第44話 遭遇
「なんだなんだ?」
音が戻っていたのでイグナの容赦ない攻撃の音が周囲の住民を外へ呼び出してしまったようだ。
クアクスが指名手配犯を捕まえたなどと、適当なことを住民に説明し、数度頭を下げてその場は一応の収拾つけた。
人々が去ったあと、早速クアクスが尋問を始めようと、捕らえた二人を縄で縛り、地面に座らせた。
そんな二人にクアクスがあれこれ尋ねるが、二人は固く口を閉ざし、何に対しても無反応であった。
「埒が明かないな」
クアクスはお手上げだと首をすぼめた。
「クアクスは面倒くさいことするのね。拷問でいいのよ。壊れない程度に。死なない程度に」
「とはいってもな…。こいつら様子がおかしいぞ。顔色は悪いし、瞳も虚ろ。身体も冷えきっていて、とても生者には見えないな」
「せやけど、死人とはちゃうで。霊能士のワイが言うんやから間違いない」
「どうかしら」
「………まぁ、こいつらの裏にはボスがおんのやろ? そいつになんや術を掛けられとるんかもしれへんな」
「術ね…。人を操る魔術は聞いたことがないがな」
「魔術とは限れへんで。異国の術もあるんやからな」
「お前の符術のようにか…」
「異国が絡んで来たらますます犯人を捕まえるのは困難になるわね。面倒だわ。億劫だわ」
諦めたような口調でイグナは言った。
「そう自棄になるな。とりあえずこいつらは牢獄行きだな。そこでどうするかを考えればいい」
「それは困る」
ふと耳に届いた呟き。
彼らはそちらへ振り替える。
その容姿は男女の区別が付きづらく、まだ幼さの残る顔つき。頭から伸びる長い耳は片方が折れ曲がり、少々だらしない。
彼の赤い双傍が三人を見上げていた。
「なんや、宿屋のボウズやないか」
トトラが少年に近付こうとすると、イグナがその行く手を遮った。
「待ちなさい。変だわ。さっきまでとは明らかに雰囲気が違う」
「惜しいな。もうちょっとだったのに…」
少年は暗闇に鈍く光るナイフをチラつかせる。
「まぁいい。チャンスはいくらでも作れるからな」
「…お前、誰や?」
口元を歪ませ、少年は大きく笑った。
「何か変なこと聞いたか?」
「いや。別に。当然の質問だと思うよ。ただ、当たり前すぎて、笑いが込み上げてきたんだ。…ああ、僕が誰か? って質問だったね。トトラ・キリウ。君なら知ってるはずだよ」
「宿屋のボウズ、とは違うんやろ?」
「そうだね。今の僕は確かに違うよ」
「多重人格とかか?」
「違うね。君は僕を見ていたはずなんだけど?」
「…わからへんな」
「ならそれもいい。僕が誰かなんて今この場ではどうでもいい話さ」
「それで。用件は何かしら?」
「ああ、その二人を解放してほしい。そんなだが、今は失いたくない手駒なんだ」
「お前はこいつらの仲間なのか?」
「そいつらは僕の忠実なる部下さ」
「お前が黒幕? 笑わせるな。子供のお前に何ができる」
「クアクス・レストーガ。見た目で判断するのはやめてほしいね。見た目を気にしてる君がそんなことを言うなんて信じられないよ」
「そうよ筋脳」
「お前はどっちの味方だ」
「さて、質問の回答はどうかな?」
「断るに決まっている」
「だろうと思ったよ。…だけど、それは困るんだ。まぁ、そいつらを尋問したところで何か話せる訳じゃないからそれ自体は構わないんだけど、今は人員不足でね。少しでも人手が欲しいんだ」
「安心しなさい。貴方も連れていくから、人手不足は心配しないでいいわ。助かるでしょ? 良かったわね」
「無理無理。僕自身はここにはいないよ。この少年を連れていったところでなんの意味もない」
「試してみるか?」
「君達は関係の無いこの少年に危害を加えようというのかな?」
少年はニヤリと笑うと、持っていたナイフを自分の首に押し当てる。赤い線がつうっとのびていく。
「や、止めや!」
「おっ、トトラ・キリウ。君は優しいね。そこの二人とは大違いだ」
「こいつらを解放すれば、そのボウズを返してくれるんやな?」
「キリウ!」
