第31話 密談
王都グリムヘイアには、この国で一番偉い人が住んでいる場所がある。
王都のど真ん中にある大きく、綺麗なお城。城壁で囲まれ、常に万全の警備が敷かれ、許可無き者は一歩たりとも入ることはならない。
その城壁で囲まれた一角に、小さな塔が建っている。そこに居るのはお姫さま…、ではなく、なんと神様であった。
占いの神様と呼ばれ、その占いの的中率は99.9%。この国で近年大きな事件が起こらないのは、偏にこの神様のおかげと言える。未来を予期し、それに対しての最高の手段を選んできた結果なのである。
しかし、それは一つの不安を作った。もし、この神様が居なくなったら、この先この国はどうなってしまうのか…、と。
「フォトナよ」
彼は重々しく口を開いた。
「そのような不安をお持ちで尚、ワタクシの占いを頼るのですか?」
「………」
「デニムさん。貴方には感謝してますの。ですから、ワタクシの占いで貴方を貶めるようなことはしたくありませんの」
「しかし、お前のおかげでこの国は良くなった。お前の力は人々を幸せにすることができる」
「自ら選ぶことをしなくなった生物の進化はそこで終わりですわ。占いはよい方向へ導く指標になればそれでいいんですの。道を示すほどの烏滸がましい行為、ワタクシには有り余りますわ」
デニムは黙り込んだ。
「もし、それが出来ないようでしたら、いっそワタクシを殺してくださいまし」
「そんなことできるわけ無いだろう!」
「嬉しいお言葉ですわ」
「…すまない。また来る」
デニムは部屋を後にした。
フォトナは困ったような表情で閉じた扉を見つめていた。デニム、あなたが判断を違えぬことを…。
「まるで裏で国を操る黒幕だな、フォーレン」
フォトナの眉がピクリと動く。
「相変わらずプライバシーの無い方ですわね、デスティクさん」
フォトナは棘のある口調で、声の主を責める。
すると部屋の暗がりから、緋色の髪の額に十字傷を持った男が現れた。
「クルジェスがこちらに向かっている」
「まあ! クルリちゃんが?!」
先程とは一変、フォトナが笑顔を見せた。
「しかし、残念ながら継承に失敗してしまっているようだ。恐らく最初の時点でな」
「そんな…」
「更に余計な因子をその運命に巻き込んだ。とある男なのだが、そいつが居る限り、どんな運命を引き合わそうとも必ずクルジェスの力が発動する。何度か試したが、すべて無駄に終わった。これ以上は運命の負担になる上に、クルジェスを危険にさらすこととなる。私は手が出せなくなった」
「無理に引き剥がす必要があるんですの?」
「最近どうも《神食い》が動いているようだ。先に獲り逃したクルジェスは真っ先に狙われるだろうな」
「時間がない、ということですのね」
「それに、アルムの奴もおかしな動きをしている。何か考えがあってのことだろうが、奴は頭が良すぎるからな。逆に何をするか分からないところがある」
「あちこちで問題ばかり起こっていますのね…」
「それに対処していかなければならないのだ」
「それで、ワタクシはどうすればいいんですの?」
「輝石への標をクルジェスに示してほしい」
「輝石?」
「もしあいつがそれを見つけることができたのなら、事態は好転へ向かうはずだ」
「そう、分かりましたわ」
「一つ、忠告がある」
「なんですの?」
「クルジェスは恐らく、いや、必ずここへやって来る。しかし、お前との関係を悟られるな。そして神食いの事も伝えるな」
「なぜですの?」
「その運命はいい結果を導かない」
「努力は、しますわ…」
「頼んだ」
「デスティクはどうしますの?」
「神食いの動向の調査。あとはアルムの監視だ」
「もし、神食いと相対した場合は…」
「そうならないよう注意する」
「人手が欲しいですわね」
「信頼できる者が少ない。実際、仲間であったはずのアルムを監視せねばならぬ状況になってしまっている」
デスティクは皮肉な笑みを浮かべた。
「信頼というものは難しいですわね…」
―コンコン
部屋をノックする音。
