第47話 セントピード
地面が抉れる。
石や土の塊が飛び散り、ボトボトと上から落ちてくる。それらを腕で防ぎながら、二人はムカデを見ていた。奴は地面を抉りながら、進んでいく。というより、潜っている。
「地の利は向こうにあるってか…」
地面の中に居たのではこちらの攻撃は届かない。出てきたところを攻撃するか、それともいぶり出すか。
ウェスはクルリを見る。
「土の魔術は、使えなかったな?」
「ご、ごめん」
「いや、無い物ねだりはよそう。何か案はあるか?」
「あの穴に水を流し込むとか?」
「なるほど。そんな手もあるのか。…できるか?」
「できなかったら提案しないよ」
クルリは周囲を警戒しながら一歩後ろへ引いた。
「その息やよし」
クルリの足元の地面が蠢く。それに気付いたクルリはバランスを崩しながらもその場から飛び退いた。
地面からムカデの大きな顎が頭を出すと、そのまま勢い良くその上半身を突きだし、周囲を凪ぎ払うようにその体を振り回した。
ウェスは剣でその攻撃を防御するが、その巨体の渾身の一撃に耐えられるはずもなく、数メートルほど弾き飛ばされてしまう。クルリはというと、バランスを崩して飛んだので、着地に失敗して転び、体制が低くなっている間にムカデの一撃は彼女の頭の上を通過していった。
「ウェスー!」
吹き飛ばされたウェスに向かってクルリが叫ぶ。
「だ、大丈夫だ…」
少し遠くから弱々しい彼の声を聞き、安心する間もなくムカデの追撃がクルリを襲う。
その大きな顎を使っての体当たり。クルリは地面を転がるようにしてその攻撃をかわす。外れたムカデの一撃は、再び地面を抉り、ムカデはまた地中へと潜っていく。
身を捩らせ、素早く地中に潜っていくムカデを見てクルリは今だと判断する。
『清浄なる紺碧の流れ。全てを押し流せ!』
「ダメだクルリ! 離れろ!」
「え?」
クルリの目の前に迫っていた大木。いや、それはムカデの下半分だった。近すぎたのだ。地中に潜る際、捩らせていたその体が今クルリを叩き潰そうとしていた。
ウェスも剣を携え走るが、到底間に合う距離ではなかった。
『リ、リバーズストリーム!』
咄嗟にクルリは魔術を発動させ、身を守る体勢になる。水は物凄い勢いでムカデを叩いたが、それも僅かに遅かった。
ムカデの巨体はクルリの頭を打ち抜き、軽々と宙へ放り上げた。
水とはまた違う色の飛沫が舞い、流れる水の中に消えていく。
水が流れきったあと、ベシャリと湿った泥を叩く音がして、クルリは落ちてきた。
「クルリ!」
ウェスは泥々になったクルリのもとへ駆け寄り、その小さな体を抱き抱えた。
しかし、その瞬間彼は違和感を覚えた。
以前にもこんなことが無かっただろうか。近い過去にこういった絶望を覚えたような光景。湿った地面。赤い海の中に沈んでいた誰か。
「……レ…」
何かを思い出しかけたが、今はそんな場合ではないとウェスは頭を振り、クルリの状態を確かめる。
意識は無いが、呼吸はあった。ひとまずほっと胸を撫で下ろしたウェスだが、安心はできない。早くクルリを医者に見せなくては。
だが、あのムカデは仕留めたのだろうか。
普通サイズでもあの程度では倒れない。大きいのだから尚更である。
「少しだけ待ってろ」
ウェスはクルリをできるだけ乾いた地面に寝かし、自分はそこから少し離れた場所に立った。
クルリが倒れてしまった今、ムカデが出てきたところを叩くしか、彼に手段はなかった。それは確実に後攻に回ることを意味している。一度相手の攻撃を受けてからの行動になるのだ。
ジリジリと動きながら、ムカデの出方を伺う。
「魔力を無効化したところで、こんな怪物には何の役にも立たんな」
やや卑屈げにウェスは呟いた。
するとウェスの下の地面が蠢く。
「音か…」
まずその大きな顎が頭を出した。次いでその巨体が地面から飛び出してくる。
