第25話 列車に乗りたい!
珍しく長めです。
改行いっぱい使ったからだけど。
「流石に全員は乗れんです」
馬主は困った顔で言った。
リリアと共に急遽王都へ向かうことになったウェス達。一気にメンバーが増えたそのおかげで馬車が定員オーバーになってしまったのだ。
ウェス、クルリ、リリア、兵士A、兵士Bの計五人。馬車の定員は四人で荷物を合わせると既にいっぱいいっぱいの状況だった。
「ここからルルシュタッドまでだと、馬車で半日か…。歩けない距離ではないな」
「えー、歩くの?」
クルリがあからさまに不満の声をあげる。
「ずっと歩くとは言ってないさ。要は交代しながら歩けばいいんだ。そうすれば馬車の警護もしながら進める」
「そうですね。それなら全員が乗る必要はないですし」
「でしたら我々が歩きます!」
兵士の一人が名乗りをあげる。
「皆さんは馬車の中でゆっくりしてください!」
もう一人の兵士も納得しているようだ。
「いいのか?」
「はい! 我々にお任せください!」
「それじゃあお言葉に甘えて」
クルリはさっさと馬車に乗り込んでしまった。
「ウェストール様とリリア様もどうぞ」
「あ、ああ。疲れたらいつでも交代するからな?」
「どうかお気になさらず」
「そんじゃ、行きます」
こうして馬車は進み出した。
人数が増えて昨日のようにゆったりとはいかないが、馬車での移動はやはり快適だった。
「あの二人の兵士はしっかりしてるな」
ウェスの呟きにリリアが答える。
「エイサンとビイサンは私が王宮魔術士になってからずっとついていてくれるんです。本当にいい人達なんですよ?」
「なんか似たような名前だね」
「ええ、二人は双子ですから」
「よく似ているわけだ」
「私も正直、どっちと話しているか分からなくなるんです。目の下に黒子がある方がビイサンなんですけど、パッと見で区別はつきませんから」
「確かに」
「私、見分けられる自信がない…」
「大丈夫ですよクルリさん。片方を呼んだらもれなくもう片方もついてきますから」
「それって余計にわからなくない?」
「………あ、そうですね」
馬車はゆっくりと進んでいく。
***
夕方。馬車はようやくルルシュタッドまでやってきた。
結局一度も交代すること無く、兵士達は歩き続けた。流石と言うべきか素晴らしいガッツである。王宮の兵士は伊達ではない。
「そんじゃ、オラはこれで」
「ありがとう。助かったよ」
馬主と別れた彼らは街を歩く。
ルルシュタッドはセイスト地方では一番大きな街だ。石造りの大きな建物が建ち並び、日用品から嗜好品まで様々な商品を扱う店が営業している。特に有名なのは鉄道で、駅はいつも人が集まっている。利用客もさることながら、鉄道を見たいがためにやって来る観光客も居るほどだ。ただ、列車に乗るにはそれなりの対価が必要なため、見るだけに留める者ばかりなのだが。
「列車すごい!」
列車の話を聞いたクルリは興奮しっぱなしだった。
「だって馬車より早いんでしょ? 馬車って本気出したら走っても追い付けないのに、それよりも早いなんて! 早く列車に乗りたいよ!」
「まぁ落ち着け。とにかく駅まで行かないと」
「あそこに見えるのが駅です」
大通りの先をリリアが指差す。そこには赤いレンガ造りの建物がある。
一行はそこへ向かって歩いていた。
「ほぉ、思った以上に大きいな」
「ウェスはここに来たことないの?」
「俺がこっちに来たときはまだ鉄道なんてなかったんだ。あの時はここもこんなに発展してなかった」
「ふーん。そういえばウェスっていつこっちに来たの?」
「確か…、ん? いつだったかな」
「兄さんが家を出たのは私が12のときです。だから兄さんは15ですね」
「そうか、そうだったな」
「夜の間に突然居なくなって、次の日大騒ぎだったんですから。総出で探したんですよ?」
「当然だ。朝にはもう近くの街まで移動してたんだからな」
ウェスは失笑した。
「それから半年後に兄さんから手紙が来たんです。それでようやくフォンヘイムに居るとわかったんですよ」
「あれ以来俺は一度も帰ってない」
「ウェストール様は若いうちに苦労されたのですね、うう…」
兵士が涙を浮かべながら言った。目の下に黒子があるからビイサンである。
「あの頃は本当にいろんな仕事に手を出したよ」
「あ、それでモクゥを小屋に入れるのも上手かったんだ?」
「ああ、農場で働いたこともあったからな」
どこか懐かしむような瞳でウェスは話していた。
「それで、そもそも家を出た理由ってなんなの?」
「それは―、っと!」
喋りながら歩いていたせいかウェスと通行人の女性の肩がぶつかる。
「すまない」
「いえ」
言葉もそこそこに女はすぐその場を立ち去ってしまう。
「む…、なんか感じ悪い」
