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第9話 トラップ

てーてれってー、てーっててー


「どうするか…」

 暗い部屋の中、そいつは考えていた。死霊使い。名前こそ恐ろしいが、その実大した攻撃力は備えていない。使役する死霊も言ってしまえば単なる霊。霊は人体に直接的な攻撃はできない。長い目で見れば徐々に体力を奪うことはできるのだが、それは術者本体が発見されるまでの攻撃方法だ。見つかってからの行動。問題はそこにあった。一応策はある。だが、それは最終手段。誰にも見せたことが無いし、話したこともない。本当の切り札であった。

 だから、見つからないに越したことはない。もし奴等がここまでたどり着けたのなら、自分も腹をくくるしかない。

「まずは…」










「キリウ様。見えますか?」

「おう。よう見えとるで!」

 死霊使いの居場所はトトラが探していた。彼の見えないものを見る力は、霊はもちろん魔力の流れも見ることができるそうだ。ここの霊達が死霊使いによって操られているのであれば、その操っている魔力を辿ることができるとトトラは自慢気に説明していた。

 塔の内部は入り組んでいる。何も知らずに入っていれば迷ってしまいそうなほどだ。しかし、手元には地図もあり、塔の内部を知っているジィも居る。彼らが迷うことはまず無いだろう。

「しっかし、気味悪いなぁ。こうも霊がうようよしとるの見ると、片っ端から浄霊したくなるわ」

 そう思ってもトトラは手を出さなかった。単に霊を祓うだけなら構わないのだが、その先に死霊使いが居るとなると無闇に力を使うわけにはいかなかった。第一、祓っても次から次にわいてくるので意味がないのだ。最小限の霊を祓いつつ彼らは進む。

「こんな状況でもなければ、ゆっくり見学したい場所なんだがな」

 壁にある様々な装飾や置物、歴史的価値、観光地になるだけあって興味深いものがたくさんあったのだ。

「かくれんぼしたら楽しそうじゃない?」

「迷って骨になりたいのでしたらどうぞ」

 ジィは笑顔でそんなことを言う。

「ジィさん、意外と黒いんだ…」

 石畳と石壁とが続く通路を、見学用に設置された燭台を頼りに進んでいく。明かり取りのある塔の外壁側はいいのだが、塔の中心部は光が届かずとても暗くなっていた。

 その通路で初めての十字路にぶつかる。

「ここは右や」

 トトラが言う通り右に曲がるが、すぐに壁にぶち当たる。行き止まりだった。

「行き止まりやな。回り道せな」

「ここは以前通ることができたはずなんですが…」

 ジィは不思議そうに行き止まりを調べている。壁を叩いたり床を調べたり、壁と壁との継ぎ目を見たりしている。

「…これは」

「何か見つかったんですか?」

「ええ…。まずい状況です。解除されたトラップが再び動き出しているようです」

「ええっ!?」

「この通路には確か、落ちる天井が仕掛けられていました。それが動作しているところを見ると、恐らくこの下には…」

 ジィはそれ以上言わなかった。

 誰もが分かっていたのだ。この下には、以前やって来た霊能士が居ると。

「ストレフさん。トラップの位置は憶えているんですか?」

 ウェスの質問に答えるようにジィは首を横に振った。

「解除作業の時、私は旦那様の付き添いで来ていただけでしたので…、全てというわけではありません…」

「どうする? 引き返すんか?」

「…それがいいと思います」

「仕方ないか…」

 ウェスは振り返り、来た道に戻ろうとした。

「おっ、と!」

 ところが何かに躓きバランスを崩す。

 それは引き金だった。

 遠くでズシンと重たいものが落ちる音がした。

「ウェス!?」

「ウェストール!」

「ウルハインド様!」

「す、すまん…」

 皆が息を飲んだ。

 遠くで聞こえた音は徐々に近付いてきた。通ってきた通路から響く音。目を凝らし通路の向こうを見つめる。黒い巨大な鉄の塊、鉄球が四人に向かって転がってきていた。

「に、逃げるんや!!」

 トトラの一声で全員が通路を走り出す。

「ウェスのバカー!」

「すまん! 素直に反省する!」

「お二方、走る事に集中してください!」

 転がる鉄球は四人を押し潰すために突き進む。

「どっか逃げられる場所はあれへんのか?!」

 緩やかにカーブする通路を抜け、塔の外壁の辺りまでやって来る。

 明かり取りの窓が見えるが、小さくて誰も通れそうに無い。

「っていうかさ、最初に逃げる方向間違えたんじゃない? なんでわざわざ転がってくる方向に…」

「言うな。今更だ!」

 とにかく走り続ける四人。塔の外周をぐるぐる走っているようだ。しばらく走っている間にウェスは横目で状況を確認していた。塔の入口は石の壁で閉ざされていたし、塔の内側に侵入できる通路もすべて閉ざされていた。侵入者を塔の外周に追い込んで潰すトラップのようだ。

