EP 30
ざわっと胸が荒れた。誰だ? 誰かいるのか? 男か? まさかな。
でも確かに男の声だった。もう男ができたのか??
そんな話は聞いてない。やめてくれ、俺の千景だぞ!!
『まだ寝な〜いぃ』
やめろ可愛いすぎる反応するんじゃない!! しかもそんなに酔ってちゃ襲われても反撃できないじゃないか!!
「おい千景っ、千景えぇっ」
スマホに向かって叫ぶ。
「水飲んで酔いを覚ませって、ってか誰かいるのかっ、あんた誰なんだっ」
『俺が一緒にいてあげるから。眠って』
「千景に触るなっ」
『綺麗な髪だね』
「触るなってんだろ、このやろうっ」
『あー可愛いな。俺が頭撫でてあげる。ヨシヨシ』
「やめろっ!! くそっっ」
俺はカギとサイフを引っ掴むと、スマホを持ったまま外へと飛び出した。まだほんのり温まっているエンジンをかけ、車のアクセルを踏む。
千景の家は知っている。以前、社員食堂で『お値引き感謝祭』が行われたとき、千景が食べ過ぎて腹を壊し、一度だけ送っていったことがある。(←黒歴史だが役得)
千景のアパートに向かっている途中、嫌なことばかりが頭をよぎる。
(あの声、総務の武田に似ていたな。イケメンだし、仕事もできる男だし……)
俺の千景。他の男なんかに抱かれて欲しくない。
赤信号に引っかかる。
「くそっ、早くっ」
イラついて、バシンとハンドルを叩いた。
俺の千景。好きなんだ、こんなにも。諦めようと思ったのに、いつまで経っても忘れられなくて。
社長室と秘書室を隔てているドアをずっと見ていたこともある。
愚かしい自分の自覚はある。他の女性をと思って付き合おうとしても、今日みたくすぐにカエルになってしまう。
俺の千景。
こんなにも愛してるのに。
仕事なんかじゃなく、本当の恋人になって欲しいんだ。
アパートの前に駐車する。見上げると、部屋の明かりが煌々とついている。
俺はアパートのドアをドンドンと叩き、そしてチャイムを押した。
「千景、おい千景っ、開けてくれ!!」
これ以上はもう無理だ。ドアを叩く。他の誰かを好きになったりしないでくれ。他の男にヨシヨシなんかさせないでくれ、と。