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第19話 救出。それから

「お、親分! 誰か入ってきたッス!」

 見張りをしていた子分が親分の下へ駆け寄る。

 親分は建物のとある一室でカボチャスープを啜っていた。その横には口を塞がれ、腕を後ろで縛られている少女が転がっている。

 子分の知らせを聞いた親分は顔色を変えた。

「なんだと!?」

 親分も確認をする。

 するとそこには一組の男女が居た。赤い上着を羽織った女。それが誰かは知らないが、男の方に親分は見覚えがあった。そう、あの少女の相方のマフラー男。どうやってこの場所を嗅ぎ付けたのかは分からないが、まずい状況だった。

 このまま見つかってしまえば、身代金どころの話ではなくなってしまう。役所に突き出されそのまま牢屋行き。ジャック・オ・ランタン始まって以来の危機だった。まだ創設七日目だが。

 だが、まだ慌てることはない。要は見つからなければいいのだから。

「おい、下を開けろ!」

「了解ッス!」

 子分が床を叩くと、部屋の一部がせりあがり、人一人がようやく入れるほどの穴が出現した。それは、彼らが用意したもしもの時の為の地下室であった。

 まず親分がその穴に入る。そして子分が少女を運び、親分に渡す。最後に子分が入り、穴の蓋を閉めればそれで隠れることができる。

 これで見つからない。誰も居ないと分かり引き返してくれればいい。

 しかし、慌てていた彼らは重大なミスを冒していたことに気がついていなかった。

 コツコツと足音が近づいてくる。どうやらこの部屋まで二人がやって来たようだ。

 ガサガサという物音。部屋の中を物色しているようだ。絶え間なく聞こえる足音。緊張で呼吸もまともにできない。早く出ていってくれ。親分と子分は願った。

 コツコツコツ…。

 ふと足音が止まる。静寂が周囲を支配した。

 親分と子分に緊張が走る。

 永遠とも思える一瞬が過ぎたとき、その声は聞こえた。

「さっきまで誰かが居たな」

「そうみたいですね」

 隠れている方は心底ギョッとしたであろう。それこそ口で『ギョッ』と言いそうなほどに。

「このカボチャスープ、まだ温かいです」

「奴等はカボチャ好きらしいからな。どうやら大当たりのようだ」

 親分と子分は顔を見合わせた。

(親分! 何やってんスか!?)

(うるせぇ! 仕方なかったんだよ!!)

 二人は揉み合いを始めた。

 ガタッ!

 暴れすぎたせいで物音が出てしまう。

(………!)

(………!)

 互いの口を塞ぎながら、二人は動きを止める。ついでに呼吸も止めてしまったのでちょっと苦しい。

 また上から声が聞こえてくる。

「兄さん、今の音…」

「………」

「兄さん?」

「ああ、ネズミでもいるんじゃないか? こういう場所にはつきものだろ」

「……そうですね。ネズミですね」

「どうやら奴等は逃げてしまったようだな。だが、まだ近くに居るはずだ。探すぞ!」

「はい!」

 タタタタと走り抜けていく音が聞こえた。その音はだんだん小さくなり、そして聞こえなくなった。

 二人はようやく安堵のため息を吐く。

 だが、まだ安心はできない。逃げたフリをして見張っている可能性もある。だから彼らは動かなかった。

 親分は耳を澄まし、感覚を研ぎ澄まし、周囲の小さな音を聞き逃さないようにする。

 聞こえるのは自らの心音。それ以外は聞こえてこない。

 ドクン…ドクン…ドクン…

 集中しすぎているせいだろうか、自分の鼓動がこんなに聞こえるなんて。

 ドクン…ドクン…ドシン…ドクン…

 親分は首をかしげる。

 今、違う音が混ざったような気がする。不思議に思いつつも、親分は周囲の音に耳を傾け続けた。

 ドシン…ドシン…ドシン…

 違う音が聞こえる。

 親分は確信した。この音は自分の心音なんかじゃない。

 じゃあ一体何の?

