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第52話 寒波

「寒っ!!」

 家を出たウェスとリリアに冷たい風が吹き付け、二人は思わず身震いした。

「兄さん、マフラーいいですね」

「自分のを取ってこい」

「やっぱりこの寒さは異常ですよ」

 リリアが腕を組んで言う。

「………そうだな。…だが、原因が分からない」

「兄さん、まず王宮に行ってみませんか? あそこならもう情報が入ってきてると思います」

「名案だ」

 寒い中を兄妹は走り出す。リリアの魔術で飛んでいけば早いのだが、二人はそれを選ばなかった。この寒波の中を飛んでいけば、あっという間に凍りついてしまうからだ。

 とは言っても走るだけでもかなり体感温度は下がっていた。しかし、自らが動いているので幾分かはましなようである。






 城を囲うように巡らされた城壁。さらにその周囲を堀が囲っており、城内へ入るためにはいくつかある橋を渡らなければならない。

「ああ、リリア様にウェストール様。そろそろいらっしゃると思っていました。さあ、どうぞ中へ」

 城壁の門の前にて番をしていたのは犬人族の双子兵士の一人だった。

「えっと…」

 どっちだったけとウェスが必死に思い出そうとしていると、兵士が苦笑いを浮かべた。

「弟のビイサンです」

 よく見てみると、彼の目の下に黒子があるのが分かる。

「すまない」

「構いませんよ。それよりも中へ」

 ビイサンに城内へ通される。

 城内に入り、さらに少し歩いたところに王宮の建物がある。石造りの壁や塔に囲まれ、明るい夜月に照らされたその重厚な建造物は荘厳な印象を与える。

 王宮の見上げるほどの巨大な門は仕掛けによって開くが、祭典でもない限り普段その門は開くことはない。代わりに、すぐ隣の小さな扉から普段人々は出入りしている。

 扉を入ると大きなエントランスに出る。王宮の中も随分と冷えていた。外ほどではないものの、厚着していないと居られないほどである。

「おお、暴風の。やはり主も来たか!」

 そんな中、たいそう元気のいい声が響く。

 声の主は白髪に白髭で体格のいい老人…、と言ってもいいのだろうか。見た目は確かに老人ではあるが、まるで年齢など感じさせない。この寒さの中薄着で居る、そんな男だった。

