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第33話 忌み子〜フェイリア〜

「それは何ですの?」

 何の?といった表情でウェスはフォトナを見ていた。

「ご覧なさいな」

 フォトナはテーブルの上に置いてあった手鏡をウェスに渡した。

 ウェスはそれを受け取り、鏡に写った自分の顔を観察する。いつも通り、特にこれといった変化は見受けられないが、少し鏡を下げたところで彼の顔色は一変した。そして、とても慌てた様子で自分の首筋に手をあてがう。

「隠しても無駄ですわ。しっかりとこの目で確認しましたの」

 ウェスは鋭い目付きで彼女を睨んだ。

「あなた、《忌み子》でしたのね。道理で運命をねじ曲げた…、いえ、無視したと言うべきですわね」

「どうして分かった…」

「ワタクシ達はあなた方より長命ですから、単純に出会いが多い。簡単な話ですの」

「………」

「さて、隠し立てすることも無くなりましたし、腹を割って話しませんこと?」

 フォトナは部屋の中央に置いてあった小さな椅子に腰かけると、テーブルを挟んで反対側にある椅子に座れとウェスを促した。

「…安易にマフラーを外すんじゃなかったな。他を騙せたから高を括っていたよ」

 額を押さえて軽く後悔した後、ウェスはマフラーを拾って首に巻き、椅子に腰かけた。

「それでは、少しお話ししましょうか。クルリちゃんの記憶の手がかりを占うために」

「…待て。俺は一言もあいつの名前を口にしなかったはずだぞ?」

 驚いて尋ねたウェスに、フォトナは少し寂しげに笑った後、静かに口を開いた。

「分かりますわ。あの子はワタクシの、かけがえのない友人だったんですのよ…」

「あんたが…? それなら!」

「お断りしますの」

「なぜだ? 友達なんだろう?」

「例えワタクシが全てを伝えたとして、それが何になると言うんですの?」

「きっかけにはなるだろう?」

 フォトナは首を横に振った。

「ワタクシが伝えたことは、記憶という名の知識にしかなりませんの。そんなことしてみなさいな、あの子はその知識を元に自分を演じなければならなくなりますの。…貴方みたいな生き方、あの子にはして欲しくないですわ」

 最後の付け足したような言葉には棘が感じられた。

 しかし、今ウェスは自分が蔑まれていることなど気にしていなかった。それよりもフォトナが口にした「演じる」という、その言葉に多少引っ掛かりを感じていたのだ。

 今のクルリは、この一年ウェスと共に過ごして形成された人格であり、以前の彼女とは恐らく別人。フォトナが会えばきっと違和感を覚えるだろう。では、記憶という知識を得て、自分を演じることになるという今の彼女はいったい誰なのだろうか。フォトナというクルリの過去を知る人物が現れた。それは、二人の意識の中にそれぞれ違ったクルリが居るということ。ウェスが知らず、フォトナの知っている以前の人格がクルリなのか、それともウェスが知っていて、フォトナの知らない今の人格がクルリなのか。

 考えれば考えるほど意味が分からなくなってウェスは頭をかきむしった。

「…演じる、ねぇ」

 そして諦めの嘆息と共に、そう小さく呟いた。

「何か気になることでもあるんですの?」

「いや、別に」

 そこでフォトナが眉を潜める。

「…もし、忌み子という言葉を気にしているのでしたら謝りますわ。あれは蔑称ですし…、配慮が足りませんでしたの」

 予想外の謝罪にウェスは多少戸惑ったが、フォトナの気遣いに感謝する。

「いいんだ。産まれてこの方この事は隠してきたし、知ってるのも両親だけ。この隠蔽の魔術がかかったマフラーのおかげで、奇異の目で見られることもなかったからな」

「季節関係なくマフラーしてる方が奇異の目で見られると思わなかったんですの?」

「ファッションだと思えばなんてことない」

「そ、そういうものですの…?」

 フォトナは半ば呆れ顔だったが、ふと何かを思い出したようにして椅子から立ち上がった。

「な、なんだ?」

「ワタクシとしたことが、お茶も出さないなんて、とんだ失態ですの」

「別に構わないが…」

「ワタクシが飲みたいだけですの」

「あっそ…」

 一人分の小さなティーカップを持ち出し、鼻唄混じりにお茶を入れ出すフォトナ。神様はどいつも変わった奴だ、と、ウェスはその様子を観察していた。といっても、神様はクルリとフォトナの二人しか見たことがないのだが。

