EP 8
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秘書の千景が好きだ。
他の女性に嫌悪感を覚える、俺のカエルなんたらには、そこに理由があるのかもしれない。
千景は、少し歳下ではあるが、俺の理想の女性と言っても過言ではない。
会社の廊下ですれ違ったとき、ぶつかったことがあった。
廊下の角を曲がるさい、俺も千景も内巻きに攻めた。その結果、正面衝突。
危うく千景は後ろへと倒れそうになったが、そこはプロスポーツ選手並みに運動神経の良い俺が受け止めた。
「わわわ!! っと大丈夫かい?」
「す、すみませんすみません」
急いで身体を起こそうとして、手が眼鏡に当たって落ちてしまった。
「総務の谷口さんだね? 申し訳なかった」
俺がすかさず眼鏡を拾い、手渡そうとすると、千景は顔を真っ赤にしてそれを受け取った。
「申し訳ございませんでした」
俯くその表情、伏せられた長いまつげ、一重のクールビューティな目元、小ぶりな可愛らしい鼻、そしてやわらかそうな唇。
ごくっと唾を飲んだ。一目惚れと言ってもいいかもしれない。
目が釘付けになって、視線をなかなか離すことが出来なかった。
少し時間を置いてから、
「谷口千景さん、俺の秘書になってくれない? キミの記憶力は素晴らしいよ。仕事も早いし、ほとんどミスがないと聞いている」
そう言うと、照れながらも瞳を輝かせてくれた。(に見えた)
その後、高給で釣って秘書まで引っ張り上げたが、その仕事ぶりも素晴らしく、性格も良いときている。完璧な女性。そこに惚れてしまっている。
だから、他の女性に出会い、ちょっとでも千景と違う部分を見つけてしまうと、はいもうアウトォォ。身体も心もどちらも拒否反応が出てしまう。
(これが蛙化現象ってやつかあ。千景には内緒にしていたけど、相手の女性によっては蕁麻疹まで出るようになっちまったからな)
千景に対しては、不思議と蕁麻疹や嫌悪感はない。それほど、俺の好みの女性の枠にばっちり入っていると思われるのだ。
(カエルを利用して、仮の恋人になったはいいが……)
ここからが勝負だ。千景にはまるで好かれていない。っていうか時々、俺の存在すら、空気か、空気なのか? くらいに無視スルーすることもあるし、いつも塩対応だ。
だからこの機会に、なんとしてでもどんな手を使ってでも、好きになってもらわねばならない。
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「って思ってたのになんで?」
「? これ辞表です」
「じひょーー!! え? なんでなんで? どうして辞めるのっっ!!」