ウェスはそれに合わせるようにして跳んだ。真上に。ムカデが飛び出る反動を利用したその跳躍は、常人より遥かに高く飛び上がる。
高い場所でバランスを保つのは、妹のおかげでウェスは慣れっこだった。リリアに感謝しつつ、ウェスは真下のムカデを見据える。何が起きたのか理解していないムカデは、ある筈の対象を見失いその動きを止める。ウェスは剣を振り上げ、その体が重力に引かれ落ちていくのを待った。
「下が好きならずっと下に居ろ」
そんな声で敵の存在に気付いたムカデは真上を見上げ、その体を垂直に伸ばした。
やがてウェスの体は中空で止まり、落下運動を始める。重力に腕力を上乗せして、叩きつけるようにウェスはムカデに剣を振り下ろした。
鼻を突くような異臭と共に、黄色の飛沫を飛び散らし、滝のように流れる体液と共に、ムカデの上半身は縦に真っ二つに割れた。斬られてからも波打つようにして動いていたその体は、やがて動きを止め、死に至ったことを知らせてくれる。
それを確認したウェスはクルリを抱え、一先ず依頼主である老人に報告をすることにする。
帰ってきた二人を老人は大層驚いた様子で見つめ、慌てて二人に駆け寄るとすぐに頭を下げると、自らの家に招き入れた。
「だ、大丈夫なのかあんたら!」
「大丈夫だ…、とは胸を張って言えないな。怪我人が出た。頭をやられてな」
「す、すまなんだ。私が伝えなんだばっかりに…。だが、伝えれば断られると思ったんだ!」
「…済んだことだ。それはいい。まずこいつを医者に見せたい。確認はその後になるが、いいか?」
「い、医者なら私が呼んでこよう。頭をやられたならあまり動かさない方がいい。あんたも休んでいてくれ」
「そうか。それなら、そこのベッドを借りてもいいか?」
「ああ、家のもんは好きなように使ってくれ」
そうして老人は慌てて家を飛び出していったのだった。
老人が出ていってからしばらく時間が経った。老人はまだ帰ってこない。やはり自分で運んだ方が早かっただろうか。しかし、老人の言う通り、頭をやられてしまったクルリを動かすことはあまり気が進まなかった。
ウェスはベッドの横に座り、クルリの容態を見張ることしかできなかった。もどかしい時間が流れる。
そんな中、ふとウェスはその音に気がついた。ザァザァという音。いつの間にか雨が降ってきていたようだ。屋根を叩く水滴の音は徐々に強くなってきている。このまま降り続けるのだろうかと、ウェスは窓から空を見上げた。分厚い雲が空を覆っている。
「そういえばあの時もこんな雨が降ってたな…」
ウェスは少し昔のことを思い出していた。
あの雨の日、彼はクルリを抱え、医者のもとに走ったのだ。微妙に状況は違うが、あの日と似たような光景である。
ベッドで眠るクルリを見る。状況はうって変わらず、様態は安定しているように見える。安心はできないが、あの日のような不安は特に抱えていなかった。
―コンコン…
雨音に紛れてノックのような音がウェスの耳に届いた。
雨が戸を叩いたのだろうか。聞き間違いを疑い、ウェスはそっと耳をすます。
―コンコン…
また戸を叩く音がする。
老人が帰ってきたのかと思ったが、自宅にノックするような奴は居ない。
「客か?」
ウェスは不審に思いながら扉へ近付く。
「誰だ?」
「すみません、しばらく雨宿りをさせていただきたいのですが」
「………」
声から察するに女のようだが、はたして他人の家に勝手に他人を上がらせていいものなのだろうか。
「あ、あの…」
「分かった」
強盗がこんなボロ屋に来るはずがないと決断したウェスが扉を開けると、そこには…。
「よっしゃあぁ! 一発成功!!」
先程までとはうって変わってテンションの高い女が立っていた。
―パタン…
ウェスは言葉もなく、ゆっくりとその扉を閉めた。
―カチリ―
そして内鍵を締めた。
「ちょっ、ちょちょちょっと待ってぇー! 開けてよー! 雨で濡れるよー! 身体中濡れ濡れだよー! 美女がビジョビジョだよー!」
