第43話 形無き攻防
「――――――!! ―――――!!!」
いくら叫んでも声は聞こえなかった。足踏みしても物音ひとつしなかった。静かすぎる。
こんな夜ならばきっと快眠できるに違いない。トトラはそう思った。
敵方には音を消すことができる奴と、幻を見せる奴がいる。そこで身構えている魔術士二人にトトラはそう聞かされていた。光をねじ曲げることができるなら姿を消せる。そして音も消すことができるなら、これはもう完璧にどこに居るか分からない。
音が消えたことを考えるなら、彼らは既に敵の術中にハマっているということだろう。しかし、トトラはその事をあまり悲観的には考えてはいなかった。音はともかく、姿なら彼は確認することができる。魔力を見れば済むのだ。
だが、それはあくまでトトラだけ。戦力となりうる二人にはそれができない。伝えようにも音が消されている今、情報伝達の手段は限られてしまっている。こんな厄介な話はない。
現状から一人だけ生還しても全く意味がないのだ。そもそも、こうして王宮魔術士二人と行動を共にし、先日まんまと敵の術の中に飛び込んでしまっている状態では逃がしてもらえるとも考えられない。何とかして敵を撃退しなければならないのである。
姿が見える自分が相手をするのが一番有効な策ではあるが、何せトトラは戦闘に関してはあまり自信がない。符を使っての戦いはできるものの、ついさっきまで気絶していたので、切らしていた符の補給もしていなかった。何か方法は無いものか。
トトラはとりあえず相手の様子を探ってみることにした。
目を瞑り、また開く。ぼんやりとした光、魔力の世界。
先程までぐるぐると自分達の回りを回っていた線の先端を探す。そこに敵はいるはずだ。
壁、屋根、地面、空、木陰、茂みの中、可能性のある場所全てに注意を向け、目を凝らす。目が疲れるのでトトラは嫌になるが、そうも言っていられない。そもそも言うこと自体できないが…。
そんな甲斐あってかトトラは相手の姿をその視界に捉えることができた。
そこは茂みの中。
確認できた魔力は一人分。もう一人は今は確認できない。とりあえずトトラはその事をマッチョ男に伝えることにした。
クアクスは周囲に注意を払い、いつ何が起きても対応できるよう準備をしていた。
先日この敵と相対した時は、こちらが先に相手を見つけることができたので、姿を消させないように牽制して戦うことができた。しかし、今現在彼らは後手に回っている。音を消され、姿まで消されてしまえば、それは対処のしようがない。打開できそうな人物が王宮魔術士の中には居るが、残念ながらそれは彼でも、はたまたイグナでもなかった。
こんなときに限って必要なものは揃わないものだ。と、クアクスはため息をついた。
そんなとき、視界の端から霊能士の男がやって来る。この男は名をトトラ・キリウといい、あるものを見るためにはるばる東の国からやって来た旅行者だ。あの敵の罠に引き寄せられたのだから、かなりの魔力を秘めているようだが、霊能士である彼にとってはあまり意味がない。彼にとって魔力は見るものであり、行使するものではないからだ。そして彼が使っている紙切れも。イグナの話ではあれは《符術》といい、東の国独特の魔術と言えるものらしい。あの紙に描かれた線、正確には文字のようなものだが、それによって魔術的効果を紙に封じ込め、それを解放して効果を発動させている。ということらしい。
はっきりいって筋脳クアクスにはよく理解できなかったが、要するに魔術なのだろうと解釈した。
クアクスの横に立ち、何かを伝えようとしているトトラだが、クアクスには何がなんだか分からず、ただ首を捻るばかりだった。
しばらく身振り手振りでおかしな踊りをしていたトトラだったが、どうしても伝わらないことに腹がたったのか地団駄を踏み始める。この男は何をしているのかとクアクスはますます頭を傾ける。
そんな時、二人の間にイグナが割って入った。その顔は何かひどく焦っているようで、長く紅い髪を靡かせながら前を見据え口を動かしている。
彼女の掌に炎が出現していた。彼女は魔術を使おうとしているのだ。
炎が収束した手を後ろに振りかぶり、そして前の空間を引っ掻くようにしてその手を振り下ろす。すると三本の炎の斬撃がトトラが敵を見つけた茂みに向かって飛んでいく。
トトラは嬉しそうに頷き、何が起こっているのかようやく理解したクアクスは炎の後を追う。
炎は見事に茂みを切り裂き、露になった茂みの中に向かってクアクスが跳ぶ。が、クアクスは特に何をするでもなくその場に踏み留まった。そして後ろに向き直ると首を横に振る。
敵は既に逃げた後だったようだ。
すぐさまトトラは敵を探す。彼が何を伝えたかったか二人が理解したのなら、もう指先だけで情報を伝えることができる。今後はスピードが求められるのだ。
トトラは動く敵を追うようにして指を動かしていく。それに合わせ、二人が次々と魔術を放っていく。しかし、それではやはり微妙にズレが生じてしまうのか、魔術が逃げ回る敵に当たることはなかった。二人は多量の魔術を放っていたが、流石は王宮魔術士を名乗るだけはあり、自身も動き回っているのにも関わらずまるで息切れをしていない。これならいずれ相手を引っ張り出せるかもしれない。
