第2話 怪しい依頼
実は第三者視点で書いたことがあまり無いので、この先不安だったり…
《子栗鼠の浜》、フォンヘイムにある酒場だ。
ウェス達の一日はだいたいこの酒場から始まる。別に朝から酒を飲みに来ているわけではない。朝食ついでに適当な依頼を探しに来ているのだ。
酒場には掲示板があり、そこには様々な依頼を張ることができる。依頼の種類は様々で、ペットを探してくださいといった簡単なものから、護衛や、怪物討伐などピンからキリまである。勿論嘘偽りのものもあるので依頼を吟味しなければならない。
また、依頼はギルドという場所にも集まるが、それはまた別のはなし。
とにかく、多くの冒険者や賞金稼ぎがこの酒場にやってくる。酒場は必然的に情報が集まってくる場所になっているのだ。
酒場は今日も朝から賑わっていた。
「よお、ウェス。今日はお前に名指しで依頼が来てるぞ」
いつものカウンター席に座り朝食をとっていると、男が話しかけてくる。彼は酒場の主人の息子、レフ。酒場に集まる依頼の管理は主に彼が行っている。
「名指しで?」
ウェスは食事の手を止めた。
「ああ、昨日の話なんだが、ぶかぶかのローブを被った奴がやって来たんだ。目深に被っていたからどんな奴かは分からなかったけど、見るからに怪しい奴だったな」
「そんな依頼断るに決まってるだろ」
呆れたように手を振ると、ウェスは食事を再開した。
「まぁ、そうなんだけどよ。『先払いだ』なんて金置いてかれちゃ断るわけにもいかなくてな」
レフは紙を一枚取りだし、それをウェスに見せる。それには依頼内容が書かれていた。
「帰らずの塔の幽霊騒動調査の依頼? こんなの霊能士にやらせればいいじゃないか。俺はただの剣士だぞ」
「ウェスのその剣のこと知ってるんじゃないの?」
隣で黙々と食事していたクルリが口を開く。喋るということは食べ終わったということで。
「ライスおかわり!」
クルリは皿をレフに差し出す。ここではライスはおかわり自由。レフはにこやかに対応してくれるが、少し冷や汗が見える。
「剣か…。あれは付加価値であって俺の本分ではないんだがな…」
「はい、クルリちゃん」
「ありがとう!」
ライスの皿を受けとるとクルリはまた黙々と食べ始めた。レフはそれを横目にウェスに言う。
「仮にその依頼を解決したなら、お前の所にそういった類いの依頼が行くようになるな」
「疲れる仕事ならまだしも、憑かれそうな仕事はごめんだ」
「はは、うまいうまい!」
「そんなつもりは…」
ウェスは巻いているマフラーで口許を隠し、どこか所在なさげに下を向いた。
「おかわり!」
「は、はい。クルリちゃんはよく食べるなぁ」
先程からおかわりしているクルリだが、当然おかずはもう無い。塩を振ったりソースをかけたり工夫しながらライスのみを食べ続けている。
この酒場はライスおかわり自由をやめた方がいい。だが、それは店の売りでもあるので簡単にはいかないのだろうが…。レフは肩を落としながらライスを運ぶしかない。
「そういえば、先払いって一体いくら置いていったんだ?」
「え? あ、ああ、ちょっと待てよ」
ライスをクルリに出し、レフは店の奥から布袋を持ってきた。ずいぶんと古びた布袋だが、中身はかなり入っているようだった。
「20000R」
「ぶはあっ?!」
額を聞いてウェスは食べているものを吐き出しそうになった。今日の朝食が二人合わせて50R程度なので、結構な額である。
「俺も驚いたんだ。この額を先払いだからな。ウェスじゃなかったら受けるふりして持ち逃げされてるだろうよ」
この依頼を受けた場合、多額の金が手に入る。だが、こんな怪しすぎる依頼は受けない方が身の為。それはウェスも重々承知している。第一、彼のスタイルに合っていない。
「おかわり!」
「は、はーい…」
レフは諦めたようにライスのみを運んで行く。
ウェスはおかわりし続けるクルリを見た。見た目に騙されてはいけない。彼女の胃の中にはブラックホールがあるのだ。何もかも吸い込んでしまう究極の胃。詰め込んでも詰め込んでもなかなか満タンにはならない。その胃を満足させるには、相応の食料がいる。そのための食費が必要だ。あの額があれば当分その心配はなくなる。
「よしっ、受けよう!」
カウンターをばんと叩きウェスは立ち上がった。
「うわっ!」
驚いたレフはライスの入った皿を危うく落としそうになる。
「…え、本気か?」
「俺は今この金を手にしておかないと近いうちに滅びることになる!」
などとウェスは力説する。
「あ、あー、なんか分からんでもないな」
レフは黙々とライスを頬張るクルリを見た。
「そうと決まれば、行くぞクルリ!」
ウェスは金の入った布袋と、クルリの首根っこを掴み酒場を後にした。
「あー! まだライスが残ってるのにぃ!」
クルリの悲痛な叫びを残して。
「おいレフ! ライスがもう空じゃねぇか!!」
「いつもの大食いだよ親父!」
「んなこたぁわかってんだ! 毎度のことだろ、さっさと炊け!」
「勘弁してよ…」
レフの悲痛な声は誰にも届かなかった。