 それは徐々に大きくなっている。

 ドシン…ドシン…ドシン…!

「親分!?」

 親分は地下室の蓋を開け飛び出た。脇目も振らず出口へと走る。

 しかし、彼の前に二人の男女が立ちはだかる。

「ようやく出てきたな」

「クルリさんを返してください」

 首元に剣を突き付けられるが、親分にはそんなことを気にする余裕はなかった。あの音を確認しなければならない。

「早くクルリを出せ!」

「頼む! 退いてくれ!」

「逃がしませんよ! この誘拐犯!」

「逃げなきゃなんねぇんだよ! あんたら、あの音が聞こえないのか!?」

 マフラーの男が顔をしかめた。

「何を訳の分からないことを…」

 親分の言葉で女は何か感じ取ったようだ。

「…兄さん、この音!」

「リリア、お前まで何を…」

 ドシン…ドシン…

 地面がその音に合わせ小さく揺れている。

「お、親分!」

 地下室から子分も出てくる。

「おい、人質を連れてこい!」

「は、はい!」

 子分はすぐに地下室へ戻り、少女を抱え戻ってきた。

 ズシン!

 地面が強く揺れた。

「人質は返す! だからあんたらも早く逃げるんだ!」

「ひ、ひぃぃぃ!」

 親分と子分は早々に逃げ出した。

「兄さん、まずいです!」

「くっ!」

 男も状況を理解したようだ。

 置き去りにされた少女の口封じを外し、縄を解くと、眠ったままの少女を背中に背負った。

 そしてすぐさまに建物から出る。






 最初に聞こえたのは人々の叫ぶ声。次いで鐘の音。

 鐘の音は緊急事に鳴らされる街の警鐘。普段は滅多に鳴ることの無い鐘の音が鳴っている。

「リリア、少しクルリを頼む」

「兄さん!」

 ウェスはクルリをリリアに預け、西の壁へ駆け寄る。そして左右に目をやり、壁を上る梯子を見つけると、揺れに注意しながらにその梯子を登っていった。

 梯子を登りきると、街を囲う壁の上に出られる。

 そこで彼はそれを目撃した。

「あんた! ここは危ない、早く逃げるんだ!!」

 見張りをしていたであろう男に警告されるが、ウェスはそこから目を離せなかった。

 森の中をソレは木々を踏み潰しながら歩いてきていた。ウェスとソレとの距離はまだかなりあった。だが、それでもその巨大さが理解できた。ソレの手には一本の木が握られていたからだ。まるごと一本、地面から引き抜かれた木。

