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第4話 依頼主

クルリの扱いに悩む今日この頃…

 風船に導かれ二人がやって来た場所は人気の無い路地裏の行き止まり。そこは三方を建物に囲まれた小さな広場のようになっていた。錆びた鉄骨、朽ちた土管や穴のあいたドラム缶が雑然と並べられていた。周囲の建物が高いせいか、日はあまり差し込まず薄暗く、じめじめしている。

 そんな広場の真ん中に、ローブを被った何者かが二人。一人はとても背が高く、もう一人はクルリほどの大きさしかない。ただ共通しているのは二人ともローブを深くかぶり、顔はおろか性別さえも分からないということだ。

 ローブの二人組はウェスとクルリの到着を待っていた。

「よく来た」

 背の高い方が口を動かしているのが見えた。よく通る低い声だ。

「ここに来たということは、我々の依頼を受けてくれたようだね」

 トーンの高い澄んだ声で小さい方が喋った。

「あなた達が依頼主?」

「そうだ」

「剣士ウェストール、魔術士クルリ。歓迎するよ、この街を救う勇者としてね」

「……?」

 ウェスとクルリはポカンとしてしまった。依頼を受けたのは確かだが、勇者になった覚えはない。状況がまるで掴めなかったのだ。

「あ、あれ…?」

 小さいのが大きいのにヒソヒソ耳打ちをする。

(もしかして引かれていませんか?)

(いえいえ、お嬢様の台詞は完璧でございました)

(そ、それならいいんですけど…)

「何コソコソ話してるんだ」

 小さいのと大きいのはビクリと身体を震わせると、慌てた様子で二人に向き直った。

「なんか怪しいなぁ。まぁ、それは姿からしてなんだけど」

「あ、怪しくなんかありませんよ!」

「それならその証拠を見せてよ。…そうだね、この風船の呪縛を解くとか」

「構いませんよ。ジィ、解いてください」

「しかし…」

「いいから解いてあげなさい!」

「は、はぁ…」

 大きい方が指をパチンと鳴らすと、風船は二人の手を離れ空高く飛んでいった。

「さあこれで…」

「よくも弄んでくれたね。今度はこちらが攻撃しようかしら?」

 クルリは右腕をを突きだした。

「止めろクルリ!」

「嫌だ!」

 ウェスの制止を無視してクルリは魔術の詠唱を始めた。

『大地を焦がす赤き揺らめき…』

「え? ええ?!」

 クルリの掌に小さな炎が集まり、丸く形を成していく。

『行け、猛き炎!』

「そ、そんな!」

 小さいのが慌てている。クルリはいつでも魔術を発動できる状態になっていた。トリガーを引けば赤い炎は放たれるだろう。

『レッドブリス!』

 炎が放射状に広がり、小さいのと大きいのを覆っていく。

「きゃあ!」

「お嬢様!」

 その瞬間、大きいのが小さいのを庇うべく炎の前に立ちはだかった。身体を張り、小さいのを炎から守る。

「くっ!」

「ジィ!」

「こ、この程度!」

 大きいのが炎を押さえ、一歩前へ踏み出た。ローブがチリチリと焦げてゆく。その中で大きいのは口を動かす。

『魔の力、汝は主人より放たれし者。去ね!』

 それは魔術の詠唱だった。

『リターンスペル!』

 途端に炎は向きを変えクルリの方へ戻って行く。

「ま、魔力反転!?」

 今度はクルリがおたおた慌て始めた。

 自業自得。ウェスはそう思ったのだが、相棒の丸焼きが出来てしまうと流石に寝覚めが悪い。

 ウェスはクルリの前に出ると腰の剣を引き抜いた。奇妙な装飾の施された剣。炎に向かい、その剣を思いっきり振り抜く。

 すると炎は真っ二つに割れ、剣を取り巻くように集束した。そして、蝋燭の火が小さくなるようにして徐々に消えていく。

 炎が消え去ったのを確認するとウェスは剣を納めた。

「またお前は勝手なことを!」

 ウェスはクルリをたしなめた。

「ご、ごめんなさい…」

 しゅんと縮こまったクルリはいつもより小さく見える。

「そう! これです!」

 小さい方が声をあげた。しかし、ローブは焦げて穴が開いてしまっていたため、その下の正体を伺うことができた。

 それは赤いエプロンドレスの少女。あの風船を配っていた少女だった。

「お嬢様! ですから私は申し上げたのです! あの様な輩に簡単に気を許してはならぬと!」

 大きい方はすっかりローブが焼けてしまったので、姿が露になっていた。その正体は長身の髭を生やした正装の男だった。

「いいえ、ジィ。あの方なら必ず解決してくれますよ。見たでしょう?」

「…ですが」

「私達があんな強引な依頼の仕方をしなければ、あの方達もあの様な事はしなかったはずです。非は私達にあります」

 少女は男を諭す。男は渋い顔をしていたが最終的に、少女に従うことにしたようだ。

「あんた達何者なんだ?」

 ウェスの問いかけに少女は向き直り、スカートの裾を掴んでお辞儀した。

「申し遅れました。私はアンネ・リーフマンと申します。先程までの非礼をどうかお許しください」

「い、いや、それはこちらも悪かった。…お前も謝れ」

「すみませんでした…」

 二人は深々と頭を下げた。

「どうか頭を上げてください。先に手を出したのは私達ですから」

 風船を配っていた時とは違い、どこか気品を漂わせる少女。

「あ、ああ…」

 その違いにウェスは戸惑いを覚えた。

「こちらはジィです」

「ジィ・ストレフと申します。お嬢様の教育係兼護衛兼世話役でございます」

 長身の男は深く礼をした。

「お嬢様にその世話役…。なるほど、どこかの金持ちの道楽に付き合わされたということか」

「違います! 依頼の事は本当です! あなた方に塔の幽霊騒動を調査、解決していただきたいのです!」

「それなら専門家を雇った方がいい」

「霊能士では幽霊に対抗できてもその向こうに潜んでいる者に対抗できないのです。これまで幾人も霊能士が向かいましたが、帰ってくるものは居ませんでした。文字通り帰らずの塔になってしまったのです」

「…とは言っても、街はまるで幽霊騒動が起きているような気配は無いんだが?」

「幽霊なんてまるで関知しませんみたいな雰囲気だったよね」

 納得いかない顔をしている二人に向かって、アンネは重々しく口を開いた。

「…実は、あの塔の回りに居る方々は全て幽霊なのです」

 アンネの言葉はとても信じ難いものだった。

「まさか…」

「嘘でしょ?」

「いいえ。真実です」

 珍しげに塔を見上げている観光客も、ケンカを仲裁する警備員も、大声で客寄せする商人達も、全て幽霊だとアンネは言うのだ。

「君の前に話し掛けてきたあの男も…、か?」

「そうです」

「………」

 自分が幽霊と話していたという真実を知らされ、ウェスは背中に何か冷たいものを入れられたような気分になった。

「一体どういう状況なの? 潜んでいる者って?」

 口を接ぐんでしまったウェスの代わりにクルリが訪ねた。

「それは…」

「お嬢様!」

 アンネが言いかけたのをジィが制した。彼がアンネに耳打ちをすると、アンネは小さく頷いた。

「…今は私についてきていただけませんか?」

「どうして?」

「見張られています」

「…あんた達、本当に何を相手にしているんだ?」

「それも含めて後程お話し致します」

 ジィに守られながらアンネは歩き出す。ウェスとクルリは周囲に気を配りながらその後をついていったが、彼らが何に警戒しているのかはまるで分からなかった。

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