第10話 塔の中心へ
やっと逢えましたね!
…と思ったら次回に持ち越された。
四人は塔の二階に居た。
鉄球のトラップ回避からおよそ三十分。トラップに遭遇した回数、七回。ギロチンに、落とし穴に、槍の突き出る壁に、水攻めに…。
早く本体を見つけなければ辿り着く前にやられてしまう。
「ん?」
トトラが立ち止まった。
「どうしたんだ?」
「いや、突然霊がおらんようになりよった」
「…そういえばそうですね」
皆が周囲を確認するが、あれほど居た霊が一体も見えなくなっていた。
「これじゃあもう辿れんわ」
「…逆に言えば本体が近いということじゃないのか?」
「そうやろな。死霊使いも近づかれとうないやろし」
「この辺をじっくり探してみる?」
「それも危ないですよ。またトラップがあるかもしれませんし」
「ストレフさん、この辺に部屋になっているような場所、もしくは隠し通路は無いんですか?」
ジィは記憶を探るように考え始めた。
「いえ…、確か無かったと思います。地図にも描かれていませんし」
「この地図、二階の中心に四角い空間があるように思うんですが」
ウェスは地図のその場所を指差して見せた。
「ここは塔の芯、柱があるだけです。その辺りには何も無いはずですが」
「一応行ってみよか。こっからならそんな遠ないし。罠には気を付けんなんけどな」
一行は一路塔の中心を目指す。床、壁、天井、周囲に細心の注意を払いながら。
しかし、クルリは少し不穏な空気を感じ取っていた。トラップとはまた別の、ネットリと、ジメジメとした、張り付いてくるような嫌な空気。ただ、それが何なのかは分からないようで、首を多少傾げただけに終わる。
その時。
クルリは床の影が揺らめくのを見た。影はゆらゆら揺らめきながらゆっくり動いているようだ。その先には。
「キリウさん危ない!」
「!」
揺らめいていた影が突然起き上がりトトラの腕を切り裂いた。
「ぐっ!」
クルリの声で咄嗟に身を捩ったので致命傷には至らなかったようだが、トトラは腕を押さえ壁にもたれ掛かり、そのままゆっくりと床に崩れた。
「トトラ! 大丈夫か!?」
皆が駆け寄る。
「はは、クルリちゃんのおかげでなんとかなったわ」
トトラは笑っているものの、腕は出血しているようで衣服が赤く染まっている。
「ごめん、私、治療魔術は使えないの。ジィさんは?」
「気休め程度ですが…」
ジィはトトラの傷口に手をかざした。
『汝、主を守りし力となれ』
白い靄のようなものがトトラの傷口の周辺に漂う。
『メディ』
白い靄はトトラの傷口に吸い込まれるようにして消えた。
「出血を抑えただけです。あまり無理はなさらないでください」
「大助かりや、ありがとな、世話…。失礼やな。ジィ、ありがとさん」
「いえ…」
傷の部分を押さえたままトトラは立ち上がる。
「…さて、こりゃウェスの予想は当たっとるかもしれんで。奴さん実力行使に来たわ。せやけど、ワイを仕留められんかったのは残念やな。どっから来たか見極めちゃる!」
トトラは通路をじっと見つめる。腕は痛むがそれは努めて知らないフリをした。
集中すると暗い通路に薄い緑色のラインが発光して見える。これが魔力の通った道。時間が経てば霧散してしまうが、まだラインはしっかり保たれていた。
「こっちやな」
トトラは歩き出す。
その後に三人が続いた。
「ジィさん。さっきの魔術…」
「シャドウアーミィ。特殊属性でしたね」
「あれは《陰属性》。それを昼間に使うってどういうことだと思う?」
「威力も衰えていないようでした。…おかしいですね」
「うん」
魔術には属性というものがある。火、水(氷)、土、風(雷)の基本属性。そして陰、陽の特殊属性だ。特殊属性というのは、基本的な威力が強い代わりに、時間にその力を左右される変わった属性なのだ。陰属性は夜間に力を発揮するが、昼間は威力が半減してしまう。陽属性は勿論その逆である。
今現在、曇っているとはいえ時間帯は昼間。それなのに陰属性である魔術に衰えが見えない。この時間帯のあの魔術なら、本来トトラは上着を切り裂かれる程度で済むはずなのだ。それが中までばっさり。あきらかにおかしい事実だった。
