EP 34
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ドキドキし過ぎて、死ぬかと思った。
社長とキスをしてしまった。尊みがすぎる。
けれど月曜日はいつものごとくやってきて、出勤。顔を合わせにくいったらありゃしません。と、思っていたら。
「おはよう、千景。今日のスケジュールは?」
社長は普段通りの社長だった。
あれ?
「本日、午前10時から社内ミーティング、午後は13時より興和不動産との契約……」
1日の予定をすべて伝えると、「わかった。ちょっと出掛けてくるけど、10時までには戻る」と、上着を羽織った。
「私も、」
「いや千景は良い。ミーティングのレジュメに目を通しておいて。行ってくる」
さっと車のカギを取り、エレベーターへと乗り込んでいった。
「どこに行くんだろう?」
単独でどこかへ出かけることは、今まであまりなかったのだけれど。
頭の中が???になる。
疑問に思いながら秘書室へと戻ろうと踵を返すと、ここで意外……でもない人に捕まった。
「ちょっと谷口さん! 今いいかしら?」
新人社員を2名引き連れた、お局『桂木花香』の登場だ。
ここで暴露しよう。
私は、以前からこのお局に難癖をつけられていて、その嫌がらせは半年ほど続いており、正直辟易していた。
社長がいないとみるや、必ずちょっかいをかけてくる。私がトイレに入ろうもんなら、聞こえるように悪口を言ってきて、辞めるようにプレッシャーを掛けてくる。
実を言えば、トイレ中にバケツの水をぶっかけてきたのは、こいつじゃないかと踏んでいる。
「あらやだぁ!! びしょびしょじゃな〜い。どうしたのぉ?」
証拠はないがその時、鼻で笑っていたからな。
そんなお局が。
「社長はお出かけなの?」
「はい。ミーティングまでにはお戻りになるそうです」
「どちらへ行かれたのかしら?」
「それが……存じ上げておりません」
すると、私のその言葉を聞いて、水を得た魚のように、「あらあぁ秘書なのに社長の行動を把握できていないようね。秘書失格なんじゃないの? 早く辞めなさいよ」
「はあ。社長にもプライベートはございますので」
「バーカ。今は勤務時間内だっつーの!!」
新人2人と顔を見合わせて笑う。バカ笑いしているのはお局のみで、新人は顔を引きつらせている。
「あんたが全然辞めないから、秘書の座が私に回ってこないじゃない。事務課のホープである私の方が社長の秘書にぴったりだと思うの。だから、直ぐに辞表を出してちょうだい」
お局の立ち位置からしてホープの意味を取り違えてますね?
「それが一度、退職願を出したんですけど、社長に辞めないで欲しいと懇願されまして」