第35話 王都を歩く
気まぐれ二話更新!
一話にのつもりでしたが、思ったより筆(?)が進んだので分けてみました
「暫く王都に滞在することになった」
お説教とお仕置きが終わった後、ウェスがそんなことを言った。
「そうなの? もしかして神様に会えなかった?」
「いや、会えたんだが、また足を運ぶはめになったんだ」
「どういうこと?」
「何でも、強くなれる秘訣を教えてくれるそうだ」
「強くなる?」
「今の俺じゃ、お前を無事に記憶まで辿り着かせることが出来ないんだとさ」
「なはは、確かにウェスって言うほど強くないもんね」
ここぞとばかりにクルリはお仕置きの反撃をする。
「それは重々承知してる」
ウェスはそれを重く受け止めた上で、軽く流した。
「それよりお前、何ともないか?」
「え? なんで?」
「剣に触っただろ? 魔力を斬ったりする関係だと思うんだが、俺以外が触ると何故か皆気分を悪くしていたんだ」
「特になんともないけど…。ウェスこそいつも触ってるけど平気なの?」
「ああ、俺はい…」
ウェスは口を噤んだ。
「なに?」
「いや、それはまたゆっくりと話す」
首の辺りを擦りながらウェスは答えた。
「兎に角、そんな理由で触るなと言っていたわけなんだが?」
「そ、それはちゃんと謝ったからもういいでしょ!」
「まあ、そんなに元気なら大丈夫なんだろう。でも言いつけは守れ。今回は偶々運が良かっただけかもしれないからな」
「はーい」
反省しているのかいないのか判らないような返事でクルリは応えた。それはいつものことなのでウェスも気に止めなかった。
「それよりお腹すいたー」
「なんだ、食べなかったのか?」
「食べる場所わかんなかったし」
「宿屋に食堂があったはずだぞ」
「そんなの知らないもん」
「…そうか。ま、俺も食べてないし、それじゃあ散策ついでにどこかで食べるか」
「賛成!」
二人は支度をして街へと繰り出した。
ウェスにとっては久々の帰郷である。しかし、彼がここを出てから既に十年近い年月が過ぎているのだ。時代も街並みも変わり、故郷であるにも関わらず、まるで知らない街に来たような、そんな錯覚さえ覚える。それでも、名残というものはどこかしらにあるもので、ウェスは帰ってきたということを実感していた。
だが、彼にとって帰郷という行動は、少なからず憂鬱を覚えることであった。今のところ彼女には何も言われていないが、次顔を会わせればリリアは確実に家に顔を出せと言うだろう。本来なら尻尾を巻いて逃げ出すところなのだが、今回は例の神様の件でしばらく滞在しなければならない。今後の行動、そしてクルリのこと考えるのならば、自分が諦めるのは当然だった。
「あそこにしようよ」
歩いているとクルリがそう言った。彼女が指差したのは小さな飲食店だ。
特に断る理由もないのでウェスは頷き、その店に入ることを決める。しかし、入ってすぐに止めておけば良かったと思うことになった。
「お客さん、お金がないってのはどういうことですか?」
「さあ、どうしてなんでしょう? 確かにポケットに入れておいたはずなんですけど…」
「困りますよ、うちはタダ飯食わしてるわけじゃないですから」
「お母さん、やっぱりあの変な女の人だよ。あの人とぶつかったときに…」
「こらアレッサ! すぐに人を疑ってはいけません!」
「で、でも…」
ウェスは頭痛がする思いだった。昨日の今日でトラブルに巻き込まれている母娘。もうそういう星の下に生まれているとしか思えない。それはあの母親だけだろうが、巻き込まれる娘も娘で大変そうである。
「クルリ、ちょっと待ってろ…」
「ウェス?」
「知り合いだ」
クエスチョンマークを頭に乗せているクルリを置いて、ウェスはトラブルの現場に赴く。
「いくらだ?」
「なんだいあんたは?」
店長と思われる小太りの男は優しそうだが、ほとほと困り果てた顔をしていた。
「あ、あなたは!」
「知り合いなんだ。この人たちのお代は俺が払うよ」
「そ、そうですか? それなら別に構わないですが」
ウェスが代わりに支払いをすると、男は安堵の表情で店の奥に消えていった。
「またまた助けていただいてありがとうございます」
娘が深々と礼をする。
「いいんだ、アレッサ。臨時収入も入ったしな」
「本当にありがとうございました」
「奥さんはもう少し疑うことをした方がいいと思いますが。お人好しすぎですよ」
「はい、よく言われます」
と、笑顔で答える。
直す気はないようだ。
「っと、立ち話もなんですし、座りませんか? ちょっと気になる話もあったので…」
二人を引き連れウェスはクルリのところへ戻ってきた。クルリは既に席に座り、ちょうど料理の注文を済ませたところだった。
「誰?」
出されたお冷やを口に運びながら、クルリが冷やかな視線を向ける。
