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第21話 vsブラッドゴーレム

今回ちょっと更新が遅れました。


 リリアは再びゴーレムに剣を突き立てた。取り合えず、ゴーレムの肩に魔方陣は無かったので、今度は別の場所を探さなければならない。まずは背中を探す。

 さながら動く崖。足場のような足場は無いに等しい。リリアは突き立てた剣に掴まり、小さな隙間に足をかけ、徐々に下へ降りていく。すると、ゴーレムの腰の辺りに鈍く光るリリアの体くらいの大きさの模様がある。

「あった…」

 魔方陣。

 魔方陣は魔術的配列と模様によって様々な効果を発揮する。なので、傷をつけたり、形を変えてやったりすれば、バランスが崩れて魔方陣としての機能は無くなる。そうすればゴーレムは止まるはずだ。

 リリアは魔方陣の横まで降りてくると、突き立てた剣に足を乗せ、ゴーレムの隙間に手を引っ掻ける。不安定ながらも、落ちることなくその場に留まることができた。

 次に意識を集中させる。

 イメージは剣。

『グラディウス…』

 もう一本剣が出現する。

 そいつを強く握った。

 これをこの魔方陣に突き立ててやれば、魔方陣はその機能を停止させる…、はずだった。

 振りかぶった剣を魔方陣に突き立てようとしたとき、コインを弾くような音がして剣が弾かれる。弾かれた剣に腕を取られ、リリアの体も夜の空へ放り出された。

『祈りを伝えし風の十字。魔を切り裂け!』

 体勢を整えることもせず、リリアは魔方陣に魔術を撃つ。

『ガスティクロス!』

 風の刃が十字に重なり魔方陣へと放たれる。それは見事に命中するが、またしてもコインを弾くような音がする。魔方陣の周囲は多少抉れたものの魔方陣自体は無傷だった。

 リリアは舌打ちする。

 こいつが封印された理由が分かった。弱点があっても倒せないのだ。弱点は強力な結界で守られている。実にふざけた仕様だ。

 結界を解くには結界を張った術者が解くか、魔術の逆算を行う必要がある。

 ずいぶんと昔の産物なので、結界を張った術者が生きていることはまずあり得ない。封印されたことを考えるなら、恐らくはこの無差別殺戮兵器に殺られたのだろう。となると魔術の逆算をするしかないのだが、リリアにそれはできない。

『フォローウィンド』

 魔術を発動させると、リリアの体を風が覆う。リリアはゆっくりとゴーレムの後に着地した。

 ゴーレムは何事もなかったかのように大地を揺さぶりながら進む。リリアがその体を這っていたことは蚊のくしゃみほども気にしていないようだ。まぁ、あんまり敏感すぎても気持ち悪いのだが。

 リリアは周囲を見回した。

 潰れた建物、舞い上がる砂埃、生臭い臭い、何だったかわからない肉の塊。

 いつ見ても吐き気がする。まぁ、狼狽えなくなった分だけ慣れたということなのだろうが。それでもこういったものを見たり感じたりするのは精神衛生上良くない。

 下で怪物達と戦っていた者の姿もほとんど見なくなった。みんな逃げたのか、それとも怪物の腹の中か…。どちらかは定かではないが、今ここに守るべきものは無いように思う。ならば自分も引き上げるべきだろう。倒せないと分かった以上、あのゴーレムに構っている暇はない。今からは生存者の捜索をしよう。この惨状では絶望的かもしれないが…。

