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第13話 飲ませたら

 夜。

 ラフランの街は賑やかだった。霊が街を徘徊しなくなり、人々に活気が戻ったのだ。

 霊が溢れていたときも活気はあった。しかし、それとは違い生気溢れる活気だ。街はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

 さて、この度事件を解決した四人だが、すっかり人気者で彼方へ此方へとてんやわんや引っ張り凧であった。

 ようやく解放された彼らは、ラフランの酒場に居た。そこにはたくさんの料理と酒が並んでいた。それは無料で振る舞われているものだ。

 ウェスとトトラはカウンターに腰掛けていた。

「ストレフさんは?」

 先程からジィの姿を見かけていないウェスは誰となしに訊ねた。

「なんや、仕事があるっちゅうて早々に屋敷に引き上げたで。今日ぐらい休めばええのにな」

「そうか…」

 ウェスは残念そうに息をついた。怪我の治療をしてもらったのに、あちこち引きずり回されてその礼がまだできていなかったのを気にしていたのだ。

「まぁ、気にせんと食べや。傷が治らんで」

 まるで人の心を読むかのようにしてトトラは話す。こればかりはウェスも関心せずにはいられなかった。

「読心術の心得でもあるのか?」

 トトラは苦笑いした。

「そんな大層なもんあれへんわ。ワイはただ観察しとるだけや」

「すごい観察力だ。素直に尊敬できる」

「まぁ、一種の職業病やな。せやけど、あんま見えすぎんのもあかんわ」

 トトラはグラスに酒を注ぐとそれを口に運んだ。

「見えると言ったら、クルリちゃんの姿が見えんようやけど?」

「あいつはあそこで黙々と食ってる」

 ウェスが指差す先に、テーブルを囲うようにして人集りができていた。

「おおっ! もう二十杯目だぞ!」

 大方その大食いを披露しているのであろう。野次馬の言葉がそれを物語っている。

「あいつの食費は馬鹿にならない…」

「…せやろな」

 まぁ、タダ飯なのでウェスも止めたりはしないのだが。近い未来、また貧乏生活が再開されるのだから、今のうちに思う存分食べさせてやるのがいいだろう。

「ウェストール」

「なんだ?」

「あいつら何者やろ」

「あいつら?」

「死霊使いを連れ帰った連中や。あのガキと猫、どう見てもただ者やないで」

 それはウェスも気になっていた。

 死霊使いを同士と言い、動けなくなるようなとてつもない殺気を放ったあの少年。彼は一体何者なのか。それに彼の言葉も気になる。

 手段は違っても共通の目的を持った…。

 共通の目的。

 死霊使いは霊を使役して何らかの情報を集めていた。この街にその情報があるということなのか。

 だとしたら何の?

 恐らくそれが彼らの目的であるはずだ。

 だが、そんなもの考えても分かるはずはない。

 仕事は終えた。

 無用な思考だとウェスはそれを切り捨て、さっきからほったらかしにしていた料理を口に運ぶ。

「まぁ、どうでもええか」

 ウェスの様子を見てトトラは察したようだ。そうしてグラスの酒に口をつける。

「トトラは、この後国に帰るのか?」

「いいや。ワイはもうあそこには帰れへん」

 ウェスは眉を潜めた。

「何故だ?」

「そこを聞くんか。プライバシーっちゅう言葉知っとる?」

「…話したくないなら無理には聞かないが」

 トトラは残りの酒を一気に飲み干し、息を吐きながらグラスをカウンターに置いた。

「情けない話なんやけど、勘当されたんや」

「勘当?! なんでまた?」

「親父が相当頑固者でな。ワイが商人になりたいっつったらあっという間に追い出されたんや。…まぁ、ウチは代々霊能士の家系やから尚更商人なんて認められんかったんやろな」

「なるほどな。そういうのはどこでも同じか」

 トトラは意外そうな顔をした。

「なんや、ウェストールも同じムジナなんか?」

「お前は口が軽そうだから言わない」

「ワイが恥を偲んで話したっちゅうのにセコー!」

「そっちが勝手に喋ったんだろ」

「あーっ、迂闊やった!」

 テーブルをドンドン叩きながらトトラは悔しがっていた。その隣でウェスはグラスに入った水に手を伸ばす。トトラはジトっとした目でそれを見ていた。

「酒飲まへんの?」

「さ、酒は飲まない」

 ウェスは少しむせて、すぐに何事もなかったかのように水を飲み続けた。

 当然トトラが気付かないはずはないのだが、そこではあえて気付かないフリをした。

「ついに五十杯目だぞ!」

 後方のテーブルが再びざわめく。トトラはその瞬間を見逃さなかった。ウェスが後ろに目をやったその瞬間、トトラはグラスをすり替えたのだ。水も酒も透明なものだったので一目見ただけではわからない。

「よく食が進むもんだ。…ん、どうかしたのか?」

「いや、なんもあらへんで」

 うっかり口許が緩んでしまったようだ。トトラは顔を合わせないようにしながら水になっている自分のグラスに口をつけた。

 不思議に思いながらもウェスもグラスを口に運ぶ。トトラは内心でガッツポーズをした。

 作戦は成功!

