EP 13
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社長や御曹司のお金持ちといえば、タワマンという偏見w
けれど、社長に連れられた家は、ごく普通の一軒家だった。しかも和風。古民家的な。
「上がってくれ」
「お、お邪魔します」
カギを開けて中へと入る。
ギシギシと廊下を進んで行き、リビングへと。そこには大きなグランドピアノ。ソファ、テレビがぽつんと置いてあった。リビングの大きな掃き出し窓からは、縁側。そこから見える中庭は純和風、意外だ。
「悪い、掃除してないから汚いけど。千景、こっち」
促されて入る。反対側のドアからキッチン、そして洗面所へ。
「ほいこれタオル、シャワー使って。着替えは俺のパジャマでいい?」
ぽんと手の上に乗せてくる。
「パジャマ……」
「大丈夫! ちゃんと洗ってあるから! 汚くないから!」
「恐れ入ります」
そして、社長が洗面所を出ていくのを見届けると、私は濡れたスーツを脱いでシャワーを浴びた。
*
シャワーから出ると、コーヒーの良い香りがリビングに漂っていた。
「どうぞ。ソファ座って」
差し出されたマグカップ。受け取ってソファに座らせてもらう。ふぅと息を吹きながら、マグに口をつけ啜る。ミルクのたっぷり入った、カフェオレだ。
ほんのり甘さがある。水を頭からぶっかけられた身に、これほど沁みるものはない。
社長も隣にそろりと座り、そして同じようにマグカップを口につけた。
「なあ千景。誰がやったかわかってるの?」
「いいえ」
「そっか。でもこれは酷いよ、酷すぎる」
社長は悲しそうな表情を浮かべ、私を見る。
でも同情は要らない。わかっていて、こういうことを受け入れて、社長の秘書になったのだから。
あの、廊下でぶつかった日の奇跡。
(まさか人気沸騰中のイケメン社長とぶつかっちゃうなんて……マジで神さま降臨の日だったな。なむなむ)
倒れそうになった身体をぐいっと抱き寄せてくれた。その拍子にメガネを落としてしまうという漫画的展開ではあったが、そんなめんどくさいハプニングにもかかわらず、社長はそれを優しく拾って手渡してくれた。
その日。私の中でなにかがぱちんと弾けた。
けれどその日だけじゃない、奇跡は続く。秘書への大抜擢。
(こんなオタクで地味女が社長の秘書だなんて……ありえないもんね)
それが例え、社長がお付き合いする女性の、引き立て役だったとしても。
嫌がらせは色々と受けたが、それらを上回る喜びと仕事に対する誇りがあった。だから、今までやってこられたのだが。
「これくらい大丈夫です。それより社長にもご迷惑をお掛けしてしまって」
「工藤くんにも急な仕事で抜けるからと連絡しておいた。それに今日の午後は特に予定もないだろう?」
工藤さんは役員の一人だ。社長の直属で働いている、イケオジ。私にも、いつもご苦労様と、優しく声を掛けてくれる。
「はい。夕方の佐野工務店様の会食までは資料整理の時間として取ってありましたから」
「ゆっくりするといい。そうだ髪!! 髪乾かさなきゃ」
すっと立ち上がり、洗面所からドライヤーを持ってくる。コンセントにつなぎ、社長はあろうことか、私のすぐ隣に座った。