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第36話 そのまま動くな

今日は風が強かったです。春二番くらいかなぁ

「では、今日はあまり時間もありませんし、基本的なことからいきましょう」

「今日は?」

「一朝一夕で強くはなれませんの。しばらくここに通いなさいな。王宮魔術士も居ることですし、得るものは多いはずですわ」

「そうか…」

「それでは、この鍵をとってこの部屋を出る。それが今日の課題ですわ」

 フォトナがテーブルの上に小さな鍵を置いた。それは先ほど彼女が見せた鍵だった。

「そんなことでいいのか?」

「ええ」

 ウェスは不思議に思いつつも鍵に手をのばす。しかし、伸ばした手は鍵に触れたものの、何故かそれを掴むことができない。触っているのに触っていないような、不思議な感覚が彼の手に伝わってくる。テーブルを叩いても、傾けてみても、何をしても鍵はその場所から動くことはなかった。

「視認できても触れられない、護り専用の結界ですの。結界を破るには、普通ならそれ以上の力をぶつけるか、術者がそれを解くか、あとは魔術の逆算をするかですわ」

「魔術の知識はほぼ持ち合わせちゃいないんだが」

 そもそも一度も使ったことがない。

「構いませんわ。魔術は関係無いことですもの」

「じゃあどうすればいいんだ」

「貴方の特性を利用しますの」

「特性?」

「フェイリアの特性ですわ」

「利用たってな…」

 つい先程得たばかりの情報でどうこうできるものでもない。

「ほら、もう一度やってみなさいな」

 言われるままに鍵に手を伸ばす。

 すると、かちりと音がした。それと同時に鍵に触れた感触が手に感じられた。しかし、それは一瞬で、鍵を掴むまでには至らなかった。

 ウェスは不思議そうに自分の手のひらを眺めていた。

「どういうことだ?」

「フェイリアには魔力がありませんの。それ故にその体は異常なまでに魔力に焦がれていますの」

「お前が結界を解いた、ってことは…」

 手のひらからフォトナに目を移すと、彼女は睨むようにしてウェスを見ていた。

「…なさそうだな」

「フェイリアは魔力に焦がれるがゆえ、魔力を吸収しますの。それを溜めることはできませんが…、吸収する量を調節できるようになればあなたに対して魔術は無意味となりますわ」

「魔術を無効化か…」

 どこかの剣みたいだ。

「さ、ちゃんと鍵を取ってここを出ていきなさいな」






 ***






「そのまま動くな」

「な、何するのウェス?」

 基本は大体わかったが、はたして魔法石によって強化されたクルリの魔術に太刀打ちできるのか。ウェスは一瞬躊躇った。しかし、ここは王都。魔術で街を破壊したとあっては、とんでもなく面倒なことになる。それはなんとしても避けたい。

 ウェスは魔術に炎に向かって走った。そして意を決し、魔術に飛び込んだ。

「ウェス!?」

 その光景を見たクルリは取り乱して叫んだ。

 炎が揺らぐ。

「慌てるな! そのまま保て!」

 炎の中から声がした。

 炎の中にいるウェスは不思議な気分だった。飛び込んだ瞬間こそ、熱を、むしろ痛みを感じたのだが、それはすぐに無くなった。程よい熱に包まれ、ゆらゆら揺らめく暖かい水の中にいるような。落ち着くような。そんなものが体に染み渡る。不快で不思議で心地いい。

 それが、彼がはじめて感じた魔力であり、自分に魔力が無いとはじめて実感した瞬間でもあった。






 炎が消えたあと、そこに立っていたウェスの背中はは少し不気味で、怪しくて、それでいて頼もしげで、心強くて。なのにとても不快で恐ろしい。頭の奥に何か引っ掛かって、見たくないのに目を離せない。

 クルリは呆然とその姿を眺めていた。

「ふう、なんとかなったな…」

 ウェスが安心したように呟いた。振り向いて笑ったその顔は、先程の印象と異なり、いつもの…、クルリのよく知る彼の姿だった。

 クルリはハッとして頭を振り、今見た光景について整理をしようと試みる。

「なにしたの?!」

「占いの神様に教わった。魔力を消す…、と言うよりはむしろ吸収することだな」

「魔力を吸収…?」

「まだ慣れないところはあるが、足りない分はこいつが補ってくれた」

 剣をひと振りした後、ウェスはそれを鞘に納める。

 魔力を吸収。

 どこかで聞いたような言葉をクルリは頭の中で反芻させた。やはり知っている。なのにやはり思い出せない。これは自分の記憶なのだろうか。どうせならもっと楽しい記憶から蘇ってくればいいのに。この記憶の欠片らしきものは彼女をとても不快な気分に陥れるものだった。

