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第51話 そして少女は居なくなり…

「ウェストール。君の言いたいことはよくわかる。しかしだな…」

「しかしもかかしもあるか! どういうことだ?! 何が起きたんだ?!」

「何が…、と言ってもだ。私は怪我人がいると、この老人に連れられてやって来ただけで、事情など何一つ掴んでおらんのだよ」

 ウェスの前に顎を擦りながら立っている初老の男。名をアルフレッド・マルコーという。一年前瀕死のクルリを救った医師だ。本来はセイスト地方のパームリースという村に住んでいる彼だが、今はたまたま研修で王都を訪れていたのだという。そこへやって来たのが依頼主の老人。他の医師達が忙しくしている中、一通り研修を終え、手の空いていたマルコー医師がこうして出向いてきたのだった。

「とにかく落ち着きなさい」

「…すみませんマルコー先生。せっかく久し振りの対面だったのに取り乱して…」

「いやいいんだ。君にとっては重大な事件だろうからね」

「………」

「まぁ、積もる話もあるだろう。場所を移そうか。ご老人、我々はこれで失礼するよ」

「は、はぁ。…あ、その前にこれを!」

 老人は布袋をウェスに手渡した。

「支払いです。本当に迷惑をかけまして…」

「今後は気を付けてくれ…」

 ウェスは深いため息をつき、心ここに在らずといった具合で建物を出た。

 そしてグリムヘイアへ向かい歩く。






 クルリが居なくなった。






 ウェスはその事実をなかなか受け入れることができないでいた。

 クルリがウェスの元を飛び出すことは、これまで幾度もあった。しかし、今回ばかりは少し事情が違ったのである。

 気絶しベッドに休まされていたウェスの横に置いてあった青いリボン。クルリが頭につけていたものだ。それはウェスのつけているマフラーの切れ端であり、二人の繋がりを示すものだった。ウェスのマフラーは魔糸で作った特別製で、千切れると切れ端同士が互いに引き合う性質があった。離れていてもおおよその互いの位置がつかめるのである。それがこうして置いていかれた。てまりそれは「探すな」と言われているようなものである。

「俺が気絶している間に何があったんだ…」

 自分がセントピードなんかに不覚をとっていなければ。

 「もしも」を考えるだけで気持ちは空回りしていく。あの神様の話に乗せられなければと。

 ウェスは歩みを止めずに尋ねる。

「マルコー先生。先生が来たとき、俺以外に誰か居ませんでしたか?」

 マルコー医師は首を振る。

「ウェストールがベッドに寝ていただけだよ」

 ウェスは額を押さえた。

 エモシアルと名乗った神様。彼女も居ないことを考えると、クルリと彼女の間に何かあったことは間違いない。

 クルリにとっては初めて自分以外の神様と対面したことになる。恐らく様々なことを尋ねたのだろう。その中にクルリの気持ちを変える何かがあった。そう考えるのが妥当だった。

「マルコー先生」

「なんだい?」

「先生は国王と知り合いなんですか?」

「ああ、私と彼は旧知の中でね。しかし、なぜ君がそんなことを?」

「先生がクルリを治療する以前に、王宮に居る神様の診たことがあるという話を耳にしました。そのとき王と仲良く話していたと」

「そうか。別に隠していたわけではないんだが。特に話す必要もないと思っただけなんだ」

「いえ、その事は別にいいんです。本当のところ、先生は神様に詳しいんですか?」

「……ああ。普通の者より知っていることは多いだろうね」

「教えていただけませんか? クルリを探す手がかりになるかもしれません」

 マルコー医師は歩みを止めた。

「神様のこと、か…」

 言葉を濁しマルコー医師は呟いた。

 二人はすっかり街中に入っており、周囲は王都らしい喧騒が広がっている。魔石灯が灯り始める薄暗さの中、雨の後の湿気を孕んだ空気が行き交う人々によってかき混ぜられ、生暖かく揺れていた。

「…そもそも、おかしいと感じたことはないか?」

 限りなく小さな声で、周囲に聞こえることのないように、マルコー医師は口を開く。

「…何が、ですか?」

「なぜ《聖印》があると《神様》なのか。疑問に思ったことはないか?」

 《聖印》があると《神様》。ウェスは小さい頃からそう教えられ、ずっとそう信じてきた。疑いもせず、違和感も感じず。

 それは今でも変わらない。《聖印》があるから《神様》なのだ。そして彼らは魔術とも違う奇跡を使える。それだけでも理由になるはずだ。何を疑う必要があるのか、ウェスには見当がつかなかった。

