EP 25
口をもぐもぐしながら、にこっと微笑む。その顔を見るだけで、嬉しさがこみ上げてきて、思わず視線を外して下を向いてしまった。
「嫌いなものがあったら言って」
気配りも最高だ。けれど、こうして他の女性とも楽しく食事していたのかと思うと、少しだけもやっとした。もやもやの正体は分かっている。今まで意識したことがなかった、社長の女性遍歴。
錚々たるメンバーの名前が連なっている。
(私なんてそんな中、末席に載せていただけるかどうか……あ、いや私ってば箸置きだった!)
ただ、そんな当麻社長は私のことを好きだと言う。にわかには信じられなかったし、疑いもした。
「このメインのステーキも柔らかくて最高だね」
終始笑顔だ。
ただ。
ここでひとつ言わせていただくとね。
社長は女たらしではあるけれど、女性関係がだらしないわけではなかった。いつも誠意を持って対処されている。もちろん仕事はでき、役員会のイケオジからも一目置かれているし、社員からは話がわかる社長だと親しまれている。私も心から信頼し、当麻社長の秘書であることに誇りを持っていた。
「はい。お肉、柔らかくてすごく美味しいです」
「千景の笑顔が見れて最高だよ」
甘いぃぃ。いや、このデザートのカタラーナではなくて、社長の言葉が、ね。
(この後、誕生日プレゼントの贈呈式かな……)←式典級
けれど、思わぬ方へと事は進んでいった。
デザートを平らげ、コーヒーを飲んでいると、店内へと入ってきた女性二人がこちらへと近づいてくるのが見えた。
「あら当麻さん、こんな場所で」
声を掛けられた。秘書の私の記憶にはないお顔のお二方。社長が立ち上がって、ナフキンをテーブルへと置いた。私も慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「沙羅さん、お久しぶりですね」
「こちら、私の従姉妹の百合です。百合ちゃん、この方は『sunrise』の社長、当麻さんよ」
「初めまして、田川百合です」
「初めまして。当麻と申します。沙羅さんの従姉妹の田川さんといえば、田川財閥のお嬢さんですね?」
「はい。長女です」
女性二人が心なしか頬を染めている。私がその様子をぼんやりと見ていると、「当麻さん、そちらの方は?」と。
私は頭を下げて、すぐさま自己紹介をした。
「谷口と申します、当麻社長の、」
すると横から、「俺の秘書をやってくれているんだ」と遮ってくる。
「あら、秘書さんなのね? どういうご関係かしら? 当麻社長とお食事できるなんて、そうそうそんな機会無いはずですけど?」
「ははは。今日は彼女の誕生日なんです。いつも俺が自由奔放すぎて、スケジュールぶっ壊しては迷惑ばかりかけているんでね。今日はそのお礼とお詫びにと、食事をご馳走することになったんだよ」
「あらそうなんですの? それじゃ仕事のようなものね」
「もちろん仕事の一環ですよ」
どっと。
心臓が鳴った。
そうか。仕事だったのだ。けれど、これからサプライズがあるかもしれないし。まだ仮の恋人契約続行だから、恋人としては紹介はできないだろう。そんなことはわかってる。
けれど。
胸が痛んだ。
「ねえ百合ちゃん、当麻さんと連絡先を交換していただいたらどう?」
ぴくっと頬の筋肉が痙攣した。
「良いでしょうか、当麻さん」
「もちろんです。後日、秘書を通して沙羅さんに連絡しますよ」
「まあ嬉しい! よろしくお願いしますね」
その後女性二人は私を見ることもなく、自分のテーブルへとついた。
社長がにこにこと笑顔で二人に手を振っているのを、遠くに見ていた。