「早くここを離れるぞ。あの規模なら見ていた奴が居るかもしれないからな」

 厄介事は御免だと言わんばかりにウェスはクルリを急かした。

「あ」

 クルリの手を引いて、ウェスは早々にこの場所から逃げ出す。

 このときウェスは色々口にしていたが、その殆どはクルリの耳に届いていなかった。初めて手に入った記憶の手がかりにひとりずっと探りを入れていたのだ。記憶の手がかりは嬉しいことではあるが、この手がかりでは素直に喜べず、もし以前の自分が、許せないようなことをしていたらどうしようと、その不安ばかりが頭を右往左往しているのだった。

「ここまで来れば平気だろう」

 次にクルリが我に返ったのはウェスがそう言ったときだった。

 そこはどこかの通りで、沢山の種族が行き交っていた。ぴんと立った耳をしている者、ふさふさの尻尾がある者、角を生やした者、そして見慣れた姿の者。

「おおーっ!」

 そんな奇妙な光景を見てクルリの憂いはどこへやら。感嘆の声をもらしたのだった。

「なんだそんな声を出して」

「人にもこんなに種類があったんだ!」

「ああそうか、お前にとっちゃ珍しい光景だもんな」

 犬人族、猫人族と見てきたが、これだけの種類を一度に見ると、なんだかクルリは楽しくなってきたのだ。

「よし行こう!」

 ウェスの腕を引き、クルリは人混みの中を走る。

「行くって何処へだ?」

「どこでもいいよ! ラブホでも!」

「ひ、人混みの中で何を言い出すんだ!!」

 ヒソヒソと話している奥様方の姿が見える。見た目ではどう考えてもカップルには見えないのだ。せいぜい年の離れた兄妹が限度である。

「なはは、ウェスってばヘンタイ!」

「誰のせいで変態にされそうになってると思ってるんだ!」

「なはは、…で、どこ行こう?」

「実家です!」

 クルリとウェスはピタリと足を止めた。その声は真上から聞こえたのだ。

 緩やかな風が吹き、彼女は地面に降り立った。

 実妹の突然の登場である。

「巨大な炎が上がったと連絡があったので調査に来たのですが、そこで見慣れた姿を見かけたので追いかけさせてもらいました」

「リリアさん、着替えたの?」

 リリアの姿は例のドレス姿ではなく、うって変わって落ち着いた服装であった。

「スカートで飛べませんから」

「丸見えだもんな」

 リリアは顔を赤くして、スカートではないが服の裾を押さえた。

「に、兄さん! そんなこと平然と言わないでください! 変態です!」

「汚名は返上できそうにないな…」

 ウェスは肩を竦める。

 リリアは一度咳払いをし、気を取り直す。

「別に帰れとは言いませんが、日の高いうちに一度実家へ寄ってください!」

「しかしな…」

「まだ渋るつもりですか?! いいんですよ? 私がさっき見たことをありのままに上に報告しても!」

 ウェスの顔が引き吊った。

「お、脅しかよ」

「脅しですよ!」

「俺には俺のペースがあってだな…」

「兄さんのペースは気まぐれすぎます!」

 ぎゃーぎゃーと兄妹喧嘩する二人を、クルリは苦笑して見ていた。そして少し羨ましいと思った。ウェスとは一年の付き合いだが、やはりそれでも他人なのだ。そう考えるとすこし寂しい思いがした。

 いつの間にか兄妹喧嘩を見守る野次馬達が集まっていた。話している内容はそれぞれで、やれ変態が捕まっただとか、修羅場だとか、好き勝手言い放題である。

「どうしても行かないんでしたら私にも考えがあります…」

 リリアはウェスに向かって掌を翳した。

 するとウェスの勢いはあっという間に衰える。どこか脅えた様子でリリアを説得しようと試みていた。

「ま、まて! 話せばわかる!」

「話してわからないから強行手段をとらざるを得ないんです」

 彼女の目は本気だった。

『便りは風に乗り運ばれる。いかなる邪魔があろうとも…』

 魔術の詠唱。

「まて! やめっ!?」

『フォローウィンド!』

 リリアが叫ぶと同時に、ウェスの足元に風が集まり出す。そしてそれは、一気に突き上げ、上昇気流を作り出してウェスを空高く吹き飛ばした。

「ろおぉぉぉぉ……――!!」

 人を飛ばすほどの風を起こしたにも関わらず、周りに何も被害が無いのは彼女の魔力コントロールが為せる業だろう。

「ウェスー!」

 空を見上げクルリが叫んだが、彼の耳には届かず虚しく空にこだまするだけだった。

「さあ、クルリさん行きましょうか?」

 唖然としていたクルリにリリアが話しかけた。

「ど、どこへ?」

 心なしか脅えた様子でクルリは尋ねた。

「私達の実家です」

 リリアは晴々とした笑顔で答えた。

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