「…君も他の者と同じ顔をしている」

「先生?」

「ウェストール。明日もう一度会おう。その時までに、私の言葉を少しでも理解していてくれることを願うよ」

 マルコー医師はウェスに背を向け、人混みへと消えていった。

「先生は…、何が言いたいんだ」

 ウェスは足取りも重く家へ向かった。

 何かいろいろ起こりすぎている。頭の整理がつかず、考え事をする度に立ち止まり、思い立ってみては人にぶつかり、家までの道程はわずかながらも、到着したときにはすっかり日は暮れ、星が輝き始めていた。

 ウェスが帰ってきて早々にリリアが現れ、一人で帰ってきた兄に疑問を投げ掛ける。「クルリさんはどうしたんですか?」と。ウェスはプイとその言葉を無視し、一人自分の部屋に向かう。リリアは兄の背中を見つめ、心配げな表情を浮かべるのだった。






 事は悪い方へ悪い方へと動き出す。






 その夜。ウェスは急な身の冷えを覚え、目を覚ました。

 布団に深く潜り、なんとかその寒さに耐えようとしたが、いつまでたっても冷えは改善されず、ついにウェスは体を起こした。

 布団から出ると更に寒く、動くことも億劫になりそうなほどであった。

 雪でも降っているのかと思い、窓から外を見渡すが特に変わった様子はない。そもそも今は冬ではないのだ。雪が降るはずもない。

 おかしい。そう思ったウェスは窓を開けた。

「…っ!」

 冷たい空気が一気に部屋の中を満たした。吐く息も白く、まるで冬がやって来たよう。むしろそれ以上だと言ってもいい。

 空気が澄んでいるのか、街の明かりも、夜空の月も、よりいっそうその輝きを増しているように思えた。

「兄さん、起きてますか?」

 ウェスが外を見ていると、廊下の方からリリアの声が届いた。

 部屋の扉が開く。

「うわっ、寒っ!」

 リリアは身を震わせる。

「兄さん、窓なんか開けて、風邪ひきますよ。っていうか、凍え死んでしまいます!」

 窓に駆け寄ったリリアが、勢いよく窓を閉めた。

「なんだこの寒さは?」

「分かりません。それより兄さん、お父さんたちが居間で暖炉に火をくべています。一旦そこに避難しましょう」

 二人が居間に向かうと、そこでは彼らの両親が毛布にくるまり、暖炉の火にあたっていた。

「いったいどうしたんだろうねぇ。この寒さは」

「こんなに寒くなるなんておかしいわ」

 レプスンとニーナはこの寒さについて話し合っていた。気候と言ってしまえばそれまでだが、やはりこの寒さは異常なのである。

「二人とも大丈夫か?」

 レプスンの心配に二人は頷きで答えた。

「お父さん、私、外を見てこようと思うんですが?」

 リリアが言った。

 レプスンは「やはりか」といった表情でため息をついた。

「嫁入り前の娘だ。親としては危険なことはしてほしくないんだけどね」

「私、王宮魔術士ですから!」

「リリア、無茶は駄目よ?」

 ニーナは心配そうに我が娘を見つめた。

 この状況は何かがおかしい。しかし、何がおかしいのか分からない。ニーナはリリアを未知の危険に晒したくないのだろう。

「俺も行く」

 ウェスが呟く。

 その言葉にリリアはすぐに反論した。

「兄さんは待っていてください。兄さんは一般人ですよ?」

「いや、絶対に行く。お前がなんと言おうとな」

 ウェスは意思を曲げなかった。曲げてはいけない気がした。

「どうしたんですか兄さん。顔、恐いですよ…?」

「悪いな仏頂面で」

「そ、そんな意味じゃ!」

「父さん、構わないよな?」

「止めたら君は機嫌を悪くするだろ?」

 ウェスが妹の実力にコンプレックスを抱いていることは、レプスンも承知しているようだった。ニーナの尻に敷かれている彼にはウェスの気持ちがよくわかったのだろう。

「はは、やっぱり俺は父さん似だよ」

「ウェストール…」

「母さんも止めないでほしい。もう、あのときみたいなことは御免だ」

 ウェスの言葉にあった「あのとき」とは、いったいいつのことだろう。自然と口を衝いて出たその言葉は、誰にも違和感を与えず消えていった。

「リリア、行くぞ」

「ですが兄さん…!」

「怖じ気づいたか王宮魔術士? お前が行かなくても俺は一人で行く」

「い、行きます! 行きますよ! 兄さんに怪我でもされたら大変ですから!」

 リリアの負けず嫌いにも困ったものだとウェスは苦笑するのだった。

「ウェストール、リリア、待ちなさい!」

 出発しようとした二人をニーナが止める。

「まだ何かあるのかよ?」

「なんですか?」

「あなたたち、寝間着のまま出ていく気?」

「「あ…」」

 いきなり出鼻を挫かれた兄妹であった。

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