第45話 再動
「それは聖印…」
「フォトナ様以外は初めて見たわ」
「ちょい待ち! 神様って居るもんなん? ワイの国にも八百万の神様が居ると言われとるけど、そんなけ居っても実体のあるのなんか…。見えないもんを見るワイでさえ見たことないんやで?!」
「神様が言ってんだ。当然従うよな?」
「勿論です」
「分かりました」
クアクスとイグナはすぐさま答えた。
「……なんか」
納得できない。トトラの国は無神論者の国だと思われがちだが、それはこれといって目立つ宗教が無いだけで、この国の人々ほど信心深い者達は居ないだろう。御守りや護符、ゲン担ぎなど、そういったことをする人々は多い。
トトラもそうだった。
しかし、神様が何をもってしても目に見えないものであり、形容だけの存在であると信じて疑わなかった彼には、今の光景が異様に映ったのだった。
「探すんなら、あの死霊使いも使ったらええんとちゃうか」
「オルターか。奴は今出払ってる。あいつが居たらテメェなんかには頼まねぇよ」
「気に食わんなぁ、その態度」
「力づくで気に入らせてやってもいいが、使えなくなったら面倒だからな。大人しく従え」
「それで、ワイになんか利益があるんか?」
「キリウ! 言葉を慎め。神様の前だぞ?!」
「ワイはこの国のもんとちゃう。ワイの国にはワイの国の考え方があるんや。自分で神様とかゆうとる奴の話なんか胡散臭すぎて信じる気になれへんわ」
「…文化の違いかしら」
「別に邪険にしとるわけやないんや。ただ、ワイはそいつが信用でけへん。それだけや」
「どうすれば信用が得られるかねぇ」
「石がどうとか言っとったが、その執念やと、だだの石っころとはちゃうんやろ?」
やはりな、といった表情でアルムは頷いた。
「そうだ。あれにはとてつもない力が秘められててねぇ。それこそ世界がひっくり返るほどのもんだ」
「そんなもん見つけてどないするんや?」
世界をひっくり返すほどの力を秘めたその石をどうしようというのか。強大な力は間違った使いかをすれば、必ず滅びへと向かう。
アルムの威圧に負けぬよう、トトラは彼を睨んだ。
アルムは一息置くと呟く。
「壊す」
「壊す?」
「そうだ。俺はその力が気に食わねぇ。それが理由だ」
「信じられへんな」
「それはそれで構わねぇが、放っておけば奴は確実にその力を使う。あの神食いはな」
「…あんたの言葉を少しでも信用すんなら、あんたの手に渡るとしても、あの逃げた奴の元なあるよりはましっちゅうわけか」
確実に使うと決まっている奴が持っているより、使うかもしれないという奴が持っている方が幾分いいように思われた。
「リグやそこの魔術士二人は俺に従うだろう。さて、誰がそれを阻止するかね」
「あーあー! 分かった! あんたの戯れ言に付き合っちゃるわ!」
「いい判断だ」
「せやけど、タダとはいかへんで?」
「がめつい奴だねぇ。いくら欲しい?」
「金額やない。あんたの言っとった《神食い》についてや」
「その名の通り、奴は神を食う。と言っても肉体じゃない。神の力を食う」
「神の力?」
「奇跡とか神術とか言い方はあるが、要するに神の持つ特別な力のことだ。フォトナ様も未来を予測する力を持っておられる」
何も知らないトトラにクアクスが説明する。
「例えば俺は…」
アルムの姿が視界から消え、次の瞬間にはトトラの目の前に銀色の刃が光っていた。
「ち、ちょおおぉぉぉっと!」
「驚いたか?」
アルムはニヤリと笑うとその刃を下ろした。
「こ、殺す気かぁっ!?」
「俺はあらゆる武器、兵器を扱うことができる。持つ武器によって身体能力を調節できる。この世に俺の使えない武器はない。…この国で言うなら、俺はさしずめ《武器の神様》といったところか」