「やかましい! こっちには怪我人がいるんだ! バカしに来たなら帰ってくれ!」
「ごめんごめん! 謝るからお兄さん中に入れてよー! 静かにするからさぁー!」
と言いながらドンガンドンガン扉を叩き続ける。
「だあぁっ!! うるさい!!」
ウェスは鍵を開け、扉を力任せに開くと、叩くものを失った女は体制を崩し、顔面を床に打ち付けて倒れてしまった。
「ぶぺっ!!」
と、到底女が使用すると思えない擬音を発した女はしばらく動かなかったが、やがてムクリと上体を起こし、鼻血をだらだらと滴ながらウェスに向かって頭を下げた。
「この度は雨に濡れて風邪をひきそうだったところを助けていただき、誠に感謝の念がどうのやらでありがとうございます」
なんだか訳の分からないものを招き入れてしまった。後悔の念を抱きながらウェスはクルリのベッドへ引き返した。
「言っておくが、ここは俺の家じゃない。好きにしていいとは言われているが勝手はするな。それから静かにしろ。以上」
一度にあらましを伝え、ウェスは一息つく。そしてずぶ濡れの女を見て、何か気付いたのか再び口を開く。
「お前は体でも拭いてどっかその辺に座ってろ。タオルの場所は分からないからお前で探せ」
「ああ! なんと、冷たい口調の中にある暖かな心遣い! 私、感動しました! この荒んだ世の中にまだこのような美しい心を持ったか…」
「静かにしろ…、と言ったはずだが…?」
「あはは、これは失敬失敬! じゃあ私は静かにしてるからね! あ、身体拭いてるときは見ないでよ?! 絶対だか…」
「お前、ワザとやってんのか…?」
女は口を押さえ首を左右に振った。
ずっとテンションの高い生き物が居るなんて信じられない。ウェスはあまり喋る方ではない。クルリは浮き沈みが激しいので、日によっては殆ど喋らないときもある。彼の回りでよく喋る人物と言えば、フォンヘイムの酒場の倅と、先日仕事で一緒になった霊能士くらいだ。
「あのぉ…」
身体を拭き終えた女はウェス達とは対角の部屋の隅の椅子に座り、申し訳なさそうに口を開いた。
「なんだ…」
「小さな声で喋るから、お話ししない?」
そんな申し出。本来ならキッパリと断るところだが、なんの気紛れなのか、ウェスはその女の話を聞いてみたいと思ったのだ。
「わかった」
「わー! ありが…!」
途中まで言いかけて女は口を閉じる。そして小声で…、というよりも普通の声のトーンで女は続けた。
「…とう…」
「どういたしまして」
「それじゃあ、まず自己紹介。私、エモシアル。何となく言いにくいから、エモエモって呼ん…」
「断る」
「エモでいいよ」
エモシアルと名乗った女。推定年齢は二十歳前後。クルリより若干薄い金髪を後ろで纏めたポニーテール。クリクリっとした瞳が特徴で、服装は悪い意味で個性的ではあるものの、快活そうなイメージを受ける。
「俺はウェストールだ」
「おお!」
エモはその丸い瞳をさらに丸くさせウェスを見る。
「なんだ?」
「まさか自発的に自己紹介してくれるとは。嫌われてると思ってたから少し安心したよ」
「一応礼儀だからな」
「ふーん。それより聞いてよ。私はね、ある使命のためにこの辺りをウロウロしてたんだけど、突然のどしゃ降りでしょ? あんなにカンカンに晴れてたのにあり得ないって感じじゃない。もうね、アホかと、バカかと、空を思いっきり罵ってやろうと思ったらここを見つけたわけ。ボロ屋だけど勝手に入ったらやっぱり不法侵入になるわけじゃん。んで、ノックをしたらお兄さ…、あ、ウェストールが出てきたの。こりゃもう、当たりを引いたと思ったよ。だって、なかなかのいい男が出てくるんだから。ね?」
「何が言いたいのか全く解らん」
「で、そちらは?」
エモはベッドに寝ているクルリを指差し首を傾げた。
「こいつが怪我人だ。さっきセントピードとやりあったとき頭をやられてな。気を失っているんだ」