「しかし、まずいで。ただでさえ悪霊に体力奪われるっちゅうのに、こんなに走っとったら…! クルリちゃんか世話役! どっちかなんとかでけへんの?!」

「無理です! 魔術をぶつけようにもこんなに走りながら集中できません!」

「私に考えがあるけど!」

「なんだ! 言ってみろ!」

「ウェス、おんぶ!」

「は、はぁっ?! ふざけてる場合じゃないだろ!?」

「じゃあジィさんをおんぶするっ?!」

「…なるほど! そういうことか!」

 ウェスはクルリの腕を掴み、思いっきり引っ張った。その引きに合わせてクルリは跳び、ウェスの背中にしがみつく。

 こうすればクルリは魔術だけに集中できる。だが、あの鉄球をどう止めるかまでは考えていなかった。強力な魔術を撃てば確実に止まるだろうが、塔まで崩しかねない。鉄球は止まりましたが生き埋めになりましたでは意味がないのだ。そうなれば使うのは弱い魔術になる。しかし、弱い魔術では鉄球は破壊できない。となると…。

「クルリ、早くしろ! お前意外とおも―」

「言ったら魔術ぶつけるよ!」

 ウェスは口を閉じる。

 クルリはため息を一つついた。

 使うのは壊す魔術ではなく、止める魔術。

『凍土に根ざす青き罠。絡め取れ!』

 それはあの狼を捕らえた魔術だ。

『フロストガム!』

 自分の足元、正確にはウェスの足元の少し後ろに小さな水溜まりのようなものができる。そこを鉄球が通過すれば止めることができるはず。

 ウェスの背中でクルリは祈った。

 鉄球が水溜まりの上を通過する。しかし、鉄球は止まらなかった。大して勢いも変わらず転がりつづける。

「あかんやん!」

「うっさい!」

「一つでは弱すぎるんです! 連発しなくてはダメです!」

「連発って言ったって…」

 バンバン撃てるのなら最初からやっている。

 ウェスの為にも早く何とかしなければならない。悪霊に体力を奪われながら、且つクルリをおんぶしながら走っているのだ。体力の消耗は一番激しい。

「連発連発連発…」

 連発。

 クルリは昨日の省略詠唱を思い出した。あれをすれば連発に近いことができる。名案だと思ったが、すぐに考えを改めた。あれは失敗しているからだ。やはり詠唱は最後まできっちりした方がいい。他に連発できる方法はないだろうか。

 そう考える一つの案が思い浮かんだ。失敗の可能性はある。だが、一度は確実に発動できる辺り、信用はあるかもしれない。

「うまくいくか分からないけど…」

 クルリは再び詠唱を始める。

『凍土に根ざす青き罠。絡め取れ!』

 うまく行け!

『フロストガム!』

 足元に水溜まりができる。そしてここからが挑戦なのだ。

『以下同文! 以下同文! 以下同文! 以…』

 四発目でぴしゃりと水が落ちるだけになった。最初を含め三発が限界。これ以上は危険と判断しクルリは魔術の発動を止める。

 徐々に質が落ちるが、以下略と違って劣化を見極めることができる。

 鉄球が水溜まりの上を通過する。連続で通過したのが効いたのか鉄球の速度は一気に落ちた。

 もう一度繰り返せば止められそうだ。

『凍土に根ざす青き罠。絡め取れ!』

 発動させる。

『フロストガム!』

 水溜まり出現。

『以下同文! 以下同文!』

 続けて二つ出現させる。

 これで止まるはず。

 鉄球が上を通過する。

 みるみる速度が落ちていく。ゆっくり壁を擦りながら、鉄球は進む。その動きはほぼ止まっていた。そして鉄球は凍りつき、完全に停止した。

「ふぅ…」

 ウェスが大きく息を吐いた。

「以下同文とか言い出したときはどうなるかと思ったで…」

 息を切らしながらトトラは言った。

「無茶苦茶ですよ」

 ジィは思ったより平然としている。

「何て言うの? 知能の勝利?」

「そろそろ降りてくれ…」

 未だに背中に引っ付いたままのクルリにウェスは言う。

「いやん! もっとこうしてたいのっ!」

「…お前そんなキャラだったか?」

「なはは、冗談冗談」

 背中から離れ、クルリは床に着地する。

「トトラ、見えるか?」

「ああ、勿論や。霊はうようよおるからな。せやけどウェストール、次からは気いつけや?」

「本当にすまなかった…」


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