「それは頼もしいこって…」
「まぁ、兎に角だ。奴はそれを剥ぎ取って己の物にすることができる」
「と言うと?」
「神の力を剥ぎ取るごとに奴は強くなっていく。それこそ無尽蔵にな」
「んなアホな!」
「だが奴は俺に手を出さなかった。今の奴は俺より弱い。それがはるかに弱いのか、紙一重で弱いのか…、それは分かんねぇ。だから尚のこと今叩かなきゃなんねぇんだ」
「言っとくが、ワイに戦闘能力を期待したらあかんで。霊相手ならナンボでもええんやけどな」
「はなから期待しちゃいねぇよ。奴を追い詰めたらあとは俺がやる」
「…ならええんやけどな」
トトラは抱えていた少年を背負う。
「まぁなんにしても、出発は夜が明けてからにしよか。余計な運動して疲れたわ」
「あんた見てただけじゃない。疲れた? 眼精疲労なの?」
「見るのも気ぃつかうんやで、イグナちゃん」
「気持ち悪いわ。大体あなたいくつよ? いくつなのよ?」
「二十三や」
「年下ね。ちゃんじゃなく、さんで呼んで欲しいわ。それよりも呼ばないで欲しいわ」
「ワイとあんたの関係、修復でけへんの?」
「無理。不可能」
「そか…」
「う、うーん…」
トトラの背中で少年が目をさます。
「起きたか?」
「あれ? お兄さん、出発されたんじゃなかったんですか? それにどうして、僕こんなところに?」
「なんも憶えてへんのか?」
「お兄さん達を見送って、その後…。うーん…、どうしたんでしょうか?」
「いや、憶えてへんならええわ。それよりもう一泊頼むわ。後ろのやつらもついでや」
「は、はい! すぐに用意します! から、下ろしていただけませんか?」
「ああ、すまんすまん」
***
終わりがあって始まりがあったのか、始まりがあって終わりがあったのか。今となってはそれを考えるのは無意味だ。
終止符はまだうてない。
どこかにある大きな意思。それを知るには人はあまりに小さく弱い。
あの方が望んだ未来こそ正しい。あの方こそが正義。あの方こそが世界を統べるに相応しい。
神食い。
彼がそう呼ばれるようになってから、随分と月日は流れた。どれ程のものかは記憶していないが、ただひとつの目的のために生きてきた。愛しく、頼もしく、力強く、あの方こそが彼の全て。あの方の復活のみが彼の欲望。
「見つかる前にここも移動しないとな」
他の奴らはどうでもいいが、あのアルムという神は桁違いに強すぎる。あの時の剣は、奴が少年に気を使っていなければ避けられなかっただろう。口と行動が違う奴だ。神食いはクスリと笑うと立ち上がる。
ここで自身がやられてしまうというヘマをやらかしてはいけない。やるなら確実に。絶対に失敗してはいけない。
あの二人も戻ってくるだろうが、先に移動しようと彼は考えた。追ってきた奴らに自分の魔力を辿られては困る。あの時点で服の破片からあの二人を探すことができたのだ。魔力の残っている時間は割りと長いようだ。二人には血を集めさせながら帰ってきてもらうとしよう。
時間をかければ見つかることはまずない。
「っと、そういえば、あの神の力を試さなければな。…運命を見て、それを引き合わすか。これと、これでも引き合わせてみるか?」
神食いは無作為に選んだ運命を引き合わす。
すると、すぐ近くで爆音が聞こえた。そちらを見てみると、二人の男が魔術を放ちながら戦っている姿があった。
「引き合わせた結果までは見えないか。ふーん、面倒な力だねぇ」
今まで貯めてきた分がある。使いやすいものを使っていけばいい。
神食いは戦う二人の姿を少し眺めていたが、飽きてしまったのかしばらくするとその場を立ち去った。目的を果たすために、その為だけに彼は行動する。
偽りを消し去るために。