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EP 21

(あーあ。千景に会えなくなるなんて考えたこともなかったから……そう考えただけでちょっとクるもんがあるなあ。たまに見かけるだけじゃガマンできないかも……俺、こんなんで千景を忘れられんのか?)

そうなんだよ、総務の事務所の位置が悪いんだよ。社長室の隣に引っ越しさせようかな。部屋の廊下側を全部窓にしてさ。そしたら廊下を通るたびに毎日、千景の顔をこっそりと見られるから……。

愛が重い。自覚はある。

俺は千景へのプレゼントを選んでいるときのことを思い出していた。心から満たされていたし、至福だった。千景の顔を思い浮かべる。嬉しそうにはにかみながら、受け取ってくれるだろう笑顔を想像して。

俺が贈ったネックレスをつけてくれたとき、本当に本当に。心から。

愛しいと思った。

「……社長」

困ります、かな。そりゃそうだろ。好きでもなんでもない男のバックハグなんて、セクハラだ。訴えられても仕方がない案件。しかも金がらみだしな。自虐。

「ごめんな」

「社長、」

「こんなことして、ごめんな」

「しゃちょ、」

「でもな、好きなんだよ」

「……………」

「千景、おまえが好きなんだ」

好きな女を抱いているんだ、そうもなるだろう。

止めどなく溢れる思い。その勢いに乗って、口をついて出てしまった。愛の告白であるはずなのに胸が高鳴るというよりは、全身の細胞が萎えてしぼんでいくようだった。

本当の恋人なりたい。千景と愛し合いたい。仮の恋人ごっこの提案は、最初から間違っていたのだと契約を破棄してしまいたい。

「ずっと好きだった」

ぎゅっと腕に力を入れると、千景の身体もぴきっと硬直して。緊張が伝わってきて、居たたまれない思いがした。

けれど、言ってしまったものはもう元には戻せない。ええい、ままよと思いつつ、今度は千景の反応を待った。

長い沈黙。

(……怖えぇ)

千景はその間も、ぎゅっと俺の手を握り返してくれていた。その力の入れ具合に、きっと良い返事が聞けるのではと、すがる思いで長い時間を待った。

そしてとうとう、千景が口を開いた。

その言葉に。

俺は全身から力が抜けていくようだった。

「社長……これはカエルの特訓ですか?」と。

ふっと吹いた。あっさり引導を渡された。だから吹いてしまったのだ。

ここまで俺の想いは届かない。完全に失敗したのだ。どうしていいかわからなくなった。

「……うん。そう特訓だよ。なあ千景。やっぱりこの特訓、このまま続けよう」

それでいい。

偽物だろうがなんだろうが。

こうして腕の中で抱き留めていられるなら……。

どれだけの金を払ってでも。

ぎゅっと抱き締めて、「好きだよ、千景……」何度も呟いて、そのまま。

千景を抱いたまま、眠りについた。

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