 夜の闇の中、月と松明の明かりに照らされ浮かび上がったその赤い巨体は、大地を揺らしながら、ゆっくりとフォンヘイムの街へ近づいてきていた。

「赤いゴーレム…」

 ウェスがそう呟くと同時にゴーレムの巨大な腕が動いた。

 それは信じ難い光景だった。その木が飛んだのだ。まるで子供が木の枝を投げて遊ぶように、軽々と…。

 木はウェスの上を通り抜け、ある程度進むと街へと落下した。あまり聞いたことの無い、建物の潰れる音が響き渡る。

「兄さん!!」

 その叫び声でウェスは我を取り戻す。

「早く逃げろ!! あんた死にたいのか!?」

 隣で見張りの男が叫んだ。

 ウェスは額を押さえ、自分を落ち着かせると、梯子を降りていった。

 降りた場所ではクルリを抱えたリリアが待っていた。

 すぐにリリアからクルリを受け取る。

「リリア、逃げるぞ」

「何があったんです!?」

「…赤いゴーレム。それも、ばかでかいやつだ」

 リリアは一瞬驚いた表情を見せた。

「赤い? まさかブラッドゴーレム? でもそれは嘗ての王宮魔術士たちが封印したはずです!」

「さあどうだかな。松明の明かりで赤く見えただけかもしれないが…。とにかく逃げた方がいい」

 色々言いたいことはあったが、リリアは何も言わず兄の顔を見つめ小さく頷いた。

 まずいとかそんな生易しい状況ではなかった。

 ここに居たら死ぬ。

 もしあれがブラッドゴーレムであるなら、そこまで切羽詰まった状況だったのだ。

 普通、ゴーレムは建造物や宝を守護するためのものである。基本的に守りの機能しか備えていないため、侵入者を見つける、あるいは攻撃を受ける等して初めて動き出す。

 だが、ブラッドゴーレムは違う。自ら敵を探し、可能な限り殺戮を続ける魔術兵器なのだ。

 ゴーレムは土から作られ、それに魔術をかける、もしくは魔方陣を描くなどして命を与えられる。土はどんな土でもいいが、素材になる土によって能力が異なるのが特徴だ。一般的なゴーレムに加え、砂を使ったサンドゴーレム、泥を使ったクレイゴーレム。またゴミの埋まった土を使うダストゴーレムなんかもある。

 ブラッドゴーレムは名前から察することができるように、血の混じった土から作られるゴーレムだ。その材料は意外と簡単に手に入る。戦場になった土地の土を使うのだ。戦場にはたくさんの血が流れる。今でこそ落ち着いているリスタニア王国だが、かつては自国の領土を守るため、領土を広げるため、幾度となく戦争をした。そしてそのために手段を選ばなくなった時期もあったといい。その時に作られたのが、このブラッドゴーレムだという。しかし、このゴーレムは敵味方関係無く無差別に攻撃するため、ずっと昔に王宮魔術士たちによって封印された、とされているのだが…。

「リリア、お前なら詳しいだろ。仮にあれがブラッドゴーレムだとして、俺達に勝算はあるか?」

 リリアは首を横に振った。

「見かけたら逃げろとまで言われていた魔術兵器です。戦う前から勝敗は決まっています。仮にやりあったとしても、勝てる確率はほぼゼロです」

「…ゼロではないんだな」

「ええ。あれでも一応弱点はありますから。…けれど、倒すのを諦めて封印されたような代物です。兄さん、馬鹿な考えはやめてくださいよ?」

「わかってるよ、俺だって死にたくはないからな。自分の力量くらいわきまえてるさ…」

「絶対無茶しないでくださいよ?!」

「わかってる…」

「…それならいいんですけど」

 リリアは兄の表情を伺いながら話していた。言葉の裏を探るために。

「…信用できないか?」

 ウェスはリリアの顔を見ずに言った。

「そういうわけじゃ…、ないですけど…」

「いいさ。お前はそういう性格だからな。慣れてる」

 諦めたような口調だった。

「さて、このあとどうすればいいと思う?」

「兄さんは逃げてください。本当は避難の手伝いをしてほしいんですけど、クルリさんがその状態では足手まといになるだけです」

「お前は?」

「戦える人たちは皆さん準備しているみたいですね。力を合わせればあいつを倒せなくても時間稼ぎくらいはできると思います」

「………」

「兄さん!」

「分かってるよ…。王宮魔術士様」

 リリアは悲しそうな顔をした。

「皮肉言わないでください…」

「すまん。…クルリを安全なところに置いたら戻ってくる」

「それなら早くしてください。その時に街が残っている保証は無いんですから」

 リリアがウェスの背中を押した。

 ウェスは後ろを気にしながら走り出した。人々の流れに流されながら、そして自分の足でその方へ進みながら。それは逃げることを選んだ自分の意思だった。

 人混みに紛れ、リリアの姿はあっという間に見えなくなった。

 これでよかったのだろうか。

 足が止まりそうになる。けれどそうなるだけで、足は止まらない。

「わかってる…」

 自分の力量が足りないことくらい。

 リリアに遥かに及ばないことくらい。

 情けない嫉妬だった。

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