第50話 疑心暗鬼
なんと五十話ですよ?!
一種の切れ目ですね!
なおもしぶとく書き続けていますよ。
文章は上達しませんが(笑)
最後まで書くことを目標に頑張ります。…と、意思を再確認。
拙作ですが、読んでくださっている方々には本当に感謝です! ありがとうございます!
「ぷはぁっ! 助かったぁ!」
クルリがあまり気にしていなかったもう一つの焦げた虫の山の下から、今の今まで虫に埋もれていたとは思えないほど元気な声と共に女が飛び出てきた。
不審げにクルリが見ていると、女はそんな視線お構いなしで転がっているウェスと、その横に座っていた少女を交互に見つめる。
「…事後?」
「あんた誰?」
女のボケらしきものに軽くスルーをかまし、クルリは自分の疑問を押し付ける。
「私? 私はエモシアル・エモリア・エモーシア。神様やってます。親しみを込めてエモエモと呼んでいただけたら喜びの極みだったりします!」
「神様? 神様って、あの神様?」
「神様神様言わなくても神様は神様に変わりないよ! いやぁ、雨に降られて雨宿りに入った建物が、まさか異常種のセントピードに襲われるなんてまったくついてなかったなぁ。あ、あなたウェストールの連れの人だよね。頭をやられたって聞いたけど、もう大丈夫なの? 頭は大事だから無理しちゃダメだよ。あっ、そうそう。神様がどうとかって話だったよね。私は、この国の言い方で言うなら《感情の神様》ってところ。感情操作が得意なんだ。あ、でもね、今の私のこのテンションは素だから。周りには五月蝿いとか言われちゃうけど、そんなに五月蝿いかな。でも黙ってたら辛気くさくなっちゃうでしょ? だから私は喋るの。つまりわかる? 今が辛気くさいってこと」
なんだか凄くよく喋るのが出てきた。クルリはさらに不信感を募らせる。
「あー、信用できないって顔してる。ほら、ほっぺに印もあるでしょ?」
彼女の言う通り、クルリが刺青か何かだと思っていたそれは、間違いなく聖印だった。自分の背中にもあるので見間違うはずがない。
「神様がこんなところで何してるの?」
自分も神様である、ということは告げずにクルリは話を進める。
「私は罪人を追う使命があるの。これがそのリスト」
エモは懐から紙を出しそれをクルリに見せる。小さな文字の羅列がびっしりと並んでいた。
「…あ」
「って、読めないか。文字の文化圏は違うみたいだし」
「……そだね」
「あらら、顔色が悪いよ。まだ寝てた方がいいんじゃない? 怪我人さん」
「…う、うん」
顔色も悪くなる。それは怪我を抜きにしてもだ。
読めた。
クルリにはその紙の文字が読めたのだ。それは彼女が神様だから当然なのだろう。しかし問題はそれ以外にあった。チラリと読めたそのリストの中に、知っている名前があったのだ。
《フォトナ・フォーチュ・フォーレン》
クルリが直接会ったことはないが、リスタニア王国で保護されている神様がそんな名前だったはず。
クルリは暫くその神様のもとに通っていたウェスが心配になってきた。
「ウェス…」
「ああ、ウェストールは気絶してるんだね。取り合えずさっきのボロ屋に運びますか。私半分持つからあなた半分持って」
「あ、はい…」
二人は協力してウェスをボロ屋に運び、そしてクルリが寝ていたベッドに寝かしつけた。
二人でも男一人を運ぶのは一苦労だった。ウェスをベッドに乗せた後、二人はすぐに腰を下ろして息をついた。
「エモエモって力持ちなんだね」
「私は大鎌を奮ってるからね。それなりに筋力はつくんだよ。でもあなたが居なかったら運べなかった。あ、あなたの名前聞いてなかったね。ウェストールと話してたとき聞きそびれてたし」
「私はク…」
罪人のリスト。
それがクルリの頭を過る。そこに王宮に居るという神様の名前があった。自分の名前が無いとは限らない。
「クルル…、です」
嘘は言っていない。偽名でもない。バレるのは時間の問題だろうが、この場は凌げる、はずだ。
