第17話 ジャック・オ・ランタン
炬燵と布団から離れられません。
クルリは逃げ出してしまったことを後悔していた。ウェスのことを知る折角の機会がそれでフイになってしまったからだ。しかし、今さらどんな顔して戻ればいいのか。
ウェスの様子を見てくる。
そう言って出てきたのだが、ウェスは外には居なかった。恐らくどこかへ出掛けたのだろう。戻る勇気もないので一応ウェスを探してみる。
取り合えず、子栗鼠の浜…、酒場へ行ってみようか。
まず大通りに出る。そこを進めば中央広場に行くことができる。中央と言うだけあって、その広場からは様々な施設へ繋がる道が延びていおり、常に人が行き交っている。また幾つか噴水が設置してあり、人々の憩いの場としても機能している。フォンヘイムでは一番賑わっている場所だ。
その中央広場から北東へ延びる一本の道を進む。するとすぐに酒場は見つかる。中央広場から程近い位置に酒場はあるのだ。
店内へ入る。
酒場が賑わう時間にはまだ少し早いようで、客は疎らだった。
「お、クルリちゃん、今日は一人かい?」
すぐにレフがカウンター越しに話しかけてきた。
「レフ。ウェス見なかった?」
「ウェス? さあ、今日は来てないよ」
「…そう」
「あ、そう言えばこの間の依頼はどうだった? 帰ってきたってことは――」
「ごめん。もう行くから…」
とぼとぼ歩き出すクルリ。
「お、おう、また来てくれよ」
そんなクルリをレフは営業スマイルで送り出す。しかし、彼女が店を出た後、レフは眉を潜めた。
そして、カウンターの下の男に向かって言う。
「お前、何したんだ?」
「別に何もしてやいないさ。ただ、ちょっと顔を合わせ辛くてな」
ウェスはカウンターから頭だけ出して周囲を見渡し、クルリが居ないことを確認すると立ち上がった。そしてカウンターの前に回り込み椅子に座る。
「少し一人で考えたいんだ」
「…ウェスは考えるときいつも一人だよな。相談できるような相手はいないのか?」
「相談できない内容だから一人で考えるんだ」
レフはため息を吐いた。
「考えるのは構わないが、ただ座ってるだけは勘弁だぞ?」
「タルミ豚のサイコロステーキ」
「ここは酒場なんだが?」
ウェスはレフを睨んだ。
「はいはい、冗談です。わかってますよ」
オーダーを受けてレフはカウンターの奥へ消えた。
一方、酒場を後にしたクルリは中央広場へ戻ってきていた。
噴水の前に設置してあるベンチに腰掛け、空を見上げる。東の空は既に夜になっていた。
「どうしよう…」
酒場以外にウェスの行きそうな場所が思い浮かばない。この街に他にどんな施設があるのかもわからない。
本当に知らないことだらけだった。
ウェスのことも、この街のことも、世界のことも、自分の記憶のことも。
今まで気にならなかったのにどうしてだろう。
知らないということが怖くて仕方なかった。
クルリは目を瞑り考える。
それならば今からやらなければならないことがあるはずだ。
「親分、本当にやるんスか? 何もこんな人の多い場所でやらなくても…」
「馬鹿。誘き出すんだよ」
「なるほど! さすが親分! 頭イイッスね!」
「あたりまえよ!」
さて、こんな怪しげな密談をしている連中が誰なのか説明しよう。
彼らは《ジャック・オ・ランタン》というカボチャ好きの盗賊団。構成員は二人。本日で結成七日目を迎える。これまでに二度盗みを働き、新聞の片隅にその事件が載ったことがある程度の盗賊団。彼らは今日、思いきった行動に出る。ズバリそれは。
「あの子ッスか?」
中央広場のベンチに腰掛けた少女。先日、酒場で20000Rの金を受け取り仕事に向かった賞金稼ぎの連れである。
「ああ、あの子を誘拐して身代金をがっぽりって寸法よ!」
「うまくいくんスかね?」
