EP 35
「は!! そんなの嘘に決まってるわ」
「いえそれが本当なんです。なので私、当分は辞める予定はありません。悪しからずご了承くださいませ」
「なにを言ってるのよ。この私が辞めなさいって言ってるの。これ以上続けると言うなら、覚悟しなさいよね。ほーんと懲りないんだから」
「承知しました。覚悟してまいります」
少し強めの口調で言うと、お局は少しだけ怯んだ。
「と、とにかくっ、今度の会社の創立記念パーティーまでに、退職願を出してちょうだい。そしたら、私が秘書の仕事を引き継いであげるから」
「…………」
「わかったわね!!」
指をさしドーンしてから、くるりと振り返り、背を向けて退場。
その背中を見送ると、私は秘書室へと戻った。
イスに座ろうとして、はっと中腰に。イスの座面に画鋲でも落ちていないか、ブーブークッションは置いてないかと慎重に調べてから、よっこいしょと座った。
「創立記念パーティーかぁ」
お局のことは置いておいても、気持ちがどーんと重くなる。
半月後に迫っているパーティーの主催はうちの会社なので、主役は当麻社長のようなものだ。もちろん、創立記念日にちなんだスピーチも用意してある。
会場の設営から飾り付けのお花の手配、ビュッフェ形式のケータリングの注文などに余念はない。
「まあ、いつも通り無視しよう」
程なくして、社長が帰ってきた。
*
創業記念のパーティーは、レストランを借り切って、盛大に行われる。今回は顧客向けとは言うより、自社の社員を労うものに重きを置いたもので、あまり堅苦しさはない。
女性社員はそれぞれ可愛らしいワンピースドレスなどで着飾っているが、男性社員はみなスーツなので、私も地味なスーツで臨んだ。
「社員の皆さん、我が社は本日、つつがなく創立10年を迎えることができました。これまで社を支え、盛り上げてくださり、本当にありがとう」
当麻社長の挨拶が始まった。
「10周年です。あなた方にとって、大変な10年だったかと思います。ただ、私は楽をさせていただきました。皆さんがあまりにも優秀だからです」
ちょっとこの挨拶文、添削して、と言われて原稿を渡された。
「承知しました」
いざ読んでみると、赤ペンすべき点はほとんどない。ただただ、社員への労いと感謝の気持ちが繰り返されている。
(ご自分へのアゲや功績、評価など一言もなかった)
感動したのだ。
とても。良い挨拶の言葉だと思った。
「社長を誇りに思います」
口から出かかったが、ストップをかけた。が、きっと社員のみんなが思っているのではないかと思う。
「これからもあなた方の力が必要です。会社をもっとより良いものにしていきましょう。気になることは多々あるでしょうが、それはその都度、教えていただきたい。相談し、協力し合って、『sunrise』を盛り上げていきましょう!!」