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第32話 次の一年、その一手

 フォトナとデスティクの密談の一日前、ウェス達が王都に到着した日。

 ウェスの懇願とも思えるような土下座で、彼の実家があるにも関わらず、クルリ達は宿屋に止まることとなった。リリアはエイサンとビイサンを先に王宮へ帰し、翌日の報告に備えての準備を頼んでいた。それを快く引き受けた彼らは、すぐに作業に取りかかるだろう。実直で素晴らしい部下である。しかしこれはただの彼女の口実に過ぎない。仕事を与えることで人払いをした彼女は、真剣な表情で兄とその相棒の魔術士と向き合ったのである。列車の中で口を濁らせた兄の言葉。人にも聞かれたくないような二人の関係。最初こそ、変な妄想を思い浮かべていたリリアだが、それが重要な話であるということは、兄の様子から彼女も想像がついていた。

「約束できるか?」

 部屋のベッドに腰掛け、重々しく口を開いたウェスの表情は、用心に用心を重ねてなお疑り深く、その真偽を確認するような、リリアも見たことのない顔だった。

「口外無用。勿論です」

「わかった。それじゃあ、クルリ」

 ウェスの横に座っていたクルリはこくんと頷くと、リリアの前に立った。そして、彼女に背を向け、するすると衣服を脱いでいく。

「ち、ちょっと! に、兄さん、こんなプレイは!!」

 リリアは両手で顔を覆って視界を塞いだ。

「落ち着け。そんな不埒な話じゃないんだ」

「ちゃんと見て」

 真剣な二人の声を耳にし、リリアはおそるおそる指の隙間から前面に広がる光景を確認した。半脱ぎの状態で、背中を晒しているクルリの姿が目に写る。白い背中に縦に延びた大きな傷、そして丸い痣のような、魔方陣のような。

「せ、聖いっ!?」

 今度は顔ではなく口をおさえるリリア。おさえてもその開いた口は塞がらないようだったが。

「でもどうして兄さんと、クルリさん…、いえ、クルリ様が一緒に居るんですか」

「一年前、俺が仕事先で助けた女の子が神様だった。しかも記憶喪失のな」

「記憶喪失? では、クルリ様は奇跡が使えないのですか?」

「ちょっと待って。リリアさん、呼び方も接し方も今までと同じでいいよ。敬語使われると気持ちが悪いよ…」

 服を着直してクルリはウェスの隣に腰かける。

「で、ですが…」

「本人がいいと言っているんだ。気にするな」

「は、はい…」

 複雑そうな表情でリリアは頷いた。

「話を戻すぞ。…クルリは記憶喪失、そしてそれが原因で自分が何の神様なのかも忘れ、奇跡を使うこともできない。自分の名前や言葉、そして多少の知識なんかは残っている状態だったが、そんな奴を放り出すわけにもいかず…」

「兄さんはクルリさんと一緒に行動することにした、ということですか」

 ウェスは頷いた。

「とある医者に協力してもらいながらな」

 リリアが眉を潜める。

「他にもクルリさんの事を知る方が居るんですか?」

「ああ、アルフレッド・マルコー。パームリースという村の医者だ。瀕死のクルリを救ってくれた医者だよ」

「そうなんですか…」

「何か気になるか?」

 煮えきらない表情をしていたリリアにウェスは尋ねた。

「いえ、特に何というわけでは…」

 否定はしているがリリアの表情は固かった。やはり何かあるのだろう。

「何でもいい。気付いたことがあれば言ってくれ」

「…は、はい。実は、その、アルフレッド・マルコーという名前に心当たりがあるんです…」

「心当たり?」

 ウェスが不審な表情を向ける。クルリも不思議そうにリリアの言葉に耳を傾けた。

「お二人もご存知だと思いますが、このグリムヘイアには一人、神様がいらっしゃいます。フォトナ・フォーチュ・フォーレン。占いの神様と呼ばれている方です」

「それは知っている」

「私もウェスから聞いたよ」

「数年前、フォトナ様が一度、病に臥されたことがありました。そのとき我等が王、デニムリント様が招いた医師が、確かそんな名前だったかと」

「へぇ、マルコー先生には神様を治療した前歴があったのか。だが、それがどうかしたのか?」

「遠目に見ただけですが、王とその医師は随分と親しげでした。もしかしたら王にクルリさんのことを伝えているかもしれません」

「…だが、この一年間なんの音沙汰もなかったぞ? 神様を一人保護しているのなら、もう一人抱え込むことだって」

「そこなんです。神様は奇跡という魔術よりも強力な力を使うことができます。それがもし、悪人の手に堕ち、牙を剥いてきたとしたら、それこそ多くの血が流れます。それを無視してきたことが不思議なんです」