「ったりまえだ! さあ行け!」
「ええっ!? 俺が行くんスか!?」
「俺親分、お前子分」
「ちぇっ、わかったッスよ」
子分は少女に近づく。
少女はベンチに座ったまま、何か考え込んでいるようだった。
「す、すみません」
子分は少女に話しかける。が、少女はまるで意に介さないように黙っていた。
「この辺に、宿屋とか無いッスかね?」
「ごめん、私この辺詳しくないの」
少女はなげやりに答えた。
「そ、そうッスか…」
子分は引き返したが、戻ってきた途端、思いっきり殴り飛ばされた。
「馬鹿! 何引き返してんだよ!」
「だって…」
「だってもかってもあるか! 分かった。俺がいく!」
今度は親分が立ち上がった。
親分はベンチの少女の元へ歩み寄る。
少女は相変わらず何か考え込んでいた。
「あのう…」
「もう! さっきから何?! 私に近づくと焼くよ!?」
少女は随分と不機嫌そうに掌を親分に向けた。チリチリとした熱気が親分の顔を襲う。
「ひぃっ! い、いや、向こうであんたを探してる奴が居たから、それを…」
そう言った途端少女の顔がパッと明るくなった。
「どこ!?」
ものすごい食い付きだ。どうやら当たりを引いたようである。
「あ、ああ、こっちだ」
親分は物影に隠れている手下に向かってピースサインした。
「さすが親分!」
子分はその後をこっそりつけていく。
さて、こうして少女を誘き出すことには成功し、人気の無いところまで連れてきたのだが、この後どうすればいいか親分は迷っていた。
悪党であるならば、薬や暴力などで気絶させるのが一番。だが薬など持っていない。となると、必然的に力ずくで気絶させなければならなくなってくる。
そこが問題だった。
盗みの場合は人の居ない間に行動するので、せいぜい物を壊すくらいで人を傷つけたりはしなかった。
だが今回は人を傷付けなければならないかもしれない。
彼らは別に人を傷付けてまで金が欲しいわけではなかった。単なる憧れから盗賊団を結成しただけに過ぎない。
「ねぇ、どこ?」
少女が問い掛けてくる。
「い、いやぁ、さっきまでここに…」
嘘なので当然居るわけがない。
「もしかして、嘘?」
「ギクッ!」
「ねぇ、今時『ギクッ』なんて口にする人が居ると思う?」
少女の顔に徐々に怒りの色が見え始めた。
「や、そ、その…」
「私を探してた人って誰? 逢魔が時にあの広場の中から私を見つけたくらいだもん。詳しく聞いたんだよね? それだけ詳しく話したのに名乗らないわけ無いよね?」
「ひっ!」
『空気焦がす紅。烈火纏いて骨身を砕け…』
少女が再び掌を向ける。チリチリという熱気が親分を襲う。
「3数える間に私を呼んだ人の名前を教えて。脅しだと思わないで。逃げても撃つし、攻撃しても撃つ。当然答えなくても撃つ。あなたが助かる方法はひとつ。私を探していたというその人の名前を言うことだけ」
少女の掌に丸い炎が出現し、周囲を赤く照らした。
「いーち…」
出来ない、無理、不可能!
あらゆる否定の言葉が親分の頭を過った。
「にーい…」
このままでは焼かれてう。しかもかなり怒っているようだから焦げるどころじゃ済まないかもしれ…。
「さん…」
少女が数え終わった。
「うわああああ!」
親分は逃げ出した。
だがそれで少女の怒りがおさまるはずはない。冷たい目で逃げる背中を見つめる。
『スカーレッ――』
もう発動できたというのに、少女は途中で口を止め、前へ倒れ込んでしまう。
その音が聞こえ、親分は振り返った。
そこには倒れた少女と、震えている子分の姿があった。
「お前…」
「だ、大丈夫ッスか親分…?」
「大丈夫だ。しかし、その子は…?」
「本とかでやってるみたいに首にチョップしたら、どうも成功したみたいッス…」
彼らは人質を得ることに成功した。




