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第37話 落下物

 レプスンは愛する妻と二人、紅茶を啜っていた。安物でありながら、程よい口当たりと香り。二人は大層それが気に入っていた。

 午後の緩やかなひととき。それは久しく耳にしなかった快音とともに一時中断せざるを得なかった。

「何かしら?」

 妻はカップを置き、レプスンに尋ねた。

「懐かしい音だったね。昔はよく聞いていたような気がするよ。ニーナはどうだい?」

「確かにそんな気がするわね。見に行ってくるわ」

「僕も行こう」

 二人は立ち上がり、音がしたと思われる庭の方へ足を運ぶ。足は不思議なまでに勝手に、そして自然にその場所へ向かっていた。

 建物を出るため扉を開ける。お世辞にも大きな庭とは言えないが、手入れの行き届いた綺麗な庭であった。その庭の一画に花壇があるのだが、その花壇のど真ん中に、不自然なV字型のオブジェが置いてあった。

「あんなものあったかしら?」

 ニーナは不審なオブジェを見て眉を潜めた。

「でもなんだか見ていて和むとは思わないかい?」

 レプスンがそう言うと、ニーナの頬が緩んだ。

「そうね。いつかはこれが当たり前だったような気がするわ」

「ウェストールが出ていく前はよくあったね」

「…ああ、ウェストール、今はどうしているのかしら…」

「お前ら、分かっててやってるだろ」

 V字型のオブジェがそんな声を出した。






 ウェスは泥ですっかり汚れてしまった上着を脱ぎ捨て、衣装箪笥の中を探ってみた。家を出た当時のままの衣服が仕舞ってあった。着られないというわけではないが、少々きつめのそれらを身に纏い、自室を出て居間へと向かった。

 そこには彼の両親が座っていた。

 白髪混じりの髪の毛にくわえ煙草。腕を組んで座っているが、あまり威厳を出せていないその男。ウェスの父であり、かつては世界を旅した魔術士のトレジャーハンター。レプスン・ウルハインド。

 その隣に静かに腰かけている少しふくよかな女性はニーナ・ウルハインド。ウェスの母親であり、類い稀なる魔術の才能を持った魔術士。

 その二人が、息子であるウェスをじっと見つめていた。

「言うことはあるかい?」

 レプスンが呟いた。

「別に」

 ウェスは素っ気なく答える。

「そうか。まあ、僕らは君の元気な顔が見られただけで十分さ」

 勝手に家を出たことを咎めるでもなく、レプスンは笑った。煙草の灰を落としながら煙を吐き出す。ニーナはその隣で煙草の煙が自分の所に来ないようにぱたぱたと手で扇いでいた。それに気づいたレプスンは苦笑し、煙草を灰皿にぐりぐりと押し付けた。

「ウェストール、その首の…」

「誰にも話してない」

 母親の言葉を先回りしてウェスが潰す。

「さあさあ、そういった話はよそう。せっかくウェストールが帰ってきたんだ。ニーナ、今日はご馳走なんだろう?」

 険悪なムードを察したのか、レプスンは話題をすり替える。ニーナは一瞬きょとんとしていたが、せっかくの日に合わない話題だったと反省し、笑顔作って「もちろんよ」と答えて立ち上がり、台所へと消えていった。

 それを見送ったレプスンは口を開く。

「飛んで帰ってきたくらいだ。リリアに会ったんだろう?」

「ああ」

「小さい頃はあの子の魔術の練習に付き合ってくれたね」

「ああ」

「それが失敗ばかりで、今日のように君は花壇によく頭から突っ込んでいたね」

「ああ」

「まさか、今になって失敗したのかい?」

「あれはわざとだろ」

 真顔で即答する。

「ふふ、あの子も王宮魔術士なんかになって…。まったくわからんもんだね」

「うち一番の出世頭だ」

「君はどうだい?」

「うち一番の出来損ないだろ」

「そんなことを言わないでくれ。君は君のやりたいことを見つけた。だからあの日、出ていったのだろう?」

「さあな。やりたいことがあったのか、ただ逃げ出しただけなのか」

「逃げることも選択のひとつだよ。戦場なんかではそれも立派な戦法なんだからね」

「ここは戦場かよ」

「親と子。そして僕とニーナとのね」

「まだ喧嘩するのか?」

「最近はめっきり減ったよ。ニーナには口で勝てないから僕の方が一歩引いてるんだけどね」

「怒ったりしないのか?」

「さっき言った通り。君の元気な姿を見られただけで僕は十分だよ。まあ、ニーナは言いたいことがあるみたいだし、そのときは甘んじて受けなさい」

「…あんたより母さんの方が恐いよ」

「女に弱い。要らないところが僕に似たね」

「もっと別の遺伝子がほしかったよ」

「自分の子だと実感できて僕は嬉しいがね。まあ、ゆっくりしていきなさい」

「言われなくても暫くは居るさ」

「ほお? 意外だね。すぐに出ていくものだと思ってたよ」

「用があるんだよ」

「兄さん!!」

 居間の扉が勢いよく開いてリリアが入ってきた。

「リリア、もう少し静かにしなさい」

「すみませんお父さん。兄さんが来てなかったらどうしようかと心配で…」

「埋めておいてそれはないだろ」

「埋めて…? もしかして失敗しました?」

「わざとでなければ見事な失敗だね」

「す、すみません…。ちょっと調節を誤ったみたいで…」

「慣れてるから構わんさ。まあ、久しぶりだったから首をやりかけたがな…」

「ほ、本当にすみません!」

 ぺこぺこ頭を下げるリリア。その後ろから、少し遠慮がちな表情でクルリが顔を覗かせていた。

 それに気付いたレプスンは珍しげに彼女を見ていた。子供達がすっかり成長してしまってからというもの、この家に小さな客人が訪れるということはなくなっていたのだ。

「そちらは?」

 レプスンが尋ねると皆の視線がクルリへと向いた。

「クルリです。魔術士やってます」

 ウェスは簡単に経緯を説明した。勿論、神様がどうのという話は省いてだが。

「それはそれは。うちの息子が世話になっているようで」

 クルリはウェスとレプスンを交互に見て、不思議そうに呟いた。

「全然似てないね」

「そうかい?」

「ウェスがあんなだから、お父さんも怖い人かと思ってたけど…」

「怖いのは母さんだ」

「兄さんもお父さんも、お母さんには頭が上がらないんですよ」

「リリア、帰ったのなら少し手伝ってちょうだい」

 奥からニーナの声がする。

 リリアが苦笑いして台所へ向かっていった。

「あいつも母さんには敵わないんだ」

 どうもこの一家の頂点は母親であるようだ。

 クルリはこの家の勢力図を頭に描きながら、ウェス達の話に加わった。そしてこれまでの出来事を話すウェスに横からちょくちょく口出ししながら、家族の他愛の無い会話を楽しむのだった。

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