フォトナはジェスチャーでデスティクに出ていくよう促した。デスティクは分かっていると言わんばかりの表情で、部屋にある小さな窓から外へ飛び出した。小さな塔とはいえ、高さはかなりあるはずなのだが、フォトナにとってそれは見慣れた光景であったので驚きはしなかった。
彼が脱出したのを確認した後、フォトナは「どうぞ」と扉に向かって言った。
ゆっくりと扉が開く。
そこにはあまり見慣れない男の姿があった。
「珍しいですわね。マトラテットさん」
「マテットで結構でございます」
マトラテット・ニヒテリウム。王宮魔術士の中でも突出した実力の持ち主であり、そして個性的な彼らの纏め役である。
普段、この場所にやって来るのはデニム、そして世話役や掃除役くらいなもので、それ以外の者がやって来ることはほぼ無いと言っていい。
王宮魔術士が態々こんな場所に出向くからには何かあるのだろう。
「それで、何かご用ですの?」
「はい。先程暴風…、いえ、リリアが戻ってきたのですが、フォトナ様に会わせたい者が居ると」
リリア・ウルハインド、暴風皇女という異名を持つ王宮魔術士。彼らの中では新参ではあるが、その実力を認められ、最年少で王宮魔術士となった。
フォトナは王宮魔術士のメンバーの顔と名前をまだ一致させることができていない。なので、リリアという人物がどんな姿、性格をしているのか分からなかった。ここに来てから彼女はずっと引き籠っているようないるようなものなので、見知らぬ人物とのコミュニケーションがとれるかという心配もあった。
そんな不安が表情に出たのだろう。マテットが言葉を付け足した。
「リリアは若いですが、信頼できます。それでも不安でしたら彼女の申し立ては却下致しますが…?」
フォトナはふとデスティクの言葉を思い出した。「クルジェスがこちらへ向かっている」。彼はそう言っていた。もしかしたら、あの子がリリアという人物を介して接触を試みているのではないか。
そう考えた後のフォトナの決断は早かった。
「会います! 是非会わせてくださいまし!!」
突然の態度の変容にマテットは驚いたようだが、すぐに平静さを取り戻し、「わかりました」と答えた。
マテットは一礼をすると部屋の扉を閉め、どこかへ行ってしまった。例の人物を呼びに言ったのであろう。
閉じられた扉を背に、フォトナは考えはじめた。
あの子に会うのは楽しみだ。しかし、デスティクからは自分との関係、そして神食いの事を伏せるようにと忠告された。本来ならば、全てをあの子に伝え、その身に迫っている危険に対処していくべきであるとフォトナは考える。
なぜ、デスティクは全てを伏せるようにと言ったのか。全てを話した場合のその先に彼はどんな運命を見たのか。彼にしか見えないビジョンに信頼がおけるのか…。
「………」
そこまで考えてフォトナは頭を振った。
先程信頼がどうのという話をしたばかりなのに、既に彼を疑っているではないか。それを言うならば、自分の占いも自分にしか見えないビジョンである。自分の感情で好きにねじ曲げて伝えることができる。実のところ、それが彼女の占い的中率が99.9%である理由でもあった。都合の悪いこと、そして悪い結果はできるだけ伝えないようにしている。
悪い占いというものは伝えるだけで相手の運気を落とすことができる。悪い未来の予測を知るだけで、その先に不安を覚えることは確かだ。それだけで抗うことを諦める者もいる。希望を捨てないでほしいという意味で、フォトナは一部の結果を伝えないことがあるのだ。
だからデスティクもそういった意味で詳しく伝えなかったのだろう。幸い彼はどうすべきか示してくれている。まったく道が見えないというわけではない。
「ああ、占いの神様が聞いて呆れますわ」
それは自分に向けた皮肉の言葉だった。
わーい。
PVが15000を、ユニークは3000を突破したよ。
ありがとうございます。
私的には快挙です(笑)
なぜ10000の時にやらなかったのか…。
単に機会を逃s(ry