 リリアは大通りの真ん中に立った。周りには潰れた建物や崩れそうな建物ばかりでまともに残っている建物は無い。

「さて…」

 これは調整が難しい。微妙な威力の違いで全てが無駄になる。安全確認した上でリリアは意識を集中させる。

『便りは風に乗り運ばれる。いかなる邪魔があろうとも…』

 少し魔力を上乗せさせる。強すぎず弱すぎず。なるべく負担をかけないように。

『フォローウィンド!』

 リリアを吹き飛ばしたり受け止めたりしたときとは違う、優しく力強い風が彼女の両脇の瓦礫を吹き飛ばした。

 集中してばかりだと疲れる。一息ついたリリアは瓦礫のあった場所に目をやる。誰か生存者が居ればいいのだが…。

「………だめ、ですか…」

 そこに生存者は一人もいなかった。

 リリアは次の瓦礫を退かすため歩を進める。

 本当に嫌になる。

 目の前を歩くゴーレムが次々と瓦礫を増やしていくからだ。

 憎々しげにリリアはそれを見詰めていたが、頭を振りやるべきことがあると自分に言い聞かせる。

『フォローウィンド!』

 それを何度繰り返したかは憶えていなかった。吹き飛ばしては見付かる死体。半分以上彼女は諦めていた。しかし、さらにそれを数度繰り返したとき、リリアはふと我に帰る。

 確かに聞こえたのだ。誰かの「助けて」という声が。

「誰か居るんですか?!」

 リリアは慌てて瓦礫のあった場所に駆け寄った。

「助けて…!」

 声がした方に目をやると、子供が一人、地面に座り込んで泣いていた。

「大丈夫?」

 リリアは子供に問い掛けた。

 子供は泣いたままだが頷いた。

「お母さんが…」

「お母さん?」

 リリアはハッとした。

 座り込んで泣いている子供の前に横たわっている人が居た。なぜ気が付かなかったんだろう。リリアは頭を振った。

 死体ばかりを見すぎたせいだ。助けられないものに態々構う時間が勿体ないと、完全に物として見始めていたのだ。

 だからこの母親を排除して見ていた。つまりこの母親はもう…。

「うぅっ…!」

「あなた、名前は?」

「…アレッサ」

「そう。アレッサ、お母さんがどうなったかは分かりますか?」

 分からない年齢ではないはずだ。だが、認めたく無いのだろう。アレッサは黙って母親を見詰めていた。

 酷なようだが状況が状況なので仕方ない。リリアは催促せずにアレッサの答えを待った。

 しばらくしてアレッサは小さく頷く。

「うん、いい子だね。アレッサ、あなたは逃げてください。お母さんはあなたが自分と同じようになることなんて望んでないはずですから」

「…お姉ちゃんは? 逃げないの…?」

「私はもう少しやらなくちゃならないことがあ――!」

 残った瓦礫の裏から怪物が一匹飛び出す。

 フォンビースト。フォンヘイムの近くの森の奥地に生息している熊型の怪物だ。その強靭な肉体と木の幹をも抉る爪には注意が必要だ。

 アレッサに意識がいっていたリリアにとって完全な不意打ちだった。リリアは咄嗟にアレッサを抱え跳んだ。ごろごろ地面を転がり、回転が止まるとすぐに体を起こし、それと向かい合う。が、それは既に切り返し、彼女らに飛び掛かる最中であった。避けることはできる。だが、それはリリア一人での場合だ。アレッサを庇いながらはまた別の話。アレッサを見捨てて自分だけ助かるわけにはいかない。

 フォンビーストがその豪腕を振り上げる。

 リリアは腕一本持っていかれるのを覚悟でガードする。

 リリアは目を瞑り訪れるであろう痛みを待った。

 だが、それはいつまで経っても来ない。

「お姉ちゃん…」

 アレッサが呟き、リリアは目を開ける。

 見えたのは青いマフラーと、よく見知った後ろ姿だった。

「俺でも役に立つだろ!」

「兄さん!?」

 ウェスが熊の腕を剣で支えていた。

 ウェスは熊を突き飛ばす。熊はころんと後ろに転がった。

「俺でも転がせる相手に苦戦か?」

 皮肉たっぷりにウェスは言う。

「さ、さっきのは不意打ちで…!」

「王宮魔術士の言い訳かよ」

「…分かりました。どいてください」

 ウェスは苦笑いしながらその場をリリアに譲った。

 負けず嫌いのクセに普段それを思考で押さえ付けているリリアだ。一度火がついたら簡単には止まらない。

『吹き荒ぶ嵐。優しき風は怒りによってその姿を変える!』

 ウェスは剣を自分の前に突き立て、アレッサを庇うようにして屈んだ。そうしないと自分達も巻き込まれてしまうのだ。

『エアイルミネイト!』

 熊の周りに渦を巻くようにして風が発生する。それは段々と威力を増し、熊の体を切り裂いていく。それでも風は留まることを知らず、ますます加速し、やがてパチン、パチンと音が鳴り出す。風の中に小さな火花のような光が見える。風の中でプラズマが発生しているのだ。それはさながら空気がイルミネーションで飾れたようだ。

