第49話 起きる
時間があったので久しぶりに早めの投稿です!
短いけどね!
目が覚めた。
体を起こすとズキンと頭が痛んだ。
誰も居ない部屋の中をぐるりと見渡した。見慣れない部屋だ。
やけに静かで、少し気味が悪い。
「キイィィィィィィ!」
その奇声には聞き覚えがあった。あの気持ち悪い奴だ。
クルリはベッドから降り、フラフラとした足取りで建物の出口であろう扉へ向かう。
扉を開くとむわっとした空気が顔に当たる。雨でも降っていたのだろうか。
湿気た空気に混じって鼻を突く錆のような臭いが届き、クルリは顔をしかめた。
「なに…、これ…?」
目の前に蠢く二つの山があった。
よくよく目を凝らしてみると、小さな虫が群がり、何かを這いずり回っているものだった。
「ひっ…!」
身体中を何かが這い回るような悪寒を感じ、クルリは小さな悲鳴をあげた。
大量のムカデだ。
キィキィ鳴きながらズリズリ動き回っている。
逃げ出したくなるクルリだが、彼女は足を止める。何かが足りない。何かが決定的に足りていない。
そもそも何故自分はこんなところに居るのだろうか。現状を理解するために彼女はムカデと向き合う。
「ムカデ…。あ!」
そうだ。討伐しに来たのだ。
一人で?
違う。誰かが居たはずだ。
誰?
ムカデの山を見る。
そこに何かが突き刺さっていた。
いや、突き出ていた。
「腕…?」
クルリはハッとする。
「ウェス!!」
慌ててムカデの山に近づき、虫を掻き分ける。
「痛っ!」
掻き分ける腕に痛み。クルリは思わず手を引いた。
掻き分けた場所を再びムカデが覆う。数が多すぎるためか、いくらはねのけたところで底が見えなかった。
「ど、どうしよう…。ウェスが…」
痛みに耐えることは出来る。けれどそれでは自分も引きずり込まれる可能性があった。ミイラ取りがミイラになっては意味がないのだ。
「あ、火だ」
クルリはセントピードは火が弱点であるとウェスが言っていたことを思い出した。
随分と姿が違うため、この小さなムカデの大群がセントピードであるとクルリは分かっていなかったが、ムカデはムカデ、弱点は同じだろうと考えたのだった。
しかし、魔術を放つことはできない。ウェスの意識があるならば、自分に降りかかる火の粉は意図して斬ることが出来るのだろうが、今の彼からは何の反応も返ってこない。おそらく気絶しているのだろう。
そんなところに魔術を放てば、確実にウェスまで傷つけてしまうのだ。それが火であろうと水であろうと結果は同じである。
「このままじゃ…」
何をしていいか分からずクルリはおろおろしてしまう。そしてそんな時間がもどかしく、焦りと不安と憤りと、いろんな感情が混ざり合いなんとも気持ちの悪い気分になるのだ。
クルリは頭を左右に振った。少し痛い。
「っとにかく、何かしないと!」
クルリは掌を二つのムカデの山に向けた。
『大地を焦がす赤き揺らめき。行け、猛る……』
違う。
彼女の頭にふとそんな言葉が過った。
「ちが…う?」
いつも使っていた詠唱に違和感を感じるのだ。何度考え直しても、一字一句詠唱は間違えていない。けれども違うのだ。これではダメだと心の奥底で何かが叫んでいるのだ。
「違う」と。
ではどう詠唱しろというのだ。間違っていないものの中か間違いを探すなんて不可能な話である。鏡に自分を映して間違いを探すようなものだ。わけが分からない。
『大地を焦がす赤き揺ら…』
違う。
「何が!!」
大切な人が危機なのだ。今魔術が使えなければ全く意味がないのだ。
『大地を………』
違う。
「どうしろって言うのっ!!??」
魔術を放つ。ただそれだけ。それを正体の掴めない感情が阻むのだ。
「もういい!!」
クルリは決心する。感情なんて無視して、何が阻もうとも捻り潰して、絶対に撃つ。
『命焦がれる強き赤。我と我等に仇為す者を焼き払え!』
驚くべきことに、これまで使ったことの無い詠唱がスラスラと口から出てきたのだ。
なぜそんな詠唱が出てきたのかクルリは判らなかった。しかしその詠唱は、とてもしっくり来るものだった。心地よいとでも言うのだろうか。すんなり魔力が乗る感じなのだ。使ったことの無いもののはずなのに。知らないもののはずなのに。変な自信が沸いてくる。これならいける、と。
だから撃った。全力で。それでもウェスは絶対に大丈夫。そんな自信がクルリにはあった。
『レッドブリス!』
赤い炎が放射状に広がり、ムカデ達を焼いていく。
キィキィ可笑しな悲鳴をあげながら焼けていくのだ。焦げた臭い。霧状になる体液。死んでいく虫たち。
だが、けれど、絶対に大切なものは傷つけない。
絶対に絶対だ。
熱に追いやられたムカデが散り散りに逃げていく。
「一匹たりとも逃さない。報いを受けろ!!」
炎はさらに広がり、より広範囲を焼いていく。
やがてあの不快な奇声は聞こえなくなり、チリチリと炎が燻る音だけが残ったのを確認すると、クルリは魔術を止めた。
炭になった無数の虫の山を踏みにじり、クルリはその大切なものの場所へ近付く。
力無く倒れたマフラーの男。
「ウェス…」
ウェスの傍に座り込み、クルリは小さく頭を垂れ、顔を伏せた。
「少し…」
クルリは呟いた。
「少しだけね…」
目を強く閉じ、消え入るような声で彼女は言葉を続ける。
誰も聞いていない。
「思い出したよ」
だから言えるのかもしれない。
彼に対してそんな言葉を。
「そして、ちょっとだけ…」
大切なものに言う言葉。
「ウェスが嫌いになった…」