EP 15
上司だからこれ以上はと、ストップをかける。
礼を言って振り返る千景の顔を見ることができず、俺は中庭へと視線を移した。手持ち無沙汰を紛らわすため、ドライヤーにコードをぐるぐる巻きにしてから、マグカップを手に取った。
「素敵なお庭ですね。縁側なんて珍しいです」
「まあね。俺の母の母の代からの家だからね。古いだろ? あちこちガタがきてるよ」
「でも落ち着きます」
すすっとカフェオレを啜る。とんがった唇がなんて可愛いんだ。おっとうっかり見入ってしまった。ってか俺のパジャマ!!
「お、俺は一度社に戻るけど、千景は今日はもうこのまま休むといい」
不服そうだったが、それも仕方がないと思ったのだろう。はいと素直に頷いた。スーツがあんなんでは、どうともできないからな。
「タクシーで帰ります」
「待て待て。パジャマのままでタクシー? そりゃちょい恥ずだろう?」
「はあ。そこんところは鉄の心がありますので、大丈夫です。パジャマお借りします」
俺の洋服はまあ合わないと踏んだのだろう。けれどこんな機会二度とやってこないぞ。
しっかりしろ、俺。
「俺が社に戻ってる間にスーツは洗濯機使ってくれていいから、乾かしておいて。そんで今日は泊まっていきなよ」
勇気を振り絞ってそう言った。心臓がドンドンドンと鳴り響いて、今にも口から飛び出しそうだったが。
「えっっ!! そんなことは申し訳ないですので」
「大丈夫。家族がいるんでもなし。安心して。なんもしないし危険はないから!! 俺、ソファで寝るから。危険はない。危険はないぞ!!」
おいおいめっちゃ不審者だなオレ……けれど、これは千載一遇のチャンスだ。
まだ悩み顔の千景。もう少し押さなければ。
「蛙化を止めるために、協力してくれるんだろ? こうなったらその方が手っ取り早い。今日は泊まりで俺がカエルになるのを全力で阻止してくれ!!」
「しゃ社長っっ」
「飲み物は冷蔵庫の中な。勝手に飲んじゃって。夕飯はなんか買ってくるから、千景は縁側でゆっくりしていて。それじゃ行ってくる!!」
有無を言わさず、俺は立ち上がってカバンを引っ掴むと、玄関から飛び出してカギをかけた。車に乗り込むとエンジンを掛け、ぶうんとアクセルを踏む。
(仕事を早く終わらせなきゃ)
千景の待つ、俺の家へ。
神様、こんなシュチュエーションをありがとう!