「ガルバントさん!」

「ほぉ、もう一人はフォトナ様の所に通っとった坊主か。そういえば主等は兄妹じゃったな」

 ウェスはこの老人をちらりと見た覚えがあった。

 しかし。

「…このじいさん誰だっけ?」

 ウェスが小さい声でリリアに尋ねる。

「ガルバント・アクライト。王宮魔術士の一人。メンバーの中では一番の古株ですよ。土の魔術の使い手です」

「ああ、そうか」

 城の者達のほとんどがウェスのことを知っていた。それもそのはず。彼はしばらくここに通い詰めだったのだ。

「リリアちゃん、休み明けでおかしなことが起きてしまいましたね」

 次に現れたのは透き通るような銀色の長髪と病的に白い肌の女性。彼女はおっとりとした表情でリリアを見ていた。

「清浄のか。虚弱な主まで出てくるとは、やはりただ事ではないようじゃな?」

「ったりまえだジジィ。季節外れの異常な寒さ。何かが起きてるに決まってる」

 ガルバントを罵るように現れた仮面の青年。黒いマントを羽織り、威圧的な態度で柱にもたれ掛かっている。

「なんじゃ幻影の。相変わらず陰険じゃの」

「あの二人は?」

 その二人に見覚えのなかったウェスは、またまたリリアに尋ねる。

「女の人はフィオーネ・アソール。仮面の人はセレッソ・ベルゼー。二人も王宮魔術士です。フィオーネさんが、陽。セレッソが陰。それぞれの使い手です」

 リリアが簡潔に伝える。

「なんか粒揃いだな。お前含め」

 兄は呟く。

「なんですか兄さん?」

「いいや、何でもない」

 ウェスは適当にはぐらかした。

「お前は見かけない顔だな?」

 セレッソがウェスを見て(と言っても仮面なので視線の先は定かではないが…)言い放つ。

「あの人はリリアちゃんのお兄さんじゃないですか。本当にセレッソったら自分の興味のあること以外には無頓着なんですから」

 ふふふ、と柔らかく笑いながらフィオーネがセレッソをたしなめる。

「うるせぇ。っつうことはなんだ? あんたも魔術には精通してんのか?」

 ウェスは首を横に振った。

「魔術はてんでダメでね。一切使わないようにしている」

 ということにしている。

「強い妹を持つ兄は悲しいねぇ。くくく」

 セレッソは笑っているようだが、仮面のせいで相変わらず表情が見えない。

「幻影の。その辺にしておけ。魔術を行使するしないは個人の自由じゃからな」

「はいはい。わかったよクソジジイ」

「…お喋りはそこまでだ」

 そして新たに現れた男。

 ウェスはその男をよく知っていた。フォトナの所へ通う際、案内してくれたのはいつも彼だったからだ。

 マトラテット・ニヒテリウム。フォトナからはマテットという愛称で呼ばれていた。

「あの人が王宮魔術士のまとめ役。マトラ…」

「知ってる」

「そ、そうですか?」

 何となくつまらなさそうにリリアは口を閉じた。

「さて、出揃ったか。急を要するため、今ここで簡潔に説明する。今回の異常寒波についてだが…」

「まてまてまて」

 マテットが話しを始めようとしたとき、ガルバントが口を挟んだ。

「少し人数が足らんじゃろ。冷酷のと紅蓮のはどうした?」

「あの二人は別任務でサナスト地方へ出向いている」

「あら、リゾート地じゃないですか。私も行きたかったですねぇ」

「虚弱体質が行けるわけねぇだろ」

「彼らが赴いたのはサナスト地方の入り口だ。リゾート地はまだ奥へ行かなければならない」

「ほお。サボっておるかもしれんの」

「あ、あの、分かりましたから話を進めませんか?」

 リリアが申し訳なさげに提案する。一番の新参だけあって少し口は挟みづらいようである。

「話が逸れたな。この寒波についてだが、原因は不明。それからこの寒さで王都を囲う外壁の門が凍りついた。実質我々はグリムヘイアに閉じ込められたことになる」

「門が凍りついたのですか?」

「どんな寒波だよ…」

「ガルバント、セレッソ。二人は寒波の原因を調査してくれ。リリアは何とかして外壁の門を開けてくれ。イグナが居ない今、次いで熱を操れるのはお前の派生属性くらいだ。できるな? それからフィオ。お前はデニムリント様をお守りしろ。今は夜間だ。陽は本来の力を発揮できないが、何があっても守り抜け。私も基本的には王の傍に居るが、場合によって臨機応変に対応する」

 王宮魔術士達は「了解」と返答し、各々が行動を開始しようとする。

「それからウェストール・ウルハインド」

「は?」

 まさか自分にお呼びがかかると思っていなかったウェスは変な声をあげてしまった。

「フォトナ様がお呼びだ。例の塔だ。今回私は案内しないが、場所は分かるな?」

「あ、ああ…」

「ならば行け。あまりお待たせするな」

 マテットに急かされるまま、ウェスは歩き始める。

 エントランスからはいくつもの扉で通路が繋がっており、王宮無いの様々な施設へと繋がっていた。その通路のうちの一つを選び、ウェスは王宮内を進んでいく。

 通路は大勢の王宮に使える者達が齷齪と動き回っていた。

 先ほどの静かなエントランスとは大違いだ。

 しかし、これだけの人々が居てなぜあの間誰もエントランスを訪れなかったのだろう。ウェスはふと疑問に思った。

 実のところ、あれはマテットが人避けを使ったからなのだが、ウェスがそんなこと知る由もないのだ。











 フォトナはテーブルに向かい占いをしていた。

「………随分と未来が乱れていますの」

 未来を見た次の瞬間に占いの結果が変わる。

「こんなこと、これまでありませんでしたわ」

 原因の一つは何か彼女は見当がついていた。あのウェストールというフェイリアのせいだ。運命を無視するあの男が動き回れば、それだけで何かが変わってしまう。

 だが、それだけではこんなに変化が起きることはない。いくら運命をかき混ぜることができたとしても、こんなに頻繁に変わることはないのだ。

「何が、起きてますの?」

 おまけに異常なまでのこの寒さ。原因は一つや二つではなさそうである。

 フォトナは立ち上がり、忙しげに部屋の中を歩き回っていた。

「それにしても、まだですの?」

 彼女には待ち人がいた。

 今日、今、この時間、間違いなく彼はやって来る。それを見越してマテットに伝言を頼んだのだ。あの男が来ないはずがない。フォトナはもう一度、彼と話しをしなければならないのだ。

「あまり時間がありませんのに」

 そんなとき、彼女の部屋の扉をノックする者が居た。

 来た。

 そう思ってフォトナが扉へ近寄った瞬間、扉が真っ二つに裂け、崩れ落ちた。

 驚いたフォトナは飛び退き、扉がなくなってしまったその場所を注意深く見つめる。

「やっほー。来ましたよぉ」

 そこからやけに明るい声が聞こえ、暗がりから大鎌を持った金髪の女が現れる。

「また変わりましたのね…」

「誰か待ってたのかしら? まぁ、当然私じゃないでしょうけどね」

「………」

「そう固くならないでよ。フォトナ・フォーチュ・フォーレン。本当ならこの場でばっさりいきたいところだけど、あなたとつるんでいた仲間の居場所を聞き出さなきゃならないのよね」