クルリはムスッとしながら女の背中を見送る。
「喋りながら歩いていたこっちも悪いからな。あの人は攻められない」
ウェスは気にも留めていないようだったが、その横でリリアが眉を潜めていた。
「兄さん、持ち物を確認してください」
「ん? なぜだ?」
「お願いします」
持ち物といっても大した荷物は持っていない。せいぜい武器と財布と常備薬程度。
確認はすぐ終わったが、ウェスの表情は浮かない色をしていた。
「どうしたのウェス?」
「やられた」
「やっぱり…」
「財布を盗られた」
「ええっ!?」
「いくら入ってたんです?」
「だいたい40000R」
「そんなに!?」
「仕方ないだろ。仕事から帰る途中だったんだ」
「これは見逃せない額ですね、あの女を探しましょう」
「探すったってこの人混みの中をか?」
「当たり前です! エイサンとビイサンはあの女を追ってください。私たちは別の手であいつを追い詰めます」
「はっ!」
ピシッと敬礼をするとエイサンとビイサンは人混みの中を走り出した。
「どうする気だ? 闇雲に探したって見つかるもんじゃないぞ?」
「勿論策はありますよ。私の兄さんに手を出すような女は許せませんし。…うふふ」
「リ、リリアさん?」
「取り合えず涎を拭いて説明してくれ」
「あ、はい。すみません」
リリアは涎を拭う。
「ではまず酒場に行きましょう」
「酒場にか?」
「お腹空いたの?」
「違いますよ。ちょっとしたツテがあるんです」
大通りから外れた場所にその酒場はあった。大きな店構えではないが、年期の入った穴場のような老舗であった。
「こっちです」
とリリアは言うが、そこは酒場の入り口ではなく、酒場と隣の建物の間の小さな道だった。おそらく、道だと言われなければ誰も気付かないような細い通路だ。
言われるがままにウェスとクルリはその後についていく。
その細い通路を何度か曲がりながら進んでいくと、目の前に小さなテントが現れた。
「ここ、か?」
ウェスはキョロキョロ周囲を見回していた。
「酒場っていうか酒場の裏だね」
「ゼペットさん、居ますか?」
リリアがテントの入り口を捲る。
「おお、リリアちゃんじゃないか。久しぶりじゃの。今日はいったいどうしたんじゃ?」
腰が直角どころかそれ以上に曲がっている老人が杖をつきながら現れた。髪の毛も髭も伸び放題で、清潔感は欠片もない。髭を三つ編みしていて、小さなリボンで止めている。
「おや、今日は人が違うようじゃな。あの双子はどうしたんじゃ?」
「そのことで、ゼペットさんに訪ねたいことがあるんです」
「なんじゃ?」
「実は財布を盗まれたんです。女なんですが、心当たりありませんか?」
「ふむ、儂も長年ここに居るが、流石にそれだけの情報ではのぅ。女のスリ師も多いからの」
髭を撫でながら老人は答えた。
「そう、ですか…」
少しでも可能性があるのならと考えここまでやって来たのだが、この人物でも分からないとなると簡単な話ではなくなる。リリアは落胆の色を隠せなかった。
「ちなみに、盗られたのはどなたじゃな?」
「俺です」
ウェスが前に出る。
「ほほ、儂も人としては底辺に位置する者じゃ。そう畏まる必要もなかろうて」
「は、はぁ…」
「失礼するよ」
そう言うと老人はウェスの衣服に顔を近付けた。スンスンと鼻を鳴らしながら何かを嗅いでいるようである。しばらくすると老人はウェスから離れていった。
「儂も男じゃからな。あまり男の臭いは嗅ぎたくないわい」
何なんだとウェスは首をかしげた。
「犯人は分かったよ。この独特な匂いの香水をつけておるやつは一人しかおらんでの」
「え?」
ウェスは自分の服を嗅いでみるが、そのような匂いは感じられなかった。
「誰なの!?」
「じゃが、ただでとはいかん」
老人は人差し指を立てチッチと振る。
「だか、今金は…」
「誰も金が欲しいとは言っておらん」
「では何を?」
老人はニタリと笑った。
「そうじゃな。幸い今日は二人もおるしの」
付き合いのあるリリアは何かわかっているようで俯いている。
「リリアちゃんと、そちらのお嬢ちゃんの服を貰おうかの」
「………は?」
ウェスの思考が停止してしまった。
「ちょ、何言ってんの?!」
たまらずクルリが声をあげる。
「クルリさん、ここは黙って従ってください」
「なんでっ!?」
「あのスリをとっちめるにはこれしか方法が無いんです」
「でも、服をとられたら私たちすっぽんぽんじゃない!」
「ほほ、安心せい。代わりの服を用意してあるからの。つまりじゃ。主らは単に服を着替えるだけでいいんじゃよ。言い方がわるかったかの?」
「あ、そうか。それはよかった。って! 結局服は取られるんでしょ?!」
「ふむ、頑固なお嬢ちゃんじゃ。じゃあ情報はやらん」
