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第40話 熱と冷と

四月に入ると忙しくなるので、更新が今以上に不定期になると思います…。

長く間が空くことがあるかもしれませんが、やめるつもりはありませんので、今後もお付き合いいただければ幸いです。

 その部屋はきれいに清掃されている。だが、空気が乾いているせいなのか、トトラはなんだか喉や鼻の調子が思わしくなかった。

「くつろげていますか?」

 と、部屋を訪ねてくる兎人族の少年。

「15点くらいやな」

 商売に関して、トトラは少々キツいものの見方をする。しかし、それは緩い言い回しで伝えた。相手は子供だし、キツく言ったところで今すぐどうこうできる問題ではない。それに、何より、ここの女将、つまりは少年の母親が美人だったというのが大きな理由でもある。

「そうですか…」

 そんな言葉でも心挫かれたのか、少年はがっくりと肩を落とした。

「実は、宿屋はつい先日始めたばかりで、お兄さんがはじめてのお客様なんです」

「ほお、なんや得したような損したような…」

「でも食事はなんとかいい点もらえるようにします! 母さん、料理は得意なので!」

「そりゃ楽しみやな!」

「任せてください!」

 自分が料理を作るわけでもないのに少年は自分の胸をどんと叩いた。トトラはその姿を微笑ましげに見つめた後立ち上がる。

「そんじゃ、ワイちょっと外に出てくるわ。旅に備えて品も揃えとかんとな」

「わかりました。お気をつけていってらっしゃいませ」




 少年に見送られ、トトラはルコペッテの町へ繰り出した。セイスト地方はリスタニア王国の南に位置する。気候は暖かく、比較的過ごしやすい地方なのだが、このルコペッテの町はどうも乾燥しすぎていた。砂埃は舞っているし、地面も乾いてひび割れている箇所がある。幸い干ばつ等が起こっている様子はないのだか、しばらく日照りが続けばあるいはあるのかもしれない。

 と、憶測を巡らせたものの、明日には旅立つトトラにとっては関係のない話だった。今夜から明日の朝にかけて自分に不便がなければそれでいい。第一、気候を操るような力は彼に無いのだ。魔力の流れを見て、除霊をして、ちょっと戦って。それが彼の実力である。

「しかし、なんや暑いなぁ…」

 彼は町の西側へ続く通りを歩いていたのだが、歩を進めるほど周囲の熱気が増してくる。まるで自分が太陽に向かって歩いているようだ。

 太陽を見上げてみたが、陽の高度が変わるわけがなく、いつも通りの高さで当たり前のようにギラギラと大地に照りつけていた。

 そんな太陽を見ていると、不意に目眩に襲われる。トトラは太陽から視線を外すと、適当な建物を探し、その扉を開く。流石にこの熱気は異常だと、彼は近くの店に逃げ込むことにしたのだった。

 しかし、看板こそ掲げてあったものの、その建物は廃墟だった。幾つかの朽ちたテーブルや椅子。建物の奥にはカウンターがあった。昔は酒場だったのだろうか、カウンターの裏には割れた、もしくは埃を被った酒瓶が転がっていた。天井は一部が抜け、ガラスの嵌め込まれていないその天窓からは、外からの陽射しが差し込み、店内を薄明かるく照らしていた。

「お、なんやここは涼しいな」

 ひんやりとした空気が心地よく肌を刺す。

「…いや、冷えすぎとちゃうか…? 寒っ!!」

 外はあれほど暑かったというのに、まるで氷の上に立っているような寒さだった。

 扉を開けて外を確認するが、そこはやはり汗が滴るような暑さだ。訳がわからないといった風にトトラは首を傾げた。

 暑いにしろ寒いにしろ、どちらも耐えられるものではなかったのだ。熱気と寒気の間に立ち、トトラは思考を巡らせる。

 夏と冬が同時にやって来たようなこの状況。どう考えてもおかしい。だがどうしておかしなことになっているのかが分からない。

「ちょっと見てみよか…」

 トトラは一度瞳を閉じる。

 ここしばらく平和だったので、魔力を見ることをしていなかった。トトラもずっと霊を見たり、魔力を見たりしているわけではない。小さい頃からの修練によって、スイッチのオンオフができるのだ。

「………」

 数秒後、彼が再び目を開くと、そこには奇妙な光景が広がっていた。

 素早く動く四つのぼんやりとした緑色の影、現れては消えて行く靡くように動く影、そしてさっきまで見ていた景色とは違う地形。

「なんや…?」

 スイッチを一度切る。先程までの光景は消え、また異常に冷えた部屋と、異常に暑い通りとの間に立っていた。

 トトラは頭を振る。何かが起きているのは分かった。しかしやはり、何が起きているのかは分からなかった。

 スイッチを入れる。すると、あの忙しなく動く影達が視界に映った。状況を推測するために、それらをよくよく観察する。

 まず、素早く動く四つの影。あれが靡く影を出す…、というよりも、その勢いならば飛ばすと言った方がいいのかもしれない。自然が発する魔力、つまり地形は今見ているものの方が正しいはずだ。その地形を蹴るようにして動いている影は、動物、怪物、人。なびく影が魔術だと推測するなら、四つの影は人。魔術を駆使して戦っているのだ。特定の影を狙わないということは、二対二のタッグマッチか…。熱気と寒気があるということは、水の魔術の使い手と、火の魔術の使い手が居る可能性が高い。

 残るは景色の変化についてだが。

「さっきまでの推測があっとるんなら、あの四人の中に陽の魔術の使い手が居る、ちゅうことやな」

 光を屈折させ、目の前にある景色とは違う景色を見せることができるのだ。

 とすると戦闘の音がしないという新たな謎が浮上してくる。近くでどんぱちしているというのに全くの無音なのだ。しかし、こればかりは彼も推測のしようがなかった。

 それならば。

「触らぬ神に祟り無しやで…」

 トトラはそそくさと、その場から逃げ帰ったのだった。


 宿屋まで戻ってくると、トトラは料理の準備をしていた少年をつかまえ、この町の西側について尋ねてみると。

「西側は何もない平原ですよ」

 そんなところで買い物できるんですか?と、小首を傾げる少年に、トトラは苦笑でこたえたのだった。

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