第16話 妹
なぜかシリアル……。
いえ、シリアスな展開に?!
リリアと呼ばれた犯人はウェスと同じく、深い青色の髪と、黒に近い赤い瞳をしていた。髪の毛は長く、腰の辺りまである。
目尻が少し下がっているが、優しい顔付きをしていた。
彼女の名前はリリア・ウルハインド。ウェスの妹である。
彼女は兄の様子を確認するためにここまでやって来たのだが、彼女がやって来たのは一昨日。そのときウェス達は先の依頼の真っ最中で、当然家には居ない。ノックをしても叫んでも誰も出てこないので、諦めて帰ろうかと思ったとき、不審に思った大家が確認しに来たのだという。最初は疑われていたリリアだが、事情を話すうちに意気投合し、あっさりと部屋の合鍵を手に入れたのだった。
「ところで兄さん、その子は?」
リリアはウェスの横でポカンとしているクルリを見て訊ねた。
「こいつはクルリ。理由あって行動を共にしている魔術士だ」
クルリはペコリと礼をした。
「私はリリア・ウルハインド。兄がお世話になっています」
そうしてリリアも礼をする。
「世話してるのは俺なんだが」
「兄さんの家事能力の低さはよく知ってますから」
「………」
ウェスは反論もせず近くにあった椅子に腰掛けた。
「それで、何の用だ?」
「…兄さん、やっぱり、家には―――」
「帰らない」
リリアが言い切る前にウェスは答えた。
「せめて顔見せるくらい…」
「嫌だね」
「兄さん…」
「あの家に俺は居ない方がいいんだ」
「そんなことない!」
「あるんだ!」
二人が声を張り上げた。
リリアはウェスを見ていたが、ウェスは目を逸らし下の何もない場所を見つめていた。
気まずい空気になった。急な出来事にクルリもどうしたらいいか分からず、ただ二人を交互に見ることしかできなかった。何か言うべきなのだろうか。しかし、この事情に踏み入ることはなぜか憚られた。
沈黙が続く。
「少し、頭を冷やしてくる」
ウェスはそう言うと部屋を出ていった。
「ごめんなさい」
ウェスが部屋を出てしばらくするとリリアが言った。
「え?」
「空気悪くしちゃって…」
リリアは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
「い、いえ、大丈夫です」
「ふふ、そんなに緊張しないで。ここじゃ私の方が余所者みたいだし」
寂しげな優しい瞳でリリアは言った。
先程のやり取りから、何か家庭の事情があるようだ。いったいどんな事情なのか。
考えてみれば自分はウェスのことをよく知らないのではないか。クルリはそう思った。
ウェスは自分のことをあまり語ったりはしない。クルリが知っているのは、彼が賞金稼ぎで、剣士で、貧乏で、恥ずかしいと口許を隠す癖があって…。
違う、そういうのではないのだ。それは表面を見ればわかること。要するに少しでも彼の中身を知っているかどうかなのだ。
その点、リリアは詳しいはずだ。彼らは兄妹で幼年から長い間一緒だったはず。一年ちょっと程度の付き合いの自分よりずっとお互いのことを知っているはず。
「「あの!」」
二人の声が被さる。
「クルリさんからどうぞ」
「リリアさんから」
数回譲合いが続いたが、このままでは埒が明かないとリリアが先に質問することにした。
「クルリさんのそのリボン、兄さんのマフラーの一部ですよね?」
「う、うん。そうだよ。私が怪我したときに、これを切って巻いてくれたんだ。その後は、私がリボンにして使ってるの」
「そうなんですか」
リリアはクルリのリボンをまじまじと見つめていた。そしてふっと笑った。
「まさか兄さんがそのマフラーを切っちゃうなんて。あれだけ大切にしてたのに」
クルリは首をかしげた。
「クルリさん、相当大切にされているみたいですね」
「そ、そうなの?」
頭に付けていたリボンを外し、手に取ってみる。綺麗な青色のリボン。それを見ていると、なんだか顔が熱くなった。
「知ってますか? 魔糸で作られた物は、千切れても互いに引き合う性質があるんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
「兄さんはあなたを手放したくないみたいですね」
「へ?」
氷水に顔を浸したい。クルリはそんな衝動に駆られた。今きっとたぶん、恥ずかしい顔をしている。
「ちょっと、ウェスの様子見てくるね!」
そう言い訳すると、クルリは思わず外へ飛び出していた。
それをリリアはニヤニヤしながら見送った。
「脈ありかしらね」
それにしても随分可愛い子をたぶらかしたものだ。まだ発展途上みたいだけど、兄さんにそんな性癖あったかしら。まぁ、先を考えるなら今のうちにマーキングしておくのも手よね。それにあの子ウブそうだし、色々吹き込んだら面白いかもしれない。
「あ、想像したら涎が…」
リリアには重度の妄想癖がある。
それは一日の半分くらいを妄想に費やしていると言っても過言ではない。
ウェス達が帰ってくる前、つまり昨日と一昨日の間に、彼女は様々な情報を得た。主に大家から。
そして得た情報から彼女は様々な妄想をした。兄の匂いのするベッドの中で。
とはいえ、彼女はただ変態というわけではない。純粋に兄のことを心配しているし、家庭の問題も解決しようと一番真剣に取り組んでいるのは彼女だ。
その問題の中でも兄の孤立は、何としても解決したい問題だった。
兄さんが戻ってくればきっとなんとかなる。彼女はそう信じていた。
いつかまた家族で暮らせる日を夢見て。