「記憶喪失で奇跡を使えないってことも伝わってるんじゃない?」

「仮にそうだとしても、不安定で不確定な強大な力を完全に無視するなどあり得ない話です」

 治安維持のためにはどうしても押さえておきたい力に無関心であることに、リリアは不安を覚えた。

「いや、だがリリア。これはあくまでマルコー先生が王様にクルリのことを話しているというのが前提だ。話していないという可能性もある。クルリの治療の後、この事は誰にも話さないとマルコー先生は約束をしてくれた。あの人との付き合いは数年程度だが、約束を無下にするような人じゃないはずだ」

「………」

 リリアは黙り込んだ。

 兄の言う通り、これは全て仮定の話である。しかし、兄の言う医師が、彼女の言う医師と同一人物だった場合、この先多少の問題が発生する可能性も考えられるのだ。

「兄さん、はっきり言います。これは私たちだけでどうにかなる問題じゃありません。ここは王に真実を伝え、フォトナ様と同様にクルリさんも保護してもらうべきだと思います。私なら明日にでも取り次ぐことはできますから」

「そ、そんなのい―」

「実は俺もそう考えていた」

「ウ、ウェス?!」

 クルリが驚いて立ち上がる。

「嘘でしょ?」

「クルリ、座れ」

「なんで…」

「いいから座れ」

「なんで、どうして!」

「座るんだ」

「嫌!」

「座れ!!」

 ウェスはクルリの腕を引き、無理矢理自分の横に座らせた。

「に、兄さん…?」

 半分泣いているクルリの両肩を掴み、ウェスは口を開く。

「クルリ、俺と居ることは別に難しいことじゃない。だが、俺は知っての通り貧乏だし、お前の食費を出すので精一杯。それに、賞金稼ぎという職業柄、いつ命を落とすとも限らない。その時はもしかしたらお前も一緒かもしれない。本当ならお前が一緒に仕事することも反対なんだ。お前は神様としてもっと約束された生活を送れたはずなんだ。それを俺は一年間も拘束してしまった。お前の記憶の手がかりを探すわけでなもなくな。俺は一日を生きていくだけで精一杯だった。不自由な生活だったろ? 本当にすまないことをしたと思っている。王宮に行けばもっと楽な生活を送れるはずだ。記憶だってゆっくり思い出すことができる。俺と居ることは、お前にとってデメリットばかりなんだ。俺がお前の邪魔になる。このままお前に迷惑をかけ続けることが果たしていいことなのか…」

 ウェスは今まで積もらせていた思いを口にした。表面上では「迷惑をかけられている」と言い続けてきた。それは自分のこの思いを誤魔化すためだったのかもしれない。積もり積もった嘘の負債なのだ。

「クルリ、その上でお前の意思を聞く。このまま俺と不安定で無益な生活を続けるか。それとも王宮に行き、国の保護のもと安全で有益な生活を送るか」

「そんなの決まってるよ! 私、記憶なんかどうでもいいから! だから…」

 ウェスは奥歯を噛んだ。

「俺と居ると、お前は諦めなければならなくなる。…今のようにな」

「あ…」

「クルリ、やはり王宮に行け」

「嫌だ…」

「まだそんなことを!」

「嫌だ嫌だ嫌だ絶対嫌だ!!」

 目に涙を浮かべクルリは叫んだ。

「私にはウェスしか…、記憶の残ってない私には、ウェスしか居ないんだよ…。たった一年の記憶だけど、大切な記憶だもん…。離れるなんて、嫌だよ…。次の一年も一緒にいたいよ…」

 ついにクルリは泣き出してしまった。わんわんとその悲しみを溢しながら。

 そんな光景を目の当たりにして、ただ傍観していたリリアも心苦しくなっていた。自分の発言がこんなことにまで発展してしまい、最終的に二人に辛い思いをさせてしまっている。自責の念と、罪悪感を感じ、心の奥がきゅうっと小さく押し潰されそうだった。正直リリアも泣き泣きたくなった。