 …したかのように見えた。ウェスが酒を飲みそうになった瞬間、彼は顔をしかめてグラスを止めた。

 バレた。

 トトラがそう判断したのと手を動かしたのは同時だった。

 左手でウェスの頭を引き、右手でグラスを押し上げる。驚いたウェスは口を開いてしまった。酒は綺麗に口の中に流れていく。

「トトラ…、お前…!」

 ゴホゴホ咳き込みながらウェスはトトラを睨んだ。

「何するにしても酒は飲めた方が特やでウェストール」

 ウェスは頭を抱えながら俯き、動かなくなった。

 そこへ、すっかりお腹いっぱいになったクルリがやって来る。笑顔で御満悦の彼女はウェスの隣に腰かけた。

「ウェス、どうしたの?」

 満面の笑みでクルリは問いかけるが、ウェスはピクリとも動かない。

「ウェストールは相当酒に弱いみたいやな」

 つまらなさそうにトトラはぼやいた。

「え…、キリウさん、今なんて…?」

「せやからウェストールは酒に弱いんやなって…」

 クルリの表情から笑顔が消えた。

「飲ませ、たの…?」

「そうやけど」

 みるみる顔色が悪くなっていくクルリ。

「き、き、キリウさん! なんてことしたのっ!? ウェスにお酒を飲ませたらダメなんだよ!?」

「一発でぶっ倒れるとは思えへんかっから…」

「違うよ! そんなんじゃなくて…! ウェスにお酒を飲ませるとっ!」

 なぜ怒られているのか分からないトトラは呆然とクルリを眺めるしかなかった。

 その時、ガタンという音がしてウェスが頭を上げた。

「ひぃっ!」

 あからさまに怯えるクルリを見てトトラはますます訳が分からない。

 どこか虚ろな目で周囲を見渡すウェス。そして徐にグラスに酒を注ぎ始めた。

「クルリ…」

「ひ、ひゃい?!」

 直立不動、綺麗に気を付けしてぴたりと止まった。

「トトラ…」

「な、なんや?」

 不穏な空気を読み取りトトラも生唾を飲み込んだ。

「あっはははは、なんて顔してんだ? あれか? 俺が怒るとでも? 酒を無理矢理飲まされたくらいでこの俺が怒るわけないだろ」

 酒の入ったグラスを片手にウェスは勢いよく立ち上がった。

「いいかお前ら、酒は天下の回りものと言ってだな、飲めば飲むほど酔いと世界が回る。世界が気持ちよく回ればそりゃ幸せだ! 酒は人を幸せにできるんだ。だが、忘れちゃいけない。幸せすぎると幸せの意味を忘れがちになってしまう。だから酒は飲みすぎると身を滅ぼすことになるぞ? ほどほどのバランスというのが大切なんだ」

 呂律も回っていないし、脈絡もないし、何が言いたいのかさっぱり分からない。

「そ、そうですね」

 なぜか丁寧語で対応するクルリ。彼女は酔ったウェスが一番苦手だった。

「トトラはどう思う?」

 何が? と問いたい気持ちは山々だったが、そういうとまた同じことを話しそうなので、取り合えず気になった点を述べることにした。

「酒やのうて、金は天下の回りもんとちゃうの?」

「あっははは! こりゃ一本とられたな!」

 笑いながらトトラの背中をバンバン叩く。かなり強く。

「クルリ、トトラは面白いな! ん、そういや変態だったか?」

「あ、うん、まぁ、覗くくらいですから」

「そうだよな。トトラ、覗きは良くないな」

「ちょ、ちょ、待ち?! なんで剣を抜いとるんや?!」

「そりゃ、お前を成敗するためだろ」

「や、そんなん聞いてないわ! クルリちゃん、なんとかなれへんの!?」

 クルリは静かに首を振った。

 酒場の客を巻き込みながら、ウェスとトトラの鬼ごっこが始まる。

 ウェスの悪癖を知らなかったとはいえ、自分の撒いた種だ。身を持ってその面倒を見てもらわなければならない。酔ったウェスを止める方法はただひとつ。疲れて眠るのを待つことだ。

 ウェスがトトラを追いかけ回していると酒場の扉が開いた。

「クルリさん達、こちらにいらしたんですね」

 アンネがやって来たのだ。

「どうしたの、アンネちゃん?」

 店内の惨状を見つめながら、アンネはゆっくりとクルリに近付いた。

「何かあったのですか?」

「あ、うん、触れないでいてくれると嬉しいな」

「そ、そうですか」

「それで、どうかしたの?」

「はい。もしよければ、今夜も家でもう一泊しませんか?」

「いいの?!」

「もちろんです!」

「でも、ウェスが…」

 走り回っているウェスを見てクルリは肩を落とした。

「それなら平気です。ジィ?」

「はい、お嬢様」

 いつの間にか現れたジィは、目の前からフッと消え、いつの間にかウェスの後ろに立ち、首もとにストンと手刀を当てると、ウェスが倒れる前に元の場所に戻ってきた。

「これで解決ですね」

 アンネはにっこり笑った。

「…う、うん」

 ジィさん、貴方も前衛で戦えば良かったのではないのでしょうか。

 果てしなくそんな思いに駆られるクルリであった。

取り合えず死霊使い編は終わり。

…まぁ、○○編とか今思い付いたんですけどね。

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