「話したろ? あの賞金首に襲われていた人だ」
母娘はペコリと礼をする。
「こいつはクルリ、一緒に賞金稼ぎをしている仲間です」
「いつもと話し方違うね」
「そりゃ礼儀だからな」
「私には?」
「は? なんかよく突っかかるな。何が気に食わないんだ?」
「別にー」
ウェスはとりあえず、ムスッとしているクルリは捨て置き母娘と話をする。
「さっきの話の中で気になることがあったので、少し聞かせてほしいんですが」
「はあ、なんでしょう?」
「ぶつかった変な女というのはもしかして、桃色の髪の猫人族ではないですか?」
「そうだよ。にょろんてしっぽが出てたし、お耳も頭から生えてたよ」
アレッサが答えた。
「やっぱり…」
母娘がそろって首を傾げる。性格はずいぶん違うようだが、二人のその様はとてもそっくりで、やはり親子なのだなと思えた。
「俺もつい先日そいつに財布を盗まれたばかりでね。王都に来るとき列車の中で見かけたからもしかしてと思ったんです」
手口から考えても犯人が彼女である可能性は高い。しかし、犯人の目星がついてもこの広い王都の中、あの身軽な盗賊を追い詰めるのは至難の技だろう。
「俺も見掛けたらなんとかしてみますが、役所に届け出るのが正解でしょう」
「いえ、幸い財布には大した金額も入ってませんでしたし、今特別お金が必要というわけでもありませんから。態々お役所さんの仕事を増やすほどでも」
「そう言ってもですね…」
「ほんの20Rしか入ってませんでしたし」
「ちょ…」
ウェスが払った代金は57R。錬金術でも使わない限り絶対的に足りない。
この母親は、お人好しとかそういうレベルではなくて、もっと上の存在のようである。しかも本人は気付いていない。娘がしっかり者に育つわけだ。
「あ、そう言えばコートをお返ししないと」
母親が鞄を開く。小さな鞄に綺麗に折り畳まれたコートが入っていた。
「まさか本当にまたお会いできるとは思いませんでした。ありがとうございました。お礼には足らないかもしれませんが、洗濯もしておきました」
「すみません」
ウェスはコートを受け取る。
「それでは、私達はこの辺で」
母娘は立ち上がった。
「あ、くれぐれもお気を付けて」
「大丈夫だよお兄ちゃん! 私がついてるもん!」
アレッサが元気よく答えた。これではどちらが保護者か分からない。
「それでは失礼します」
母娘は店を出ていった。確か以前、王都に居る父親に会いに行くと言っていたので取り合えずお金がなくても路頭に迷うことはないだろう。
彼女らが出ていくとほぼ同時に、クルリの注文した料理がやって来る。
料理を持ってきた店員にウェスも料理を注文し、「かしこまりました」と店員が下がったあと、ウェスはまだ不機嫌そうなクルリに話しかける。「何?」と素っ気なく彼女は返事した。
「なんでそんなに不機嫌なんだ?」
「…最近、ウェスって女の子に縁があるよね」
「は?」
「リリアさんに始め、盗賊女にあの親子。占いの神様も女の子って話じゃない」
「いや、まぁ、確かにそうだが…」
「午前中ずっと暇だったのに、帰ってきたと思ったらまた私の知らないところでお話。今日はおいてけぼりばっかり」
もっと構ってほしいのに…、という言葉は言おうとしてやめた。
そしてクルリは、何を思ったのか目の前の料理を思いっきりその口に掻き込んだ。
「まっ! いくらお前でもその量は!!」
案の定喉に詰まったようで、んぐんぐとわけの分からない音を出している。ウェスは慌ててグラスの水をクルリに飲ませた。
「…ぷはっ!」
「何やってんだお前は…」
「少しすっきりした…」
「まぁ、喉に詰まったのを流し込んだんだからな」
「今日はとことん付き合ってよ!」
とりあえず今は何を仕出かすか分からないクルリに反抗しない方が良さそうだと、ウェスは彼女に付き合うことにした。
それからは一応いつもの空気に戻ったものの、すっかり主導権をクルリに握られてしまったウェスは、彼女の大食いに付き合い、容量以上の料理をかっ込んでダウン。逆流しそうなのを堪えながら、今度は街に繰り出すことになったのだ。
「次あのお店!」
「少しゆっくり歩いてくれないか…」
よろよろと歩いているウェス。その前をわざといつも以上にちょろちょろ走り回るクルリ。
「はーやーくー!」
入ったのは魔法石のお店。アンティーク調の少し胡散臭い店だった。どちらかというと女性向けの店なのか、ウェスは少々場違いな空気を感じていた。今、店内に客が居ないのがせめてもの救いか。店の一番奥にはカウンターがあったが、現在店員は不在の模様。盗まれたりしないのかと、心配になるところだが、こういった魔法石店は大抵魔術に精通したものが開いており、はっきりいってセキュリティ面は容赦が無い。店によってはゴーレムを設置しているところまであるとか。この店にゴーレムは設置されていないようだが、何かしらのセキュリティは敷いてあるだろう。などとウェスは憶測したが、盗むつもりもないので、今はウィンドウショッピングを楽しむことにした。