「お医者様には見せたの?」
「その医者をここの住人が呼びに行ってくれたんだ。それを待っている」
「なるほどなるほど。あなたたち冒険者か賞金稼ぎ?」
「賞金稼ぎだ。そう言うあんたは何者だ? 使命がどうとか言ってたが、王宮の者か?」
「私は神様」
「…は?」
「だから神様」
「頭でも打ったか?」
「それはその子でしょ」
「証拠はあるのか?」
エモは頬に手をあてがうと、ビリビリとそれを剥がした。彼女の手にはその肌と同じ色のシールが握られていた。
どこかで見たような光景だなと、ウェスは自分の首元を押さえる。
「これでわかるよね?」
「聖印か…」
エモの左頬には聖印が刻まれていた。
「あらら、あんまり驚かないんだ。しかも敬うような気配無し?」
「敬ってほしいのか?」
「別にいいよ。固っ苦しいの嫌いだし」
「だろうな」
妙に納得してウェスは頷いた。
「で、使命ってのは? 差し支えなければ聞いてみたい」
「んーと、罪人の処分。そして罪人に加担する者の捕縛」
「穏やかでない使命だな。神様の役人みたいなものか?」
「死刑執行人だよ。罪人は見つけ次第抹殺するんだもの。これがそのリスト」
エモは懐から数枚の紙を取りだし、ウェスに見せた。ウェスはそれを受け取ると、紙を一枚めくる。そこには小さな文字の羅列がズラリと並んでいたが、ウェスはすぐにエモに紙を突っ返した。
「読めん」
書かれていたものは、全てウェスの知らない文字だった。
「神様でも罪を犯す奴が居るんだな」
文字自体は読めなかったが、その数はかなりのものだ。
「それを処分するのが私の役目。…とか簡単に言っても、名前だけしか分からないから、探すのも一苦労なんだけどね」
エモはやれやれといった風に苦笑し肩を落とす。
「この辺をうろついていたということは、その罪人でも見つけたのか?」
「うーん、ちょっと違うけどね。見つけたのはその手掛かり。おかしなセントピードが居るって話。でも多分そいつはあなた達が倒したと思うんだけど…」
「…まさか、さっきのでかいやつか?」
「異常種よ。これも罪人の仕業」
「何のためにそんなことするんだ?」
「さあ? 罪人の気持ちなんて考えたことある?」
ウェスも指名手配犯を捕まえたりするが、そいつがなぜ犯罪を犯したのかなどと考えたことはなかった。理由がどうあれ、罪は罪だし、人の中で生きるということは、その中のルールを守らなければならない。窮屈な生き方かもしれないが、それは生きる上で必要になるものである。…誰だって己のルールは持っているだろう。しかし、それは周囲の大きなルールのうちに納めておかなければならない。納まりきらない者は、奇人や変人、もしくは犯罪者と呼ばれるものになってしまうのだろう。
ウェスはそんな者達の気持ちは少し分かる気がする。自分がそうだから。
だからこそ、そんな奴等を捕まえることができるんだろう。
「…そうだな」
「あれ? ウェストールって何か前科あったりする?」
「勝手に犯罪者にするな」
「罪を犯したからといって犯罪者として扱われるとは限らないわ。食べるために生き物を殺すでしょ? グレーゾーン。認められた罪。もしくは認知されていない罪。人はそんな罪の上に生きている、ね?」
「性格に似合わず難しい話をするんだな、お前」
「まぁ、こんな性格でもないと、この使命は続けられないと思うけどね」
「言えてる」
エモの話は湿っぽい話だったが、何故かそんな気分にはさせない明るさが彼女にはあった。
その後、しばらく二人は雑談を続けていた。主にエモばかりが喋っていたが、ウェスは聞き手に回り、エモの話を聞いたり受け流したりしていた。
しかし、やがて話題が途切れてしまう。エモは黙り、ウェスがクルリに目を戻して、少し間が空いたときだった。
―ドンッ!!
ノックで戸を叩く、とは明らかに違う大きな音が建物に響いた。
「なに!?」
―ミシィッ!
