消える。
否、彼女はバカみたいに高く跳躍していたのだ。しかし誰もが彼女の姿を見失っていた。
エモはウェスの後ろ、フォトナの前に着地した。
エモはフォトナの襟を掴み、一旦自分の方へ引き寄せる。
「助かると思った?」
フォトナの耳元で彼女はそう呟く。
そしてフォトナを思いきり突き飛ばした。切り落とされ、無くなってしまった、かつて壁があった方向へ。
「きゃっ!!」
支えを無くしたフォトナの体は真下へと自然に落下運動を始める。
「お前っ!!」
最初にその事態に気付いたのはウェスだ。が、その時は既に、フォトナの姿が見えなくなった後だった。
「残念無念また来週。占いの力だけじゃこの事態は打破できない。今頃下できれいに弾けてるはずだよ」
王が走り出す。
「フォトナぁぁッ!」
「国王! 止めてください! 貴方まで飛び降りてしまっては…!」
乱心し、飛び降りようとする王を兵士達が必死に引き留めていた。
「マテット! お前は何をしている! 早くフォトナを…!」
「ご安心ください。フォトナ様はご無事です」
「はは、無事?! 何をどう見て無事だと言うのだ?!」
「リリア、よくやった…」
混乱の中に吹く一陣の冷たい風。
周囲の空気を揺らし、フォトナを抱えたリリアがフワリと着地した。
「な、何なんですか、この状況は…。兄さんに国王様まで…」
リリアは驚きつつも状況の整理を急いでいた。尤も、一番驚いていたのはエモだったが。
「まさか…、知っていたの?」
エモはすまし顔のフォトナを睨む。
「勿論ですの。ワタクシの死に場所はここではありませんわ」
「………」
「形勢逆転だ。捕らえろ!!」
国王の命令で兵士達が一斉に動き出す。が、また、それと同時に彼らはその動きを停止した。
「どうしたのだ!」
たとえ、ウェスには無効だったとしても、それが他者に利かないと言うわけではない。「我を恐れよ」たったそれだけで彼女は逃げ切ることができる。
「これだけの数、やっぱり無謀だよね。というわけで逃げるよ」
「ま、待て!」
「汝の信ずるものは偽りなり」
エモがそう言うと、一人の兵士が剣を抜いた。
「ぐわぁっ!!」
そして動けない兵士達に斬りかかっていく。
「おい! 止め…!」
マテットが止めに入ろうとするが、彼の体もまた動かなかった。知らぬ間に恐怖で体がすくんでいたのだ。それは国王もリリアも、フォトナでさえも、この場に居る全ての者達がそうだった。
「それじゃあね」
エモは悠々と階段を降りていこうとする。
誰も動けなかった。
「待て…!」
一人を除いて。
「またなの? ウェストール」
もううんざりだと言わんばかり、あからさまに嘆息してエモはポケットに手をのばす。
「…聞きたいことがある」
「あらら、やりあおうって訳じゃないんだ」
エモは拍子抜けしまったが、ポケットから手は離さなかった。
「ふーん。まぁ、大体察しはついてるけど…。ウェストールの連れの子のことでしょ?」
「…そうだ」
「嫌だよ。教えてあげない」
「どうしてもか…?」
「そこまで言うなら、あの占いの神様を殺してよ。その条件でなら答えてあげる」
「なに…?」
「できないでしょ? できるわけない。…いや、できるのかな? ウェストールになら」
「また訳のわからないことを…」
「わからないフリは止めなよ。嘘つき」
「嘘つき? 俺がか?」
「ウェストールだけじゃない。人はみんな嘘つき。嘘を何枚も重ね着して、表面だけ他人に見せて、場合によって自分を演じ分ける。それが普通。当たり前だよ。だけどウェストールは違う。まぁ、私の勘なんだけど、ウェストールは必要以上に嘘を重ねて今の自分を演じてる。わかる? さぁて、これまでに何回嘘をついたでしょう? いつから嘘をついているのでしょう? 生まれたときから? もしかしてそれよりもずっと前から?」
「な、何を…、言って…?」
「駄目ですのウェストール。そんな女の言葉に耳を貸してはいけませんの」
フォトナが制そうとしたが、エモは構わず話し続けた。
「言ったでしょう? 大体察しはついてるって。…安心してウェストール。あの子はこのリストには乗ってないから」
「なっ!?」
「まぁ、まだ仮説だったんだけどね。決定打はさっきのウェストールの言葉」
「………」
「あの子はクルルって名乗ってたけど。本名はクルリ・クルル・クルジェス。私たちの中では有名だよ。知らない者は居ないくらいに。まぁ、姿を見たのは私もあれが初めてだけど」