店内のショーケースには宝石や魔法石、またそれらをあしらったアクセサリーなど、細々したものが多く並んでいた。しかし、値段はそれ相応。品数も多いが、ゼロの数も多かった。具体的に言うと、今の所持金でも足らないほどである。
「これどう?」
クルリが持ってきたのは赤い宝石の嵌め込まれたブローチ。他の品に比べれば幾分リーズナブルだが、高いことには変わり無い。普通の店で持ってこられたら突っ返す値段である。
「これとか?」
次に持ってきたのは緑の石のブレスレット。もちろんゼロがたくさん。
「これは?」
クルリは次々と品物を持ってやってくる。いつもよりしつこく、そして粘り強く。
「これなんかステキ」
「クルリ…」
「ん?」
「欲しいのか?」
「別に欲しいなんて言わないよ。あくまでウェスの意思次第」
買えとは言っていないが、買えと訴えている。
ウェスは額を押さえた。
「おや、お客さんかい? 悪いね、気付かなかったよ」
店の奥から現れた老婆。恰幅もよく、言葉もはっきりしている元気なおばあちゃん。
「いやいや、歳を取ると耳が遠くなっちまってね」
その耳は例の女盗賊と同じ場所についていたが、白髪の中から飛び出たそれは少し垂れ下がって元気がなかった。
「猫人族…?」
クルリが呟いた。
「おや、お嬢ちゃん、異種族を見るのは初めてかい?」
クルリは首を横に振った。
「異種族の高齢者を見るのが初めて」
「私はまだピチピチの79歳だよ。…おや、97だったかね?」
「ウェス、あの人耄碌して―」
「口を慎め」
不躾な言葉を遮るには少し遅かったようだ。
「それで、何か買うのかい?」
その声は届かなかったのか、老婆は特に嫌な顔をするわけでもなく商売を始めた。
「私、火の魔術をよく使うから赤いのがいいな」
「赤いのかい? それなら、これなんかどうだい?」
老婆が持ってきたのは赤い魔法石の嵌め込まれた小さな指輪だった。
「装飾品としての価値はそれほど無いが、作業の邪魔にもならないし、魔力も高めてくれる。魔術士のお嬢ちゃんにはぴったりだと思うよ?」
老婆はクルリの指に指輪をはめた。特にサイズが合わないということもなく、指はきれいに収まった。
「通常価格、4000Rを今ならなんと二割増しの4800Rでのご提供だよ」
「安い!」
「安くない安くない。しかも値上がりしてるぞ」
「おや、お兄さんはノリが悪いね」
「ノリでぼったくられたんじゃたまったもんじゃない」
「冗談だよ。二割引きで3200Rさね」
「いいよね?」
「…まあ、そのくらいなら」
「まいどあり」
耄碌しても商人は商人。
思わぬ買い物をしてウェス達は魔法石店を後にした。クルリは念願の魔法石を手に入れ、ニコニコしながら歩いていた。
「ちょっと試してみようかな」
クルリは人気の少ない道へ入る。流石に人が往来する道のど真ん中で魔術を使うことは憚られたのだ。ウェスもクルリの後ろをついていく。
「大丈夫か?」
「平気平気!」
クルリは真上に手をかざし、詠唱を始める。
『空気焦がす紅。烈火纏いて骨身を砕け!』
いつものように掌に火球が形成される。それは少しずつ大きくなり、周囲を熱気が拡がり始めた。
「ん?」
そこまではよかったのだが、最初に異変に気がついたのはウェスだった。いつもより火の玉が大きくなっている。
「クルリ、少しやりすぎじゃ…」
「う、うん、いつも通りにしてるつもりなんだけど…」
その間にも火の玉はますます膨れ上がっていく。
「クルリ! 早く撃て!」
「ダメだよ! ちゃんと形成されてから撃たないと暴発しちゃうよ!」
これ以上大きくなると建物に燃え広がってしまう。チリチリとした熱気で肌を突き刺されたようなな痛みさえ感じるほどだ。
「悪いが斬るぞ?!」
「そうして!」
ウェスは火の玉に剣を振り下ろした。
しかし、少し不安があった。以前会った東の霊能士は中級くらいの魔術なら難なく斬れるのではないかと言われていた。確かにその通りで、先日の賞金首の中級魔術はあっさりと斬れた。だが、あれは質が悪かったのだ。今回のは同じ中級とはいえ、あの賞金首より質がよく、魔法石によって高められた魔術なのだ。それがいつも通りにいくかどうか。
「だめか…」
案の定、不安は的中し、魔術に切れ目こそ入れられたものの、消し去るまでは至らなかった。
「ど、どうしよう?!」
おろおろするクルリ。
「クルリ、そちら側に誰か居るか?」
「え、誰も居ないよ?!」
「わかった。そのままじっとしてろ」
「う、うん…」
ウェスは再び剣を構えた。
「さて、うまくいくかどうか…」