 そんな中で彼はずっと考えていた。様々な思いや感情、現状、そしてその先に待ち受けているであろう問題。

 ふわふわとしていた彼の思考はやがて、とある一点に着地する。

「………はぁ」

 ウェスはため息をひとつつくと、泣いているクルリを抱き寄せた。

「わかった…」

「…え?」

 腕の中でクルリは素頓狂な声を出す。

「俺も少し言い方が意地悪だったな。別にお前に王宮へ行けと強要するつもりはなかったんだ。ただお前の意思を訪ねるだけのつもりだったのに、すまない」

「ウェス…」

 クルリが落ち着いたのを確認すると、ウェスはクルリから離れた。

「クルリ、これからも俺に付き合ってもらうぞ」

「う、うん!」

 泣き腫らした顔で笑顔を咲かせ、クルリはウェスに飛び付いた。

「リリア、そういうことだ。俺はこれまで通りこいつと居ることにした。異論はあるか?」

 最初驚いていたリリアだが、やがて笑いだして兄に答えた。

「いいえ、ありません。本当に兄さんは人が悪いです。女を泣かせて最低ですよ?」

「そうだよ! 私を泣かせた罪は重いんだから!」

「俺が悪者みたいになってるんだが…」

「ウェス、責任とってね!」

 大変なことはまだまだあるだろう。だが、今はウェスもそれでいい気がした。






 ***






「この者です」

 マテットが連れてきたのは、フォトナが期待していた人物ではなかった。

 季節外れのマフラーを首に巻いた男。

「くれぐれもおかしな気は起こさぬように」

 マテットが注意すると、男は「わかりました」と、丁寧に答えた。

「フォトナ様。私は扉の前に待機していますので、何かあればすぐにお呼びください」

「わ、分かりましたわ」

 動揺を隠しながらフォトナは答えた。

 マテットが扉を閉じると、部屋は沈黙で埋め尽くされた。

「…どなた、ですの?」

 フォトナがおそるおそる男に訪ねた。

「誰だと思っていたんだ?」

「………」

 デスティクの言っていた運命と違う? あの子が来るはずじゃなかったの? それとも、ただ、今じゃなかっただけ?

「占いの神様なんだろ。予測してなかったのか?」

「残念ながら自分のことは占えませんの。そもそも己の未来を占うこと事態、タブーのようなものですわ」

「そうか。あんたに尋ねたいことがあるんだが…」

「待ちなさい。その前に名乗るくらいしたらどうですの? 無礼ですわ」

「ああ、すまない。俺はウェストール・ウルハインドだ」

「ウルハインド…?」

 確か面会を求めてきたあの王宮魔術士もウルハインド。

「もしかして、リリア・ウルハインドの血族の方ですの?」

「リリアは俺の妹だ。知ってるものだと思っていたが…、名前も聞かずに通したのか…?」

 ウェスはやや呆れた表情でフォトナを見た。

 シルバーの長い髪を揺らし、やや高飛車な口調で喋る女。顔立ちは美しく、衣服の上からもわかるスタイルの良さ。保護されている理由の一つだろう。おまけに危機管理能力も低いようであるし、ここに居ることは正解のように思えた。

「ふん。ワタクシの名前は言うまでもございませんわね。それで、ウェストール、どんな用件ですの?」

「単刀直入に言う。うちに一人神様が居て、そいつが記憶喪失なんだ。その記憶の手がかりが知りたい」

 フォトナは目を見開き男を見つめた。

「…あなたが…、ですの?」

 驚きで詰まった声は、ようやく出たと思えばそんな程度だった。「余計な因子をその運命に巻き込んだ。とある男なのだが―」そんなデスティクの言葉がフォトナの頭を過った。

 やはり今日、今、この時間、本当ならあの子が来るはずだったのだ。しかし、その運命をねじ曲げてこの男がやって来た。

 だとするならば、この男。

「危険、ですわ…」

「何がだ?」

「あなたがですの」

「まてまて、武器は置いてきたし、身体検査でも身ぐるみ剥がされたんだ。何が危険なんだ?」

 彼は両手を挙げて自分の無害をアピールしたが、フォトナはそれでも警戒を解くことはなかった。

「あなたの存在自体がですの」

「俺が?」

「そのマフラー外せますの?」

「は? なぜマフラーの話になる」

「外せないのでしたら、今すぐ出ていってくださいまし」

「いったい、なんだって言うんだ…」

 ウェスは首に巻いていたマフラーを外す。そこには首がありませんでした、何てことはなく、普通に頭と体を繋げている首があった。あまり日に当たらないせいか、他の場所に比べると肌は白い。

「これでいいか?」

 ウェスがマフラーを無造作に投げ捨てる。

「凶器なんか隠しちゃいないぞ」

「違いますわ」

 フォトナはウェスに歩み寄り、顔を近付ける。きれいな顔なのだが、今はその怖い表情のせいで台無しになっている。

「他の者は騙せても、ワタクシの目は誤魔化せませんわ」

 フォトナはウェスの首に手を伸ばす。

「な、何をする気だ?」

「真実を暴くためには嘘を認める勇気が必要ですわ。あなたはそれを理解しておいでですの?」

「嘘を認める勇気?」

「そのお手本を示してさしあげますわ」

 フォトナはウェスの首に爪を突き立て、勢いよくその手を引いた。

シリアスな場面で誤字なんかはできるだけ避けたいんだけど、読み返しているとむず痒くなっちゃうなぁ…

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