「ウェス、影に気を付けて」
「影?」
「動く影があったらすぐ斬って」
「あ、ああ…」
一応了解したものの、周囲には影ばかりでそれが動くかどうかなんて相当注意していなければ見えない。見えないものが見えるトトラや魔術士であるクルリ、ジィなら感じ取れるであろう微妙な魔力の変化を、果たしてウェスが見切れるかどうかは疑問だ。とはいえ、知らないよりはいいはずだ。
「…やっぱりここやな」
トトラが呟いた。
そこは塔二階の中心部。塔の柱と言われていた部分だ。
「このあたりが一番魔力が濃いで」
石の壁をトトラは指で真っ直ぐ縦になぞった。
「ここに魔力が通った筋が見えるけど…。開け方はわからんわ」
押してみても引いてみても壁はびくともしない。この奥に何かがあるのはトトラの言葉から明らかなのだが、入る方法が分からなかった。
「何か仕掛けがあるんじゃないの? そこ松明を引っ張ってみるとか」
クルリが指差したさ気に通路を照らしている松明がある。
ウェスはそれを引っ張ってみる。
すると、松明はすっぽり抜けてしまった。
「それは見学用に設置したものです」
と、ジィ。
「早く言えよ…」
ウェスは不満そうに松明を元の場所に直した。
だが、彼はふと手を止めた。
横目にちらりと見えた異常。
ジィの後ろ。
揺らめく影。
松明を床に投げ捨て、走りつつ剣を抜いた。
「ウェス?」
ジィを突き飛ばし、その影に向かって剣を突き立てる。
キィンという金属音が通路に響いた。
「こいつ…!」
突き立てたはずの剣が徐々に押し返されていく。
「まさか! シャドウアーミィは特殊属性とはいえ初級魔術ですよ!」
「ウェスの剣で斬れないはず無いじゃない!」
「ぐっ!」
ついにウェスは剣ごと弾き飛ばされてしまった。
「ウェスっ!」
「あかん! 早く本体に辿りつかな一方的にやられてまうで!」
黒い影は起き上がり、獣の腕のような形を成していく。その指の先には鋭い三本の爪があった。
「さっきのより強力なの?!」
影はゆらゆら揺らめいていた。しかし、その揺らめきはすぐにピタリと止まる。影は目標を定めた。攻撃の合図。
ジィが影の前に出て両腕をかざす。
『魔の力、汝は主人より放たれし者。去ね!』
影の爪が振り下ろされる。
『リターンスペル!』
白い壁がジィの前に出現する。
だが、影はその指を開き、壁を避けるようにして床に叩きつけられた。
「!」
魔力反転は正面にしか反射の壁を出せない。だから魔術と正面を向き合っていなければならない。故に横は無防備。
「ジィさん跳んで!」
ジィは後ろに向かって跳ぶ。その瞬間、爪が勢いよく閉られた。影だからだろうか、音はしなかった。
無理な体勢で跳んだジィは着地に失敗し、ゴロゴロ床を転がった。
「ったく! とんでもない相手だ!」
立ち上がったウェスは再び剣を構える。
「あんな精密な動き! 向こうに私たちは見えてるの?!」
死霊使いは塔の中心の壁の向こう。見えるはずがない。
「そうや…!」
トトラは小さく声を出すと、周囲に目を凝らした。
彼には確信があった。絶対どこかに居るはず。
通路の一角。隅の方にぼんやりと見える発光体。それは人の形をしていた。霊だ。
それを見つけるとトトラは懐から一枚の紙切れを取り出しながら走った。その紙には意味のわからない線が引いてある。
「消えや!」
紙切れを霊に押し付けると、霊は青白い炎に包まれ燃え上がり、一瞬で消えてしまった。
それとほぼ同時。
影はふらふらと動き回り、最終的に壁を切り付け消えていった。
「全部消えたと思っとったけど、一匹残っとったんや。それにずっと監視されとったんやな…」
トトラは一息つくと思わず座り込んだ。傷が痛むのだろうか。
「キリウさん、すごい」
「はは、クルリちゃんに認めてもらったで」
トトラは得意気な顔をした。手を床につき、もう一度息をつこうとしたのだが、カクンと肩が下がった。バランスを崩し横に倒れる。
「いったぁ…、なんや?」
床の一部が窪んでいた。
「トトラ、休憩はもう少しお預けになりそうだな」
重いものを引きずるような音と共に、塔の中心の壁が開いていった。