第12話 決着…?
炬燵からのっそり更新
「あーあ、滅茶苦茶…」
彼は穴の空いた床から下の階を見ていた。彼の上には青空が広がり、風が吹き抜けている。塔の三階はほぼ外壁だけで、内部の構造もわずかに残っている程度だった。
下の階は中々に面白い戦況だった。多対一だが、一の死霊使いも引けをとっていない。それもそのはず。死霊使いは地の利を活かして戦っていた。《マジックスポット》とは、空気中を漂う希薄な魔力や、魔術で消費され霧散した魔力の集まる場所。死霊使いはそこにリンクし、魔力の供給を受けながら戦っているのだ。魔術のあの威力はそこに理由があった。ただ四人にとって幸運だったことがある。それは死霊使いが陰属性の魔術しか使えないということだった。もし夜に戦っていたのなら、四人は一瞬で片付けられていただろう。
彼は崩れた壁に腰掛け足を組む。彼の衣服は多少焦げていた。高みの見物を決め込んでいた彼だが、部屋のあまりの暗さに見るのを途中で諦め、暇潰しに塔の散策を始めた矢先のことだった。突然下から魔術が飛んできて、そのとばっちりを受けたのだ。それがついさっきの事だ。けれど、そのお陰で彼は文字通り高みの見物ができるようになったわけだ。
服の焦げた場所を見ると彼は苦笑いを浮かべた。だが、その顔はすぐに厳しいものになった。
「なーん…」
すぐ後ろから猫の鳴き声がする。それを聞くと彼の顔は多少緩んだが、それでもさっきまでの顔とは違った。
彼は振り返る。
そこには珍しい桃色の毛並みをした猫が座っていた。
「気配を殺して俺の後ろに立つんじゃねぇよ」
「座っているのですが?」
猫は喋った。
「屁理屈を言うな。用件はなんだ?」
「例の件です。ここでよろしいのですか?」
「構わねぇよ」
「サナスト地方で似つかわしい物が見つかったようです」
「確かあそこはきれいな海があったんじゃねぇか?」
「私の故郷です、アルム様」
「そうだったな」
「オルター様にも伝えますか?」
猫は穴から下を眺めた。
「決着がつくまでもう少し待ってやれ」
「もう少しで終わりそうです」
「なに?」
「ああもうっ! ウザったい!」
いくら撃っても初級魔術に打ち消される。クルリはいい加減苛々し始めていた。本当ならもっと強い魔術を撃ち込んでやりたいのだが、部屋は思った以上に狭いし、仲間に当たるかもしれないし、塔を崩すかもしれないしと様々な理由で使うことができなかった。
本当の上級者であれば魔力のコントロールでなんとかできるのだろうが、生憎彼女はそのような実力は持ち合わせていなかった。
『レイスピア!』
『シャドウアーミィ…』
槍を影の斬撃が突き抜ける。
「やっぱりぃ!」
もうすぐ南中の時刻だというのにまるで有利にならない。それがすべてマジックスポットの力だと言うのか。そう思うと余計に苛々した。大量の死霊を操り、尚且つ動きながら魔術を放つ。なんと面倒くさい相手なのだろう。
ウェスは戦闘不能。ジィはその治療。トトラは霊の対応。そして自分が本体の相手。
自分、女の子だよね。一番か弱いよね。
それがなんで親分を相手にしなければならないのか。トトラが戦えばいいじゃないか。そう言いたかったのだが、ウェスの復帰を考えると言えなくなった。死霊が居たのでは回復に支障が出るからだ。だからトトラは次々湧いて出る霊を祓わなければならない。消去法で死霊使いと戦えるのがクルリのみになったのだった。
そもそもウェスが…。などと嘆いてみるが、それで状況が変わるはずもない。
「疲れたのか…?」
余裕といった表情で男が問いかけた。
それがまたムカつく。
「全然!」
肩で息をしているクルリの言葉に説得力はない。
「そろそろケリをつけよう…」
男は静かに座った。
その隙だらけの行為にクルリは一瞬戸惑った。
しかしそれは好機だ。相手が見せた隙を逃すのは愚の骨頂。
『暗き意思、息潜め…』
何度も聞いた詠唱。その筈なのだが、何か違和感を覚える。
「な、なんや?」
トトラがキョロキョロし始めた。死霊たちの様子を見て慌てている。
『『目的無き殺戮の腕…』』
「うそっ?!」
違和感の正体が分かった。詠唱しているのは死霊使いだけではない。彼が従えている死霊達も詠唱していたのだ。
『『狂気の爪にて引き裂かん…』』
こんなふざけた話があるだろうか。この無数の死霊達が魔術を撃ったらいったいどうなるのだろう。間違いなく逃げ場はない。
男はニヤリと笑った。
『シャドウアーミィ…』
影がクルリに向かって伸び、その爪を振り上げて攻撃をする。
クルリは思わず身を屈めてしまった。
「馬鹿! ハッタリだ!!」
「え?」
ガチッ。
影を斬撃が切り裂く。
「っち…」
「たっぷり時間をもらったんでね」
「ウェス、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない。身体中痛い。本当に止血だけなんだな」
「も、申し訳ありません」
後ろでジィが頭を下げていた。
「なるほど…。もう南中の時刻か。斬られるわけだ…」
「今度はさっきのようにはいかない」
「今後私の術は強くなる一方だが…」
「それまでに倒してやる」
「ウェストール! あの台の上を斬るんや!」
「ああ、マジックスポットだろ。もう斬った」
「なんだと…!?」
男は慌てて周囲を確認する。
霊は消えていない。操れないわけでもない。流れ込む魔力も…。
「嘘だよ!」
ウェスの剣が男の腹部を貫いた。
「ぐふっ…! き、貴様…」
「嘘つきはお互い様だ」
剣を引き抜くとそこから大量の血が流れ出し、床に赤い湖をつくっていった。
男は膝をつき、やがて前向きに倒れ伏した。
「ストレフさん、こいつの止血をしてやってください」
「え? で、ですが」
「ちょっと待てもらおうか」
知らない声が部屋に響いた。四人は咄嗟に構えるが相手の姿は見えない。
「そう構えんなって。なんもしねぇから」
天井に空いた穴から一人の少年と桃色の猫が一匹降りてきた。
「よう」
と軽く挨拶をする少年。
身長は高くないが、スラッとしていて大人びた印象を受ける。顔立ちも綺麗で均整が整っていた。しかし、その顔は目深に被った帽子でほとんど隠れてしまっている。
四人は一層警戒を強める。
「そいつの仲間か?」
ウェスが質問すると少年は笑顔で答える。
「オルターは仲間じゃねぇよ。ただの同士だ」
「同士?」
「そう。手段は違っても共通の目的を持った同士」
「なにが目的や?」
「あなた方が知る必要はないですし、恐らく知らない方が幸せに生きていけるはずです」
猫が喋った。
「ね、ねこが…」
「まぁ、つまりそういうわけだからオルターは俺達が預かる」
「逃がすと思うか?」
「止めとけよ。オルターに苦戦するような奴等が俺に勝てるわけねぇって」
笑顔で言う少年からはとてつもない殺気が溢れていた。足がすくんでしまうほどに。
「賢明な判断です」
「じゃあな」
突然彼らの周囲が光だし、死霊使いを連れてあっという間に消えてしまった。
「消えた?」
「見てみたけど、周りには誰もおらんみたいやな」
「知らない魔術ですね」
「とりあえず、解決でいいの?」
「たぶん…」
何か釈然としないものを抱えたまま、幽霊騒動は幕を閉じる。