「何かわからんがまずい! 外へ出るぞ!」
エモを促し、ウェスも立ち上がる。
ベッドで眠っているクルリを抱いていこうかと思ったウェスだが、何が原因でこんな音が出ているのか分からない以上、建物の中の方が安全だと判断し、クルリはベッドで寝かせたまま外へ出ることにした。
外には開いた口が塞がらないといった様子で上を見上げているエモの姿があった。
ウェスも彼女が見上げている先に視線を移す。
「な、なんだこれは…?」
その巨体を反り立たせ、無数の足をワシャワシャ動かし、強靭な顎をカチンカチンと鳴らして威嚇しているセントピード。
これは自分が頭から真っ二つに切ってやったあのムカデに違いない。直感的にウェスはそう思った。
死んでいたのが生き返ったのか。しかし、それ以上におかしな部分があった。
カチンカチンと響くその音は、時折、反響するかのように彼らの耳に届く。
「頭が…」
ムカデの巨体はその長い体の真ん中辺りから二つに枝分かれし、それぞれの先に頭がついているのだ。
「これも異常種ってやつか?!」
「多分…」
「…神様は有り難いばかりでもないな」
ため息をつき、ウェスは剣をとる。
「まあ、私はしっかり仕事をやらせてもらうだけだけどね!」
エモは服のポケットに手を突っ込む。そしてポケットから手を引き出すと、その手には棒が握られており、さらに引くと一本の長い棒が現れ、最後にその棒の先に緩やかに湾曲した大きな刃が現れる。所謂大鎌と呼ばれるものだ。
「死神か?」
「ちがうちがう。ただ自分の使いやすい武器がこれだっただけ。そうだなぁ。この国の言い方で言うなら、私は感情の神様。エモシアル・エルモア・エレレ。ながーくて言いにくいでしょ?」
「神様の名前は、長いな…」
「「キイィィィィィィィ!」」
二重に響くムカデの鳴き声は、背筋が続々するほど不快なものだった。
二つの頭がウェスを睨む。
「俺に恨みがあるって顔だな。…当然か。俺がお前を殺したんだからな」
「「ギイィィィィィィィ!」」
ウェスの挑発が分かったのか、ムカデはさらに大きな奇声をあげる。
「私を無視するんだ? …虫だけに? ぷぷっ!」
エモの言葉が聞こえたかと思うと、黄色い液体が噴水のように噴き上がる。
瞬時に間合いを詰めた彼女が振り抜いた大鎌は、ムカデの片方の頭を切り落としていた。
「ギイィィィィィィィ!」
「ギイィッイイギュィィ!」
二つの頭が別々の敵に顎を鳴らす。斬られた場所からは体液が流れ続けているものの、苦しむ様子もなくますます憎悪の篭った瞳を敵に向けていた。
「なんだか様子がおかしくないか?」
ウェスが呟く。
「手応えはあったけど…」
エモがウェスの隣に戻ってくる。
「ギギギィアギイィ!!」
しばらくすると噴き出ていたムカデの体液の流れが弱まる。そして傷口が盛り上がり、体液を噴きながら何かの形を成していく。
なんともおぞましく、絶望的な光景だった。
傷口は消え、そして新たに新しい頭が生えてきたのだ。さらに、切り落とした頭からは体が生え、また一匹の巨大なセントピードとして復活した。
「おいおいおい、冗談じゃないぞっ?!」
こんなもの倒せるはずがない。
「さ、流石にこれはヤバそうだねぇ…」
「そんな呑気な話じゃないぞ! 何か効率的な攻撃のやり方はないのか? これまでこんなのを相手してきたんだろう?」
「む、無茶言わないで! 私もこんな相手初めてだよー!」
「神様だろ!?」
「あ、そっか」
ウェスが傾く。
「おい聞け、虫! 我は神だ! 汝は我ら神によって作られし存在。汝、我を畏れよ!」
「ギッ…!」
ムカデの動きが止まる。
反り立たせていた頭を下げ、悪戯がバレて母親に叱られることを怖れている子供のようにも見える。
「おそれ、が若干違う気が…」
「言葉は飾り。それっぽく見えて効果倍増! なんてね?」
エモがウェスを見てウィンクする。すると、ウェスは一瞬動きを止める。別にそのウィンクに引いたわけではない。
彼の心を掠めた感情。それは畏れだった。触れてはいけない、汚してはいけない、踏み入ってはいけない。抗えぬほどの神聖感。
ウェスは感情の神の力をその身を以てしかと感じたのだった。




