EP 14
「ほら。乾かすから向こうむいて」
えええ社長自ら?
私はドライヤーを奪おうとし「じ、自分で乾かしますので」と。
けれど失敗。
ぐいっと背中を押されて前を向く形に。スイッチを入れると、温かい風がブオォォーと髪を散らしていく。
「熱くない?」
耳元。ドキっと胸が鳴った。
「はい」
社長の大きな手は、書類にサインをするとき、クライアントと握手をするとき、指が長いなあっていつも思いながら見つめている。その指が、私の地味色な髪をゆるりゆるりと梳いていく。たまらない気持ちになった。
「綺麗な髪だな」
甘い声。普段から遠く遠くに距離を取っていた社長がすぐ後ろに。次第に胸の鼓動が速くなっていき、苦しくなる。
「社長にやっていただくなんて、申し訳ありません」
平静を保つのに精一杯。
これが恋愛というものだろうか。推し活にすべてをかけてきた私。動揺しかない。
(このまま髪が乾かなければいいのに……)
そう小さく願うほどに。
*
(マジかヤバイ千景がうちにいる)
動揺を抑えようと、コーヒーを淹れてみる。ふわりと香ばしい香りに、俺は落ち着きを取り戻すところだった。
のに。
「社長、シャワーをありがとうございました」
ガチャンとスプーンを落としてしまった。
「大丈夫ですか?」
「はははダイジョーブダイジョーブ」
ええええ、俺のパジャマ着てるよ。ヤバイ、また動揺。はあぁ ´д` ;。 袖が長すぎて手が見えていない。すそもふたつ折りに折ってあるううぅ。俺のパジャマあああぁぁぁあああ。
「ちゃんとあったまったか?」
「はい」
ソファに座らせ、ドライヤーで髪を乾かした。こんな展開信じられないが、手を伸ばせば届くところに千景がいる。シャンプーの良い香りが漂ってきて、俺の理性は揺さぶられる。
背中も小さく肩も細い。髪の間からのぞく白いうなじにドクンと心臓がまた鳴った。
ちゃんと食べてるのか? もっとたくさん食べさせたいんだが。まさか推し活に給料すべてをつぎ込んでるんじゃないのか? こうなると心配ばかりが募っていく。
ドライヤーを止める。
「ありがとうございました」
蚊の鳴くような小さな声に、俺は。