「バカ! アホ!」
「しゃーないやろ? どのみちこいつら口を割りそうにないし、あのボウズを捕らえたところで黒幕は安全な場所や。何よりあのボウズの身が危ない」
「…それは」
「……まぁ」
「反論は無いな?」
クアクスとイグナは口を開かなかった。
「話はまとまったかな?」
「ええで。そんかわりその坊主に手は出すなや」
「約束は守るさ」
トトラは二人を逃がすようクアクスを促した。
クアクスは渋々といった様子で捕らえていた二人を解放する。縄の束縛から解放された二人は、フラフラと少年のもとへ歩いていった。
「さあ、そのボウズも解放してもらおか」
ところが少年は首を左右に振る。
「話が違うやないか!」
「まあ待て。もちろんこの少年は解放する。だが、今はこの体を通してじゃないと君達と会話できないからね。少し話をしようと思うんだけど、構わないかな?」
「黒幕が自らを語ってくれるのは助かるわ。さあ吐きなさい。洗いざらい吐きなさい。そうすれば楽になるわよ」
なにか考えているのか、少年は腕を組み頭を捻る。
そして話すことに整理をつけると口を開いた。
「ダメもとで聞こう。僕と組まないか?」
当然王宮魔術士二人はすぐに申し出を断った。彼らが尽くすのは自らの王のみなのだ。
「別にかまへんけど、目的が知りたいな」
「キリウ、お前!」
「あんたも捕まえるわよ?」
「ははは、残念だけどそんな手には乗らないよ。君は口だけじゃなくて頭も回るみたいだね」
「あんたもバカとはちゃうみたいやな」
「まぁ、話しても構わないんだけどさ。計画に支障が出るようなら殺せばいいだけだし」
「話さんっちゅうことは、ワイらを簡単には始末でけへんのやな?」
「…君は人の揚げ足をとるねぇ。まったくもってそうだよ。今の僕じゃ力が足りない」
「本体さえ叩ければこの事件は解決できるのよね」
「いや、イグナ・ヤッケンハイム。この事件は君たちの考える以上に大きなものだ。僕を含め君たちもその大きな事件の中の役者に過ぎない。僕を捕らえればこの血抜きの事件は解決するだろう。でもそれは事件の根本的な解決にはならない。わかるかな?」
「単なる言い逃れにしか聞こえないな。つまりお前は遠回しに自分を追うのを止めろと言いたいんだな」
「そう捉えてくれて結構だよ。経過は関係ない。結果が全て。所詮僕らはあの方の手の内で踊っているだけなんだ」
「あの方?」
「おっと、口が滑ったかな」
さして後悔する風でもなく少年は言った。
「まぁいい。小石が巨大な流れに逆らえるわけ無いからね。流されて砕かれて砂になってしまうのがオチさ」
「あの方とは誰だ?」
「あの方とはあの方。名前を口にするのも畏れ多い。あの方は世界。あの方こそすべて。あの方の復活こそ、僕…、いや、全生命の望みさ」
「なんや訳のわからんこと言い出したで?」
「要するにこいつの上にまだいるってことよ」
「復活ということは、今のところそいつは活動していないということだ。それがあの取り憑きの行動でどうにかなるんだろう。血液抜き取りの事件が関係しているのだろうな」
「ああ、クアクス・レストーガ。筋脳の君にしては大した推理だ。その知能を磨けば王宮魔術士としてもっとうまくやれるんじゃないかな」
「…にしても、なんやこっちを見透かしたような態度は気に食わんな。人質取られてへんかったら、あーんなことやこーんなことしちゃるのに」
「変態」
「せやから何であんたそんな冷たいん? 火の魔術使いなんやろ? もっとこう、がーっと燃えへんの?」
「熱しやすく冷めやすい。あ、こっち見ないで」
「ははは、本当に変わった人達だ。仲間になってくれたら楽しそうなんだけどな」
「お断りだ」と、今度は三人が声を揃えた。
少年は首をすぼめ、残念といった表情を浮かべる。少し寂しそうに。しかし、それは一瞬で、誰も気付くことはなかった。恐らく本人さえも。
「ああ、これも運命か?」
少年が空に向かって呟くと。
「そいつはお前の台詞じゃない」
