EP 37
私はお局の胸ぐらを掴もうと、手を伸ばす。先輩だろうがなんだろうが、こんなことは最低だ。取っ組み合いのケンカになろうとも構わない。我を忘れて怒りはマックス。
けれど。
「ここでなにをやってるんだ」
「え、あ、しゃ、社長……」
いつからそこにいたのだろうか?
振り返ると、そこには握りこぶしを作り、怒りを露わにした社長が立っていた。
「なにをしているのかと聞いている。事の顛末を話すんだ」
静かに。抑え気味の声。それが、さらなる恐ろしさを助長する。青白い炎が見えるのではと思うほどの、迫力だった。
事の顛末を、と言うけれど、一目瞭然の結果。私が、口を開こうとすると、すかさずお局が言い訳を始めた。
「そ、それが谷口さんがなぜか水浸しだったので、今、タオルを取ってこようとして……あ! き、着替えも持ってきてあげるって、話してたんですよっ」
顔を引きつらせながら笑う。
「千景、なぜびしょ濡れなんだ?」
「トイレに入ったところ、上から水をぶっかけられました。三度目です」
「えっ!! 三回目?? あれ?? それって、いつのこと?」
私がちらっとお局を見ると、さっと視線を外しやがった!!
「1回は社長もお知りになっていらっしゃる日のこと、そしてあと1回は未遂でしたが」
「……そうだったのか」
社長はお局に向き直り、そして言った。
「過去の2回に関しては証拠もなし、ここでやったやらないで言い争っても仕方がないから不問にするが、今回のこの件は桂木さんの仕業ということで間違いないね?」
「えっ!! 私、そんなことやってません!! 社長、私がそんなことする女だと思いますか?? 信じてください!!」
後ろ手にバケツ隠してるww
「苦しい言い逃れだね」
社長はさっとスーツのポケットからハンカチを出し、そして私に差し出してくる。私はそれを受け取って、雫が滴り落ちる顔を拭いた。
「サクラ!ちょっとこっちに来て!!」
社長が手招きすると、遠巻きに見ていた女性が一人、こちらへ歩いてくる。
「悪いけど、この濡れねずみを、なんとかしてあげて」
すらりと背の高い、モデルのような美人だった。細身のドレス、黒髪をなびかせ、カツカツとヒールを鳴らしながら、複雑な表情で近づいてくる。
「祐樹……」
「俺は桂木さんと話をするから、頼んだよ」
さっと手を振る。
女性が、「わかったわ。千景さんですね? さあ行きましょう」と言い、私の手をぐいっと握った。
「あ、あの、社長、これはどういう……」
「そのままの格好じゃ風邪を引いちゃうわ。だから、まずは着替えましょうね」
手を引っ張られ、私は観念し、女性に連れられていく。
ちらと振り返る。社長の冷徹な無表情。けれど、怒りのオーラは半端ない。
「千景は気にせずに、着替えておいで」
そのころには、声だけは優しさを持ち直していた。