 数分後、フォトナは自分の分だけのお茶を淹れて戻ってきた。椅子に座ると、香りを楽しみながらそれに口をつける。

 そんなとき、ウェスの視線に気付いたのかフォトナはティーカップをゆっくりと置いた。

「あげませんのよ?」

「分かってる。それより早く話を進めてくれないか」

「…えっと、どこからだったかしら?」

「まだ始まってもいなかったよ…」

「そうですわ。よく覚えていましたの。誉めてあげますわ」

 ウェスはだんだんと突っ込む気力がなくなってきた。

「ですが、その前に、貴方に確認したいことがありますの」

「なんだ?」

 もうなんでも来いだ。

「あなたとクルリちゃんの関係ですの」

「俺とあいつの関係?」

 つい先日話したばかりのような気がする。長々と話すのは面倒なのでウェスは簡単に纏めることにした。

「一年前、仕事先でたまたま瀕死のあいつを見付けて助けた。今は一緒に賞金稼ぎをしている。以上」

「分かりやすくて結構ですわ。それでは、貴方が…、…失礼します。貴方が忌み子だということをあの子は知っていますの?」

「さっきも言った通り、その事は両親しか知らない。妹のリリアだって知らないことだ。あいつが知っているはずない」

「そうですの…。では最後に、貴方はあの子の記憶を見つける手伝いを本当にしてくれますの?」

「そのためにここへ来たんだ」

 前の一年を無意に過ごさせてしまった償い、というわけではないが、これからはクルリの記憶を探すために行動していこうという意志がウェスにはあった。

「本当に何があってもあの子の力になってくださるんですのね?」

「ああ」

「最後まで絶対?」

「ああ」

「死んでも?」

「死なないように努力する」

「貴方の意志は分かりましたわ。…やり方さえ間違わなければ、貴方はきっとあの子の最高のパートナーで居られますわ」

「それはよかった……って、相性占いを頼んだ覚えはないんだが?」

「違いますの。真実に近付くために外堀を埋めているだけですの。謂わば準備の状態ですわ」

 納得したようなしないような、曖昧な表情でウェスは椅子にもたれた。

「では伝えますわ。まずあなた方が目指す場所は北」

「北というと、ホウノスト地方か…?」

「そうですの。『極寒の監獄にて炎を掴め』、そう出てますの」

「監獄はおそらくアングラドのことだろう。だが炎を掴めというのは…?」

「具体的なことまでは分かりませんわ」

「まぁいいさ。目的は決まった。そこに何があるかは分からないがな」

 ウェスは椅子から立ち上がった。

「もう聞きたいことはありませんの?」

 ウェスは頷いた。

「では、北へ向かう前に、やっておかなければならないことがありますわ」

 フォトナも椅子から立ち上がり、部屋の入り口へ向かった。そして、おもむろに扉のノブの辺りを触る。

 カチリ、と小さな音がした。

「何を?」

 ウェスが尋ねると、フォトナはくるりと振り返り、掌に乗せた小さな鍵を見せた。閉じ込めたつもりなのだろうか。

「出ていく前に、貴方は知り、そして得る必要がありますの」

「どういうことだ…?」

「貴方はその首の印、忌み子の証であるその《半分の聖印》。それについてどこまで知っているのか、そしてどこまでものにしているのか、それを知りたいですわ。この先、無知であることは即ち死を招き、そしてあの子との対立を招く。それでは全く無意味ですの。貴方は最期まであの子に尽くす義務がありますの。それを理解しておいでですの?」