「頼む! 教えてくれ!」
「嫌。その方が面白そうだし。て言うか、聞くならそっちのに聞いたら? ウェストールは彼女を守りきったわけだし。聞きたいことがあったんでしょう? それとも、力付くでも私から聞く?」
エモが鎌を取り出す。
「………いや。またにしよう。今の状態で勝てる気がしない」
「そう。それなら、やっぱり今のうちに殺っちゃおうかな」
「その場合は全力で抵抗する」
「退け! ウェストール!」
叫び声と共に誰かがウェスを突き飛ばした。
『衝撃よ、我が命をもって突き飛ばせ!』
それはマテットだった。
「時間切れかぁ…」
詠唱されてからでは流石に対応が間に合わない。
エモはグッと身構える。
『プッシャアトモス!』
パァンと何かが弾けるような音が聞こえた瞬間、マテットの横に居たウェスは不意に体が前に引かれそうになった。ウェスは軽く踏ん張ることで留まる。ウェスへの影響は大したことなかったが、マテットの正面で魔術を諸に受けたエモは違った。彼女の体は後ろへ突き飛ばされ、塔の壁を突き破って塔の外側へ弾き出された。
「あーあ。やっぱり逃げとけばよかった」
今地面に向かって真っ逆さまの最中とは思えない暢気な発言。彼女には助かる自信があるのだろう。
エモはそのまま塔の下まで落下していった。
この場に残ったのはウェス、リリア、マテット、そして幾人かの兵士達だった。
寒さから彼女を守るためだと言い、王はフォトナを連れ別の部屋へ移動してしまった。
結局何の進展も無いままウェスは神様達に取り残されていた。
「リリア、タイミングがよかったな。出待ちか?」
「違いますよ兄さん。ちょっと報告に戻ってきたら、塔が崩れてて、何かなって思って見上たらフォトナ様が落ちてくるんですよ? ホント、無我夢中だったんですから…!」
「リリア、報告を受けようか」
兄妹の会話にマテットが割って入る。
何かを思い出したリリアはハッとして、とても慌てた様子で話し始めた。
「そ、そうです! 大変なんです! 門を解放するために北門へ向かったのですが、その時門の向こうに奴が、ブラッドゴーレムがこちらへ向かって歩いているのを見つけました!」
「ブラッドゴーレムだと?! 間違いないのか?」
「はい。まだかなりの距離がありましたが、あの巨体は間違いないかと」
「封印が解けたというのか…」
「ですが、あの封印はかつての王宮魔術士達がかけた強力なものです。自然に解けるにしても、まだ数百年ほど早いはずですが」
「こんなことが…。…いや解けてしまっているのは仕方がない。国民の避難が最優先。全力をもって国民を守れ。そして戦えるものは老若男女問わずゴーレムの対応に向かわせる。だが強要はするな。いいな? 私は王に事態を告げ、更なる対策を練る。リリア、ガルバントとセレッソに伝達しろ。現在はその意向で行動。頼んだぞ?」
「はい!」
「はっ!」
兵士達は階段を下り、リリアが塔から飛び降りる。
ウェスはその光景を唖然と眺めていた。
「ウェストール。お前はどうする? 無理でなければ、できれば戦ってほしい。奴の弱点は原動力の魔方陣だ。お前の力…、役に立つと思うのだがな? 忌み子であるお前の力は」
「…知っていたのか?」
「私はいつも部屋の前で待っていたのだぞ。完全には聞こえなかったが、内容を理解できるほどには聞こえていた」
フォトナとウェスの密談はマテットには筒抜けだった。
「お前が何をしようとしているのかは知らん。だが、そのマフラーを外したことは、一種の決意だと受けとれる。違うか?」
不慮の事態を除き、どんなことがあっても取らなかったマフラーを外したウェス。それは無意識の下での行動だった。
エモと相対したとき、その力を使わなければ勝負にならないと感じたのは確かだ。それは別にマフラーを外す必要など無い。
ウェスは自分が投げ捨てていたマフラーを拾う。
「外したのか…。俺が…」
「先ほどの神の言葉を借りるなら、お前は演じる自分が一つ減ったということになる。まぁ、抽象的で全く意味は理解できないがな」
どんなときも片身離さず巻きっぱなしだったマフラーだ。ウェスは慣れない仕草でマフラーを首に巻いた。
「それでも巻くのか?」
ウェスは小さく笑った。
「今夜は寒いだろ?」
マテットは一瞬間抜けな顔をした後、大声で笑った。
「なるほど、まったくだ」