 風と雷の音で熊の断末魔は聞こえない。風がおさまった後には、血の一滴も残っていなかった。完全に消滅したか、吹き飛ばされたのだろう。

「おーこわいこわい」

「…ふん!」

 熊に当たってみたが、まだリリアは不満そうだった。

「で、兄さん。何しに来たんですか?!」

 口調が完全に怒っている。

「戻ってくるって言ったろ?」

「クルリさんはどうしたんです?」

「逃げたよ」

「じゃあ次はアレッサちゃんをお願いします」

「はぁ?」

「住民を助けるのも立派な仕事ですよ」

「お前は逃げないのか?」

「もう少し瓦礫の下を探します」

「もうボロボロじゃないか。後は救助隊に任せた方がいい」

「大丈夫です!!」

 と言いつつも、大声を出したリリアはよろける。

「お前、魔力はあっても体力は無いからな」

「お、大きなお世話です!!」

 また大きな声を出したリリアを目眩が襲う。

「わかったから少し休め…」

 ウェスはリリアを左側から支える。

「あー、兄さんの肩懐かしい…」

「懐かしむのはいいが、涎を垂らしながらは止めろ」

 疲れてテンションがおかしいのだろうが、こんな時に何を妄想しているのやら…。

 ウェスはどうしたらいいものかとキョロキョロしていたアレッサに振り返った。

「アレッサ…、だったか?」

「は、はい!」

「もしよかったらこいつに手を貸してくれないか? 反対側から支えてやってくれ」

「はい!」

 アレッサがリリアの右側を支える。

「これが、両手に華…! じゅるり…」

「違う。じゅるりとか言うな」

「は、はは…」

 アレッサが引いている。確かに、戦っているときとは全くの別人といってもおかしくない変わりようである。

 リリアを支えながら一行はゴーレムとは反対側へ歩く。最初に逃げていた方向とは逆だが、ゴーレムの方へ向かうことを考えるとこちらの方がいいだろう。

 しばらく歩いているとウェスは急に寒気を覚えた。

 夜で冷えてしまったからだろうかと思ったが、どうも違う気がする。

 誰かにジッと見られているような、寒気ではなく悪寒。

 ウェスはその視線が向けられているであろう方向を見た。

 真後ろ。

 ゴーレムの姿が見える。

 だが、おかしいところはない。

 そう思ってもう一度正面を向こうとしたが、ふと疑問が浮かぶ。

 ゴーレムの背中に、黄色い点が二つあったように思う。

 背中?

 ウェスは目を凝らしもう一度確認する。

 ゴーレムが歩いた。

 彼らに向かって。

「ひ、引き返すのか!?」

 ウェスは焦った。距離があるとはいえ、こっちにはテンションのおかしいリリアと子供のアレッサが居る。あまり走ることはできない。走れないのは相手も同じだが、何せ一歩の大きさが違うのだ。あっという間に追い付かれてしまうだろう。だが、対抗手段が無い。そう考えている間にも距離は縮まっていく。

 考えれば考えるほど何も思い浮かばない。

 街を壊しながら歩いていた時と違って真っ直ぐ目標に向かって歩くのだ。そのスピードは尚早い。自分達は何十歩も歩いたというのに、ゴーレムは数歩で彼らに追い付いた。

 ゴーレムが足を上げた。次の一歩で踏み潰すつもりらしい。

「きゃああああ!!」

 アレッサが悲鳴をあげる。いくら逃げても間に合わない。

 ここでウェスはふと思い付く。

「待て、バックだ!」

「え、えっ?」

 困惑するアレッサをリリア諸とも引っ張り、ウェスは後ろへ下がった。するとゴーレムの巨大な足の踵が彼らの目の前に下ろされる。

 しかし足踏みの衝撃で三人はバラバラに飛ばされてしまった。

 リリアとアレッサは瓦礫の方へ飛ばされ、ウェスはゴーレムの後ろ側へ飛ばされた。瓦礫の方へ飛ばされたリリアとアレッサは気絶していたが、奇しくもそのおかげでゴーレムの視界から外れた。

 一方、背後に飛ばされたウェスもゴーレムの視界から外れていたが、彼もまた気絶していたのだ。

 そこは通りのど真中。見付かるのは時間の問題だった。

 そしてその時は再びやって来る。ゴーレムがまた振り返ったのだ。

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