 突然の意味不明な問いかけに、ウェスは答えるどころかその問いかけ自体を理解できなかった。

「…でしょうね」

 フォトナは落胆したように肩を落とした。

「忌み子は産まれたと同時に殺される、もしくは、獣の巣に捨て置かれる。そんな風習が嘗てこの国にはあったようですし、知られていなくて当然ですわね…」

「どうい…」

「ワタクシからきちんと説明して差し上げますわ。心して聞きなさいな」

 フォトナはウェスに、再び椅子に座るよう促した。そして彼女もお茶のお代わりを淹れた後、椅子に腰かけた。

「まず、忌み子…、ワタクシ達は《フェイリア》と呼んでいますわ」

「フェイリア…?」

「命在るもの、それは大地や草木、水や空気、生物や怪物に至るまで。全てのものには魔力がありますの。ですが、フェイリアは魔力を持たない。魔力で溢れたこの世界にフェイリアは異端であると言えますわ。あなた、魔術は使えないですわよね?」

「子供の頃試したら無理だったな。今は知らないが…」

「使えませんわ、絶対」

 その辺ウェスは受け入れていたつもりだったが、改めて否定されると少し寂しいものがあった。

「確か、貴方の妹さんは王宮魔術士でしたわよね。魔力は遺伝するものですの。王宮魔術士の妹を持つ貴方が、魔術を使えないなどあり得ませんの。…深く突き詰めると、才能の話が出てきますが、不器用は不器用なりに使えますのよ?」

「まぁ分かった。それで、魔力が皆無だということに何の意味があるんだ?」

「魔力は巡り巡ってやがて自分の元へ帰ってきますの。マジックスポットはご存知かしら。あそこから巡り溜まった魔力が溢れだして世界に返されますの」

 ウェスは渋い顔をする。それにはごく最近に悩まされたばかりで、忌々しいことに、彼の脳はきちんとそれを記憶していた。

「魔力が無いと言うことは、即ちこの世界の輪廻から外れているという意味ですの。輪廻を外れるということは世界との関係を持たないということ。故に貴方は運命に左右されることなく生きていける。まぁ、一部の強力な力による例外はありますが…」

 フォトナはデスティクの顔を思い浮かべた。

「運命に左右されぬこと。それはつまり無限の可能性から好きな運命を選べるという意味ですわ」

「…そうだとしても、俺に運命を知る術はない。結局無意識に選んだ道を進むしかないだろ」

「貴方に関してはそうですわ。ですが、貴方はそのおかげで他人の運命に干渉できますの。本来、今日ここに来るのは貴方ではなく、クルリちゃんだったはず。それなのにその運命を無視して貴方が来てしまったんですの。貴方はあの子の運命を変えたんですわ」

「…まるで実感がないな」

「誰が運命を感じて行動してますの? まぁ、一人だけそんな方を知っていますが…、大方の人々はそんなもの感じずに生きてますわ。貴方にそんな可能性が備わっていること、それをあなた自身が知るだけで意味は大きいですの」

「それが知るべき事か…」

 フォトナはこくんと頷いた。

「それじゃあ得るべきものはなんなんだ?」

「…この旅は、恐らく…、いえ必ず、強大な力と相対することになりますわ。それに対抗しうる力が貴方には必要ですの。今の貴方はその強大な力に対して、アリンコ程の力も持ち合わせていませんの。それではあの子を守れませんわ。ウェストール、貴方はもっと強くならなければなりませんの」

 いずれ対峙するであろう神食いのことを考えての話だった。

「強くなれって? はは、ぱっぱと強くなれれば苦労しないさ」

 ウェスは首をすぼめる。

 そんな彼に対してフォトナはきっぱりと言い返した。

「なれますわ。フェイリアである貴方なら、ね」

ところでこのお話、R15とか、残酷な〜とかの警告はつけた方がいいんだろうか…?

と、ふと疑問に…

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