EP 32
俺は廊下をずいずいっと進み、開け放たれていたドアからリビングへと入った。
そして、そこにいた男に面と向かって、堂々、
「悪いが、俺が千景の恋人だから!! おまえに千景は絶対に渡さない!!」
「しゃちょうぅ」
あれ?
男は?
いない。誰も。
いや、いる。俺がプレゼントした等身大のトーマくんだ。
テーブルの上にはタブレット。そこから音楽が流れている。
『は〜い、これで『今夜は俺の隣で眠りな』の配信は終わりです!! 俺のあま〜いセリフでみんな、ぐっすり眠れそうかな? それでは次回配信もお楽しみに!! バイバーイ、トーマでしたぁ』
うん?
あれ俺? これってあるあるで鉄板なボケ?
「しゃちょ……むにゃ」
抱き上げていた千景の顔を見る。いつのまにか千景は完オチ。その寝顔は幸せそうだ。
「まったく……しょーがねーな」
リビングから寝室に入り、ベッドにそっと千景を寝かせた。トーマくんのぬいぐるみをペペペっと床へと落として、布団をそっと掛ける。
「はあぁなんだ配信かよ……」
ほっと胸を撫で下ろし、もぐもぐと口を動かしている千景の顔を、側でじっくり眺めてしまった。枕元に頬杖をつき、
(あーあヨダレたらしちゃってまあ)
と。
近くにあったトーマくんティッシュで、そっと拭う。
俺は枕元に頭を預けると、はあぁとため息をついた。
「なにやってんのかな、俺」
新たなライバルと思って慌てて駆けつけてみると、単なる配信の音声だったとは。
「それを早とちりなんかして……終わってんなあ」
しかも戦線布告まで。無人のリビングに向かって、自分が彼氏だと勢いよく名乗り出る始末。
だが、これではっきりと確信した。
千景のことを諦められない、ということを。
「むにゃ」
もごもご動く唇。なんか小動物みたいで可愛い。
その千景の唇に、自分の唇を近づける。キスをしようとして、やめた。代わりにおデコへ、ちゅ。
「千景、愛してる」
言葉にすれば、ぐっと胸が熱くなり、愛しさが増していく。
ずっとその寝顔を見ていたい気持ちになった。
*
(あれ? なんで社長がここに?)
朝、目覚めると隣に社長の寝顔があった。驚いたが、やはり整った素敵なお顔だなあと思い、しばし拝顔。
(かっこいいなあ)
意外とまつ毛も長い。ただ。ヨダレが垂れている。ちょうど枕元にティッシュの残骸。
これでいいか、とそのティッシュで口元を拭いた。(←思いも寄らない形で間接キス完了)
「んんー? 起きたのか?」
「はい。この状況はいったい……」
「なんだ覚えていないのか? おまえめっちゃ酔っ払ってたんだぞ」