「追手、…ですの?」

「ご名答ご名答。無断で国を出ていった罪を償ってもらわなきゃならないのよ」

「…そう。それはそれで別に構いませんわ、鎌女。ただ、すんなりとはやらせませんの。国を出ることは、命を賭すのに十分な価値がありましたの」

「まぁ、どんな理由があろうと死罪は確定なんだけどね」

 鎌女がその大鎌を振りかぶる。が、何かに気付いた彼女はその鎌を下ろした。

「って、危うく殺っちゃうところだったじゃないのよ。あなたは答えなければならないのよ」

「答えませんの。何を聞かれても。いえ…、答える必要が無くなる、ということですわ」

「何言って…」

「なんだこれは?」

 鎌女の後ろの扉の無くなった入口からウェスがひょっこりと顔を出す。

「遅いですの。ウェストール」

「ウェス…、トール…?」

 何となく状況を察したのかウェスは二人の間に割って入った。

「フォトナにエモ…。神様が二人で穏やかでないな」

「退いてよ! ウェストール!」

 鎌女、改めエモが怒声をあげる。

「フォトナも罪人なのか?」

「リストの中の一人よ。処分しないといけないの。邪魔しないで!」

「ああ。俺がお前等神様の事情に関わろうとは思わないさ。しかし、エモ。生憎俺はこいつに死なれては困る側なんでな」

「………はぁ、昨日の友は今日の敵? せっかく名前を呼んでもらったのに?」

「すまんな。今は目的が真逆だ。ここは退けない」

「…わかった。わかったわかった。わかったよ。もういい。ウェストール、あなたが退かないなら、あなたを殺してでもその罪人を殺す」

 エモが大鎌を構えた。

「ああ、力押しなら結果が分かりやすい」

 剣を抜くウェスを見て、エモはウェスを完全に敵と見なした。

 そして鎌を振りかざしながら走る。

 ウェスは背後に居るフォトナを後方へ突き飛ばした。

「汝、我を恐れよ!」

 エモが口にした言葉。それはムカデと相対した時に彼女が使用した奇跡。感情を操作する力だ。

「しまっ…!」

 ウェスが気付いたときには既に彼の体は恐れで竦み上がっていた。

 そこへ容赦なく大鎌が薙がれる。

 フォトナの部屋は狭く、様々な物が置いてあったが、それさえものともせず大鎌は進む。

 鎌は綺麗な弧を描きながら振り抜かれ、石壁に突き刺さった。

「…どういうこと?」

 エモの予定ではそこには真っ二つになったウェスの姿があるはずだった。しかし、そんな予定はあっさり裏切られ、代わりに体がきちんとくっついているウェスの姿があった。

「あんたに対抗するにはこれしかないと思った」

 ウェスは首に巻いていたマフラーを剥ぎ取った。首はウェスが頑なに他人に晒さなかった部分だ。そこには例の印がある。

「フェイリア…」

「まぁ、この力が神様にも有効だと知ったのは最近の話だがな」

「フォトナ・フォーチュ・フォーレン。あなたね。彼に教えたのは」

「そうですわ」

「これが何を意味するか分かっているでしょう?!」

 エモが馬鹿みたいに大きな怒鳴り声でフォトナを責めた。

「またあんなのが生まれるかも知れないわよ?!」

「使い方さえ、間違わなければ…。彼は私達の強い味方になりますわ」

「…使い方? まさか彼奴の存在を忘れた訳じゃないでしょ? こうしている今も、私達は彼奴に怯えて…!」

 エモはギリリと奥歯を噛んだ。

「これは大罪よ!! ただ死ぬだけでは赦されないわ!!」

 エモが壁に刺さっていた大鎌を引き抜く。

「でも先ずウェストール。あなたを完璧に始末する! 肉片も骨の一本も残さないよ!!」

「何の話をしていたんだ?!」

「あなたが知る必要はない。知ってしまってはいけない!」

 風を切る音がして再び鎌が薙がれる。

 最初ウェスは剣で受け止めようと思ったのだが、不意に恐怖を覚え、ギリギリまで来て身を屈めた。

 臆病に見えるかもしれないが、それは正しい判断だった。


―――スパン!


 ウェスの視界がズレる。

 一瞬目を疑ったウェスだったが、それは見間違いではなかった。

 ズレているのだ。この石造りの塔が。

 塔の上っ面がスルスルと滑り出す。そして、重力に引かれるがままにそれは大地に落ちて砕けた。

 以前の天井の代わりにとても高い月夜の天井が姿を表した。

「塔を…、斬ったぁ!?」

「神術を封じたからって、勝てるとは限らないよ。ウェストール?」

 月光に照らされ、大鎌を構える彼女の姿は、正しく死神そのものだった。

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