「クルルちゃん。かわいい名前だねぇ。…魔術は得意なの?」
「え? うん。一応魔術士だから」
「一応?」
「…こ、これでもって意味」
「ふぅーん…」
エモはやや威圧的な態度をとる。
「さっき、途中で詠唱を変えたみたいだけど?」
「…!」
あの虫に埋もれながら意識があったのか。
「それは…」
「あと、思い出したって?」
「その…」
「怪しい…」
エモがずずいと近付き、クルリの目をじっと見つめる。
「えっと…」
真剣なエモの眼差しに耐えられなくなったクルリは、狼狽え視線をはずす。
「………まぁ、そんなわけないか。神様が魔術を使えるわけないしね」
「え?」
クルリは逸らしていた視線をエモに戻した。
「脅かしてごめんねクルルちゃん」
エモは頭を下げる。
「ね、ねぇ、神様が魔術を使えないって本当?」
「うん、そうだよ。使えたらこんな重い武器も振らなくていいし、便利なんだろうけど…。私たちに魔術は使えないの」
「そ、そうなんだ…。でもなんで?」
「私達に魔術を放てるほどの保有魔力がないから。だから自らの体力を消耗する神術を造り出した。そしてずっと昔の神様達は神術に特化した。その子孫である私達は自然と魔術を使えない体になった。っていう話が伝承で残ってるの。本当かどうかは知らないけど。でも、今現在私たちの中に魔術を使える者は居ない。これは事実よ」
「魔術が…、使えない…」
「クルルちゃん、やっぱり顔色が悪いよ。もう少し休んだ方がいいんじゃない?」
エモがクルリの顔を覗き込み、心配そうに言う。
「う…ん、もう少し、休んでおく…」
「うんうん。そうしなよ」
エモが立ち上がる。
「さぁて、私は行こうかな」
「もう?」
「使命を継続しなきゃならないから。あのムカデは手掛かりになりそうでならなかったし、いっそのこと正面切って行こうかなって」
「何処へ?」
「人の王宮。あそこに一人、リストに乗ってる奴が居るんだ。突入すると絶対刃を交えないといけないし、穏便に済ませたかったから避けてたんだけど…。使命を言い遣ってから、リストから一人も消せてないし、さすがにこのままじゃ成績がヤバイのよねぇ。ここで一発ホームラン打っておかないと…」
エモは再びクルリの目を見つめる。さっきと違い、今度は怖い瞳で。
「クルルちゃん。これは私たちの問題だから、手出し口出し足出しは無用だよ。もし、知らせたりしたら、私はあなたを処分しなきゃいけなくなるから、ね!」
強く念を押され、クルリは黙って頷く。
「もう一つ質問してもいい?」
「なあに?」
「あなたはどこから来たの?」
「どこから…、というと?」
「あなたの住んでいる場所。使命でこの国まで来たって言ったでしょ? 罪人を追ってるって。ルールがなければ罪人なんて出てこない。少なくともあなた達がいる組織か何かがあるはず。この国には神様が居る。その神様が何処から来るのか。と、思って」
「ふーん。つまり私の出身地が知りたいってことだね」
クルリが頷く。
「悠久の国って知ってる?」
「悠久の国?」
「そこには死も無く生も無く、善も無く悪も無く、男も無く女も無く、大人も無く子供も無い。全てが無い完全な平等。それがある国」
クルリは吟味しながらその話を聞いていた。
「私、その国に行きたい」
「…どうして?」
「知りたいの」
「何を?」
「神様のこと」
「勝手にしたらいいけど、教えてはあげられないよ」
「なんで?」
「あの国は他との接触を特に嫌っているの。場所を教えたりなんかしたら私が死罪になっちゃう」
「ど、どうしてそんなこと…?」
「昔に神術の力を悪用されたとかで疑心暗鬼になってるの。国中がね。だから許可無しで国を出た者を罪人として、力を利用される前に処分するの」
「話を聞いたりは? 出ていった神様にも事情が…」
「ウェストールにも言ったけど、罪人の気持ちって考えたことある?」