だが、気になることもあった。それは相手が隠れて逃げているということだ。姿を消すことができるなら、何故物影に隠れる必要があるのか。逃げる敵をその目で追いつつも、もう一人の敵に注意を払っていたトトラ。不振な動きをする魔力もないし、相手は一人なのかもしれない。隠れて行動しているということは、姿を消せていないということ。ただ消していないだけかもしれないが、目の前の相手は音を消す奴という可能性が高い。
それでもトトラはどうしても納得できなかった。何故音を消したのかが。自分達の足跡がばれたと判断したのだろうか。だが、音を消すのでは違和感が生じる。音を消した瞬間、自分が居ますよ、と相手にばれてしまうからである。それならば喧騒に紛れ、通り魔的に攻撃する方がまだ気づかれにくい。こういった行動をするにあたっては、姿を消せる方が明らかに有効なのである。そしてもうひとつ。今逃げ回っている敵。そいつはまるで反撃してくる様子はない。クアクスとイグナの攻撃が激しいこともあるが、距離をとって逃げることもせず、かといって何か仕掛けてくるわけでもない。ただ逃げ回っているだけの相手に不信感を抱く。
敵を指差しながらそんな事を考えていたトトラは、ふとある可能性に行き着いた。
罠。つまりあれが囮である可能性だ。片方が相手の注意を引き、もう片方が目的を成す。単純だが効果的な方法であるし、様々な場面でその方法は用いられている。特に、相手が油断しているときほど有効である。
今、自分達は油断しているのだろうか。
トトラはふいに目の前の敵から視線を外した。クアクスとイグナは目標を見失い立ち止まり、何事かとその視線をトトラに向ける。
音は聞こえなかった。
身体の向きを変えたのが幸いだったのだろう。トトラの足に一瞬痛みが走る。何か重いものが踏み越えていったような。そんな痛み。
何がと、考える前にトトラの身体はその何かを突き飛ばしていた。
地面に舞う小さな砂ぼこり。
トトラはすぐさまその何かを踏みつけた。
ああ、なんという強運か。間一髪のところで彼は見えざる敵の攻撃を避け、捕らえてしまったのである。
「捕まえたのか!?」
突然音が戻った。
そう、音が戻ったのだ。
「違う! こいつは音を消してた奴よ! もう一匹の方が危険! そっちを捕まえないと! 縛り上げないと!」
「おっさん! こいつ押さえとってや!」
「お、おっさん?!」
おっさんと呼ばれたクアクスは驚き目を丸くする。彼はこれでも齢二十八才である。
「それは言ってはいけないなキリウ。大体俺は…」
「筋肉達磨の話は聞き流してもう一人を探して! 見つけて!」
「言われなくてもしとるわ!」
「お前らな…」
不満そうなクアクスは捨て置き、トトラは再び目を凝らす。先程まで追っていた魔力を探さなければ。
それは木の中に隠れていた。
「その木の中や!」
「分かったわ!」
イグナが炎を携え走る。
その様子に気が付いたそいつは素早く別の場所に移動する。見えないというのはやはり不利なのか。イグナの攻撃は空を切った。
「次!」
「そのまま左。屋根の上や!」
これでもトトラは相手の動きをある程度予測しているのだ。しかし、それで稼げる時間は一秒に満たない。敵を仕留めたいのであればその僅かな時間の間に攻撃を加えるしかない。
舌打ちしながらイグナは敵を追う。明らかに彼女は苛立ってきていた。攻撃も雑になり、繊細さも欠けている。
「イグナ。殺さないギリギリまでならありだ!」
そんな様子を見てクアクスが声をあげた。
「面倒くさいけど分かりやすいわ! 次!」
「後方左下! その店の看板前や!」
「殺さない程度ね!」
イグナが向きを変える。
『獄炎、熱波、烈火』
イグナは詠唱し、トトラが言った場所に狙いを定めた。正確な位置まではわからない。しかし、彼女が次に使う魔術は相手の位置など大した問題にはならないのだ。
『クリムゾンロード!』
目にも止まらぬ早さ。いや、始点と終点、それ以外は誰にも見えなかっただろう。イグナの身体はまるでテレポートしたかのように、一瞬で屋根から地面へ移動していた。
岩盤が砕けるような音が響き、地面から空を貫かんばかりの火柱が上がった。それは周囲の建物を巻き込む程の火力である。
「ちょ、ちょ! 町に被害出したらあかんやん!」
「だから俺が居るんだ」
慌てるトトラにクアクスが落ち着いた様子で答えた。
「は、はぁ?」
トトラが首を傾げている間に火柱は消え、その中からイグナと倒れ伏した男、そして無傷の建物が現れた。
「ある程度は俺が相殺した。あの馬鹿な火力を抑えるが俺の役目でもあるんだ」
「なるほどな」
強力な炎を調節するための水。それがクアクスだった。
「自分、頭はよくなさそうやのにようやるな」
「言いたいことは山ほどあるが、後でまとめて伝えることにしよう。とりあえず今はこいつらから情報を引き出す」
クアクスは足元でもがいている奴の腕を掴んだ。




