第3話 塔の下
更新間隔が細かいのはきっと最初だけです…
帰らずの塔。
いつからそこにあるのか誰も知らない塔。その塔は、雲の上まで伸びており、世界を見渡すことができる。その高さと迷路のような内装、そして数々の罠。入った者を帰さないような構造だ。故にその塔は帰らずの塔と呼ばれた。だがそれは大昔の話。雨風に吹かれ、数々の争いに巻き込まれ、今では僅か地上三階しか残っておらず、かつての悠然なる姿は見る影もない。
「…どこが帰らずの塔?」
塔の前のベンチに腰かけていたクルリは《帰らずの塔観光案内》のパンフレットをゴミ箱に捨てた。
「城壁跡と大差無いな」
ウェスはクルリの隣に腰掛け、かつて雲の上まで伸びていたといわれる塔を見上げた。といっても、見上げるほどの高さもないのですぐに青空が視界に入る。
「すっかり観光地だな」
「うん」
出店に、お土産屋に、お洒落な宿屋。塔の周囲は街になっていた。歴史的建造物をネタに栄えた街ラフラン。にぎやかな町だった。
「こんな所で幽霊騒動か。俺が幽霊ならこんな生気の満ち溢れた場所には居られないがな」
「うん」
「まぁ、受けた以上やることはやるさ」
「うん」
「…おいクルリ」
「うん」
「いつクレープを買ったんだ?」
「うん」
「はぁ、お前はまったく…」
「うん」
ウェスは頭を抱え込んだ。クルリに小遣いを与えてもすぐ胃に消えてしまう。小遣いは与えるべきではないのだろうか。そう思いつつも小遣いを与えてしまうのは、腹を空かせたクルリは手に追えないからだ。
クレープを口いっぱいに頬張るクルリ。食べている時の彼女に何を話しても話し半分になってしまう。ウェスはクルリが食べ終わるまで待つことにした。
そこへ恰幅のいい男がやって来る。
「兄さん、そのマフラー端っこが傷んでるよ。そんなあなたにいいマフラーがあるんですよ」
「いらない」
「あー、きめ細かい綺麗なマフラーですからね、手放したくないのは分かりますが、これを期に買い換えてみてはいかがでしょう。そちらを下取りしてこっちの新しいのをなんと破格の50Rでお売りしますよ。ほらほら」
「いらない」
「強引ですね。それなら45Rまでまけて…」
「いらないってのが聞こえないのか?」
ウェスは剣の柄に手を触れた。
「ああ、ああ、もう野蛮な人ですね」
男は恨めしそうにウェスを見つめると、たじたじとした様子で退散していった。あの男がそうだとは言わないが、賑わいに乗じて良からぬ商売をするものはどこにでもいるものだ。
「お兄さん、風船いらない? 無料で配ってるんだけど」
今度話しかけてきたのは赤いエプロンドレスの少女だった。クルリと同じくらいの大きさの少女だ。カラフルな風船が幾つもその手に握られており、観光客に配って回っているようだ。
「俺より隣のクレープ食ってる奴にやってくれ」
「妹さんは快く受け取ってくれました」
「……妹?」
彼の隣を見ると風船を持ちながらにこにこしているクルリがいた。いつの間にかクレープは食べ終わっていたようだ。
「兄妹では…、ないんですか?」
「ああ」
実のところクルリは年齢不詳なのだ。神様は長命とされているので、見た目通りかもしれなし、実際はウェスより歳上かもしれない。
「そ、そうなんですか! すみませんでした!」
少女は慌てて頭を下げた。
「私そんなに子供じゃないんだけど」
妹と言われたクルリは不機嫌そうに腕を組んだ。
「風船貰ってにこにこしてた奴が言う台詞か」
「い、いいでしょ!」
クルリはますます不機嫌になってしまった。ムスッと頬を膨らます。すぐムキになるところも子供っぽいのだが、当人は気付いていないようだ。
「あの、風船…」
申し訳なさそうに風船の少女は口を開いた。
「ああ、一つ貰っておくよ」
「ありがとうございました!」
少女は風船を手渡すとどこかへ行ってしまった。
「ウェスも子供だねぇ」
クルリはここぞとばかりに反撃する。
「言ってろ。…しかし、ここに座っていたら次々と商売の標的にされそうだ。移動しよう」
「依頼はどうするの? 幽霊騒動っていってたのに、まるでそんな気配無いんだけど」
塔の周辺は見物客や商人や警備員など、常に人がごった返している。
「ああ。幽霊が出るっていうのにこんなに人が集まるものか?」
「依頼が嘘だったとか?」
「だったらあの金の意味が無い」
「街の人なら幽霊のこと何か知ってるんじゃない?」
「…そうだな、それが一番いいか」
ラフランの街はそれほど大きい街ではない。聞き込みもすぐ終わるだろう。
そのはずだったのだが…。彼らは既に何者かの術中にはまっていたのだった。
どうもクルリの様子がおかしい。あっちにフラフラこっちにフラフラと足取りがおぼつかない様子だ。
「なにフラフラ歩いてるんだ」
「ふ、風船に引っ張られて…」
「あれだけ食べるくせに風に流されるのか? いい体質だな、っとと」
そう言うウェスも何か強い力に腕が引っ張られるのを感じた。
「ほら、ウェスだってフラフラしてるじゃない!」
「この風船、離れない」
手を放してもその風船はどこへも飛ぶこともなく手に引っ付いている。風船が腕を引く力はとても強く、ウェスが踏ん張ってもまるで対抗できなかった。クルリなら尚更難しいだろう。身体は何処かへグイグイと引かれていく。
「剣で糸を切ってよ!」
「いや、このままにしよう」
「どうして?!」
「依頼主がわかるかもな」