「ちょ、ジジィ!」
クルリは腕を前につき出す。魔術を撃つつもりだ。
「クルリさん落ち着いて!」
リリアが必死でクルリを宥めた。最初は暴れていたクルリだったが、徐々に冷静さを取り戻していった。
「どうしてもあげないとダメ?」
「はい。列車に乗るためにはお金が必要なんです。私たちのように王宮で働いている者は仕事が理由であれば無償で乗れますが、兄さんとクルリさんはちゃんとお金を払わなければならないんです」
「うーん…」
少しの間クルリは悩んでいたが、あれこれ考えてようやく決心がついたのか顔をあげた。
「わ、わかった。列車に乗るためだもん。着替えるよ。着替えればいいんでしょ!」
後半は怒ったような口調だった。
「そうと決まれば早速着替えておくれ。ただ、狭いんでの。一人ずつじゃ。どっちからいくかの?」
ジジィはノリノリである。
「じゃあ私からいくよ」
「お嬢ちゃん勇気があるのう」
「こうゆーのはさっさと済ます方がいいんだよ」
「ほほ、よい心がけじゃ」
クルリはテントの中に入った。
狭い。そして汚い。だが整理はされている。綺麗に折り畳まれた服が一枚の壁のように積まれていた。
ボロいテントだ。穴が開いてないか確認する。
「老体に雨は堪えるからの。穴は全部塞いであるわい」
ジジィはお見通しだった。
「お嬢ちゃんは、右から二列目の上から四番目の服が似合いそうじゃな」
「え?」
それが壁のように積まれた服の事を言っているのだと気付くのに少し時間がかかった。
クルリは言われた場所から服の壁を崩さないようにして抜き取る。
すると、その間からヒラリと何かが落ちる。
「これ、ぱん…」
「そうじゃ。下着も着替えるんじゃぞ」
「…ジジィ!!」
「ク、クルリさん落ち着いてぇ!」
閑話休題
結局クルリとリリアは全て着替えるはめになってしまった。
「っは! 俺は今まで何を?」
二人が着替え終わったあと、固まっていたウェスの意識が戻る。
「ん? お前ら、何で着替えてるんだ?」
水色のワンピースに白いシャツを羽織った不機嫌そうなクルリと、赤いフリルのついた少し丈の短い真っ黒なドレスを着たリリアが立っていた。
「列車に乗って最終的に王都に行くためだもん!」
「そうか…? まぁ訳がわからんが、似合ってるしいいんじゃないか? でもちょっと寒そうだな」
「ふん、安心せい。こいつは魔糸製じゃから大丈夫じゃよ。防御力あっぷじゃな!」
「へぇ、よかったな」
「ここに至るまでの過程はあんまりよくないんですけどね」
リリアは苦笑いを浮かべていた。
「さあ、犯人を教えてよ!」
そのために彼女らは着替えたのだ。
「うむ。犯人はシェーラという盗賊じゃ」
「盗賊?」
「あやつは一人じゃが、腕がよくてな。狙った獲物は必ず手に入れるんじゃ。ただ、気まぐれなやつでな、気が向いたときに突発的に動くもんで行動の予測ができんでな、なかなか捕まらんのじゃ」
「シェーラか…」
「まぁ、あやつの寝床は儂もいくつか知っておるから当たってみてはどうじゃ?」
ジジィは懇切丁寧にその場所を教えてくれた。
「ありがとう。ゼペットさん」
「よし! それじゃあその盗賊をボコボコにして盗られたお金以上のお金を巻き上げて列車に乗るぞ!」
「やたら気合いが入ってますね…」
「当然! あいつのせいで今日は災難だったんだから! ジジィには服取られるし。とられてばっかりだよ」
「ゼペットさんも悪い人じゃないんですけどね」
「うん…、でも服なんか集めてどうするんだろ?」
「ゼペットさんは古着を合わせて新しい服を作っている方なんです。それが結構人気でよく売れてるんですよ」
「へぇ、それで金じゃなくて服を欲しがったのか」
ウェスは感心した。
「あと、こっちはちょっと言いにくいんですが…」
リリアは俯き口を濁らせた。
「なに?」
「ゼペットさんは、その…、匂いフェチで、特に女性の着た服の匂いが大好物なんです…」
「なるほど…。だから香水の匂いを嗅ぎ分けられたのか。納得した…」
ウェスは額を押さえた。
「待って! じゃあ…、アレ、も…?」
リリアは静かに頷いた。
クルリの顔が真っ赤になった。それが怒りから来るものかはたまた羞恥から来るものかはわからない。
ただ、とてつもない怒りのオーラがその背中から放たれていた。
「あの変態ジジィ! 骨も残さず焼いてやる!」
ゼペットのもとへ走ろうとするクルリをリリアは必死で押さえる。
「クルリさん落ち着いて! 今度好きな人に嗅がせてあげればいいじゃないですか!」
「なっ! 何言ってるのリリアさん! そーいうことじゃないでしょ?! 論点ずれてるよ!!」
「あ、すみません…」
事のあらましを理解できないウェスは、ただただ呆然とその光景を見ているだけだった。