「………ない」
「聞くだけ無駄。私はただ与えられた使命をこなすだけ。下手に同情すれば向こうが付け上がるわ」
「でも、そんなの…」
クルリの首筋にヒヤリとした感触が伝わる。
「ひぃっ!」
いつの間にか抜かれたエモの大鎌が、クルリに首にあてがわれていた。エモが鎌を引けばクルリの頭はポトリと落ちてしまうだろう。
「クルルちゃん。あなたがどんな考えを持って、何を思っているのかは知らない。知ろうとも思わない。余計なことだからね。あなたが私達の国に行くのも自由、罪人を庇うのも自由。だけど、忠告しておくわ。それらはあなたにいい結果をもたらさない。今私があなたの首に武器を突きつけているのがその理由。…わかった?」
クルリが何度も頷くのを確認すると、エモは武器を収めた。
「あ、でもでも、私は別にクルルちゃんに強要してるわけじゃないから、ちゃんとあなたの意思で行動してね! それじゃあ、今度こそ私は行くよ」
エモは笑顔を見せると建物から出ていった。
よくわからない神様だとクルリは思った。神様はみんなあんななのだろうか。しかし、あの神様がたまたまあんな性格だったのかもしれない。他の神様はもっと違うかもしれない。それはクルリには分からないことだ。なにせクルリは記憶を無くして以来、自分以外の神様に会うのが《初めて》なのだから。
「神様は…、味方じゃない、か…」
クルリは頭を捻り考え始めた。少し状況を整理したかったのだ。
まず自身のおかれた状況。これは相当まずい。エモの言っていた《悠久の国》。それが恐らく自分の出身地であるはずだ。だが、場所は分からない。探してみるに越したことはないが、それも危険かもしれない。理由は《罪人》だ。自分がそれで無いとは言いきれない。国に入った途端に処分されてしまっては、なんとも情けない話だ。しかし、それもまだ先送りの話。場所が分からなければ意味がないからだ。こちらは一旦保留だとクルリは決める。
そして新たな可能性。それはクルリの存在を根本から覆す可能性。クルリが神様でないという可能性だ。
神様は魔術が使えないという。だが、クルリは使える。聖印はあるが、はたしてそれだけで神様という証明になるのだろうか。唯一の手がかりだと思っていたものが、こうもあっさりと否定されてしまうと、クルリは落胆を隠せなかった。
クルリは頭を振り。気を取り直す。
いいこともあったのだ。
よくは分からないが、魔術の詠唱。全く使ったことがない詠唱がなぜだかしっくりときたことだ。あれは恐らく記憶を無くす前のクルリが使っていたものだろう。今の一年そこら使ったものより、遥かに魔力の乗りがいいのだ。きっとそれほど長く使っていたものなのだろう。
「でも…」
少し戻った記憶も、いいものばかりではなかった。
ウェスに対してあまりいい感情を抱かなくなった。それは何故なのだろうか。
ウェスがクルリを助けたのは、彼女が記憶を無くした後の話だ。だから記憶が戻ったところで、ウェスに対しての感情に変化があるはずがない。
「ウェスが…、嘘を…?」
その可能性はあった。彼はあまり多くを語ろうとしない。家庭の事情もごく最近知ったばかりである。きっとまだ知らないことがある。きっとまだ隠していることがある。
「でもそんなことしたって…」
意味が無い。
クルリはそう思いたかった。しかし、彼女の小さな胸に空いた疑いは、容易く消えるものではなかった。
エモが言っていたではないか。その昔、神様の力を利用された、と。故に彼らは心を閉ざし、国を閉ざした。
「ウェスが私を利用…して…」
そんなことないと。頭では思っている。けれど何故か溢れ出してくる涙は、消して止まることがなかった。
裏切られたという哀しみ。大切な人を信じられないという寂しさ。
「違う………、違う! こんなの私の勝手な妄想だもん! ウェスはそんな人じゃ…!」
違うのか?
「本当に…」
本当に。
「違うの?」