その問いかけに答えるように新たに人影が現れる。
その手に巨大な剣を一本携え彼はやって来た。
「お、お前はあんときのガキ!」
その見覚えのある姿にトトラは声をあげる。
それはラフランの一件のとき、死霊使いを連れ帰った帽子の少年だった。
「ああ、今日はよく人に会う日だ。確か君は、アルムといったかな?」
「覚えていただいて光栄だ。神食い」
「それは君達が勝手につけた名称だ。僕はそんな名前じゃない」
「んなこたぁどうでもいい。俺から奪った例の石を返してもらおうか!」
「って! ワイは無視かい!」
「…黙ってろ小物」
喚くトトラにアルムの一言。以前より数段殺気のこもった視線はすぐにトトラを黙らせた。
「君の? 違うね。これはあの方のものだ。君が持つ資格はないよ」
「テメェが決めるな。俺は少々気が立ってんだ。なんなら宿主ごと貴様を始末したって構わねぇんだぞ?」
「…だそうだよ。トトラ・キリウ。僕としても殺されるのは嫌だし、君もこの少年を救いたい。一時的でも手を組んだ方が特じゃないかな?」
「お前がそのボウズから出ていけば済む話や」
神食いはため息を吐く。
「全くもってその通りだ。僕はすぐにでも身を引いた方がよさそうだね」
「待て! 石はどこだ!」
アルムが巨大な剣を振り上げ神食いに斬りかかる。
神食いは手の甲でその大剣を受け流し、自分のナイフの切っ先をアルムの喉に押し当てた。
「君のその身体能力。そして全ての武器を扱うセンス。欲しいなぁ」
「クソが!」
「でもまぁ、今ここでどうこうできる訳じゃないし。また次にね」
「逃がさねぇぞ!」
「それでは皆さん。また機会があればお会いしましょう」
アルムの喉にナイフを押し付けたまま、神食いは礼をする。
それを合図に二人の部下達は素早くその場から引き上げ、兎人族の少年は礼をした状態から、そのまま崩れ落ちた。
トトラが倒れた少年に駆け寄る。状態を確かめてみると幸い意識を失っているだけのようだ。
トトラはホッと胸を撫で下ろすと、少年を抱えあげた。
「アルム様」
そこへ遅れて彼の後ろに登場した桃色の毛の猫。
「遅せぇぞ、リグ!」
「申し訳ありません。デスティク様の容態が思わしくなかったもので…」
「っち…、世話のやける野郎だ。神食いに注意しろつったのあいつだろうに」
「しばらく安静にすれば問題ないでしょう。…それで、神食いの方はどうしますか? 追いますか?」
「ならそこの霊能士を連れていけ。他の二人も役に立つだろう」
「は?! なんでワイがお自分らに手を貸さなあかんのや!」
と、トトラは拒否の意思を示すのだが。
「俺達はどのみち奴等を追わなければならないからな。別に構わん」
「そうね。目的は違えど目標は同じみたいだし、利用しない手はないわね」
クアクスとイグナは乗り気であった。
「多数決でそのように決まりました。トロロさん?」
「トトラや! せっかくここまで来たのに、ワイの目的も果たせんで、しかも死霊使いの仲間と一緒に行動とか考えられへんわ!」
「そもそもお前の目的はなんだ?」
クアクスが訪ねる。
「商人の町っちゅうんがあるって聞いたんや。ワイはそこに行きたいだけなんや」
「あの町にか」
浮かない表情でクアクスは呟いた。
「やめときなさい。観光客はカモにされるわよ」
「わかっとる。ワイは買い物しに行くわけやないんや」
「あーダメだダメだ。お前が居ないと奴を追えないだろ」
「それに奴等がお前を諦めたとも限らない」
「貴方のためにも私たちと来る方がいいわ。そうよ。そうに決まってる」
「その通りです。あなたの力が必要です。トロロさん」
「だからトトラだ!」
「トロロだろうがトララだろうがなんだって構わねぇ。お前も行きやがれ!」
「せやから何でお前に指図されんなあかんねん! 大体何様のつもりや?!」
「アーク・アームド・アルム。こいつは神様の証なんだろ?」
服の裾をたくしあげるアルム。彼の右腕には聖印がしっかりと刻まれていた。
「神様やて?」